大祭司の憂鬱
どうにか責任を逃れようと、下級祭司は必死で言葉を紡ぐ。
『大祭司様におかれましてはよくご承知でしょうが、罪人の逮捕・投獄は私ども聖職者の手に余るものでございます。俗人の官吏に任せておりますゆえ、どれほど怪しげでも、私どもが直々に捕まえるというわけには――』
「分かっておる。我ら聖職者の務めは、あくまでも魔道書の代弁者として裁きを告げること。刑の執行のような仕事は、聖職者たる我々がすべきことではない。世俗の民にやらせるべきことだ。……大祭司に向かって教理を解説するとは、なかなかの自信だな?」
『い、いえっ! 私は決してそんなつもりは――』
「まあいい。それで、ルーデンスと言ったか?」
『オティウム・ルーデンスです。背格好や髪、肌、瞳の色。そして港町に現れた時期まで考えまして、アルレッキーノなる人物である疑いが極めて濃厚だと思ったのですが……』
「〝林檎家〟のお抱えの騎士団長の検分により、別人だと断定された、と……」
『まだ二十歳にもならぬ小娘でございます。経験不足は否めないかと愚考する次第です』
「それでも、その小娘には騎士団長という地位がある」
『ええ、ええ、頭痛の種でございます。我ら魔道教会の一存で、彼女の判断に異を唱えることは難しゅうございます』
と、そこに足音が近づいてきた。
「――ちょっと、パパ! これはどういうこと!?」
僧侶を先頭に、パーティの四人が講堂の入り口に現れた。
「おお、娘よ! よくぞ戻ってきた。まことに過酷な長旅であっただろうが、我が娘ならば必ずや目的をやり遂げると――」
「そんな挨拶はどうでもいい!!」
僧侶は父親に詰め寄り、手にした錫杖(スタッフ)で床を叩いた。
大理石がゴツンと鈍い音を立てる。
「聞いたわよ、〝遊び人〟を捕らえられなかった、って」
大祭司は素早く透視術(クレアボヤンス)を切った。
水晶玉が光を失う。
林檎半島の下級祭司は、俺がパーティの五人目だったことを知らない。
竜王討伐パーティの人数を教えてもらえるほど、地位が高くないからだ。
彼が知っているのは、パーティがアルレッキーノという〝詐欺師〟にカネを奪われたというところまでだ。
その〝詐欺師〟がパーティの一員だったことも、本当は〝遊び人〟だったことも、林檎半島の下級祭司は知らない。
ましてやパーティメンバーがカネの管理にずさんで、〝遊び人〟に会計を一任していたなどと想像もできないだろう。
しかし僧侶の迂闊なセリフで、危うく秘密がバレるところだった。
大祭司が慌てて水晶玉の光を消したのも無理はない。
「約束が違うじゃない! あいつを縛り首にできるはずでしょう? 最低でも、両手を切り落としてやれるはずだったでしょう?」
「ね、ねえ、僧侶――」
「勇者は黙ってて! あたしは今、最高にイラついてんの。あの変態ジジイにいやらしい目で見られたせいで!!」
僧侶の剣幕に、勇者は押し黙った。
魔術師と盗賊の二人はといえば、最初から諦めて口をつぐんでいた。
こうなった時の僧侶には何を言っても無駄だ。
「パパ、国王陛下(へんたいジジイ)に進言して、王国の衛兵たちを林檎半島に派遣させてよ! 〝林檎家〟の配下の騎士や衛兵たちはあまりにも無能で、〝遊び人〟を捕まえられなかったんでしょう!?」
言葉を選びながら、大祭司は答える。
「可否で言えば、可能だ。原則として各領の治安は、それぞれの領主が守るという約束になっている。とはいえ、国王が必要と認めれば、王室直轄の常備軍を派遣することは不可能ではない」
「だったら今すぐ――」
大祭司の代わりに口を開いたのは盗賊だった。
「けれど、やるべきではない……。そうですね?」
「あんたは黙っててよ。あたしは今、パパと喋っているの」
「いいや、そちらの〝盗賊〟殿の言う通りだ」
「パパ!?」
「あんたも分かっているはずだぜ、僧侶。国王陛下は恩賞と土地を与え、代わりに領主たちは国王への忠節を誓う――。この国はそういう仕組みで成り立っている」
「社会科の授業なんて頼んでない」
「もしも国王が常備軍を派遣したとなれば、〝林檎家〟の働きぶりが悪いという意味になり、その忠誠を疑っているも同然だ。長年に渡る王室と林檎家との関係にヒビが入る」
「いいじゃない、ヒビくらい。林檎半島には王室に反旗を翻して挙兵・独立する財力も動機もないでしょう?」
「目的を見失ってんじゃねーよ」
「なんですって!?」
「俺たちの目的はアルレッキーノをとっちめることではなく、悪評を広めないことだ」
盗賊は身を乗り出した。
「いいか? あいつは詐欺師・泥棒として指名手配されている」
「それが何?」
「たかがコソ泥のために、国王が常備軍を動かしてみろ。大衆からは『本当にただの泥棒なのか?』と疑われる。勘のいいやつなら『何かもっと特別な人物なのではないか?』と気づく。そうなれば、あいつがパーティの五人目だったという噂が広まるのも時間の問題だ」
僧侶は目を逸らした。
「そんくらい、あたしだって分かってるわよ。偉そうに講釈垂れないでよね、没落貴族のくせに」
盗賊は挑発に乗らなかった。
代わりに、大祭司に訊いた。
「それで、ルーデンスでしたっけ?」
「さよう。林檎半島から届いた情報から言って、その男がアルレッキーノであることはほぼ間違いないだろう」
「やつはあの半島で何をしているのですか?」
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