第6話

「あみちゃんも抱っこしたい。お姉ちゃんたちばっかりずるい」

「こらこら喧嘩しないの」

ドキドキしながらそぉーと目を開けた。

「ママ、赤ちゃん起きたよ」

「可愛い~~」

目がくりくりして可愛らしい女の子が三人、ニコニコの笑顔で僕の顔を覗き込んでいた。

赤ちゃんじゃないよ。りくくんだよ。

「そっか、りくくんってお名前なんだ」

円加まどか?」

女の人が不思議そうに首を傾げた。

南朋なおも聞こえた」

「あみちゃんも」

「ママ、赤ちゃんの名前、りくくんにしよう」

「南朋も賛成」

「あみちゃんもいいよ」

「りくくんか、素敵な名前だね。パパが帰ってきたらママ頼んでみるね」


まさか四人目を授かるとはね。円加は10歳。南朋は9歳。彩心は6歳。子どもは三人で十分だと思ってたから。だから、妊娠していることに全く気付かなくて。5ヶ月だって言われたときは腰を抜かすくらいびっくりしたんだよ。悪阻もなく、順調に育ってくれて、驚くほど安産で。産まれてきてくれてありがとうりくくん。女の人の心の声が聞こえた。短い言葉だけと、心がぽかぽかする。


カタン、ドアが開いてグレーのつなぎを着た男の人が入ってきた。体格はがっしりとしている。日焼けしたお顔。たれ目で優しそう。ニコニコと笑っていた。首にはタオルを巻いていた。

はじめて会うのに、どこかで会ったような気がする。すごく懐かしい。

「パパお帰りなさい」

「ただいま。みんないい子にしてたか?」

「うん」

「そうか、それなら良かった。ただいま」

男の人が顔を覗き込んできて頬っぺを指でそっと撫でてくれた。

「パパ、赤ちゃんの名前決まったよ」

「りくにしたよ」

「え?」

男の人の顔色が一変した。

大喜だいきどうしたの?」

「前に話しただろう。俺には大事な友だちがいたって」

「幼稚園の同級生がひとり亡くなっているんでしょう?」

「母親と再婚相手の父親に虐待されご飯も水も与えられずに犬用のゲージに閉じ込められ衰弱死したんだ。6歳だった。その子の名前がりくっていうんだ」

「6歳っていったら彩心と同じ年じゃない。そんな酷いこと」

「子どもの頃の記憶なんて大人になれば忘れるものだろう。俺がりくを忘れたら、たった6年しか生きれなかったけど、りくがこの世界で懸命に生きようとした証さえなくなるような気がして、だから、一日でもりくのことを忘れたことはない」


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