携帯電話四級の免許、持ってます?

ぬまちゃん

第1話 使う人、使える人

「ぷっふわぁー。もう頭が限界だよ。ちょっと休憩しようぜ」

 筆谷啓介(ふでやけいすけ)は大きく背伸びをしながら、テーブルの向こう側に座っている二人に声をかけた。


「うふっ。そうね。けいちゃん顔真っ赤だものね。ちょっと根詰めすぎたかな。しんちゃん、ちょっと休憩しようか」

 彼の声を受け取っとって、にこりとほほ笑んだ女性、須々木小名木(すすきこなぎ)は隣に座っている星川新一(ほしかわしんいち)に顔を向けて同意を求める仕草をした。


「まだ勉強を始めて2時間だろ? ちょくちょく休んでたら効率が悪くなるんだがな。まあ、でも二人が休みたいと思っているなら多数決に従うか」

 向かいの男性と隣に座っている女性の『休憩にしよう』という視線を受けた彼は、ため息とともに同意の言葉を口にした。


 * * *


「しかし、国語は分かるけどさ、なんで数学なんか勉強するんだろう? 微分とか積分なんか知らなくったって、人生こまらないよな」

 図書館の休息場所で、手に持ったアイスコーヒーを見つめながら筆谷はぼそりと呟いた。


「なに言ってんの、けいちゃん。そんなことじゃ携帯電話の四級免許とれないよ!」

 ペットボトルに少し口を付けて、ショートヘアーの髪を指でくるりと巻きながら、くしゃくしゃな髪の毛のおっとり顔の男子高校生に向かって、彼女は優しく微笑んだ。


「携帯電話の四級免許を取らないと、スマホの通話機能使えないでしょ? 彼女が出来ても会話出来ないんだよ。メールだけじゃなくて声も聞きたいよね、ピチピチの男子高校生としては」

 彼女は制服からスマホを取り出して画面を彼に見せる。

 画面には、彼似のアイコンに『音声不許可』の文字が重なっていた。


「そーだぞ、おまえも微積分をもっと勉強して四級免許ぐらいサクっと取っちまえ。俺とおまえや、小名木の間ならメールだけでも意志の疎通は出来るけどよ、あの時みたいな事に遭遇したら音声通話は必要だぞ」

 メタルフレームの眼鏡を人差し指で元の位置に戻した彼は、ホットコーヒーのカップを持ったまま、人差し指をくしゃくしゃ髪の彼に向けた。


「お前も、言うようになったなー。昔はおれと同じだったのに、いつの間にかガリ勉になって四級免許もあっさり取りやがって。小名木ちゃんとも会話してんだろ?」

 くしゃくしゃ髪の彼は、冷静なメガネの彼と、ほほを少し赤くそめたショートの彼女の二人を交互に見て口を尖らせてから、アイスコーヒーの氷を口に運んでかみ砕いた。


 * * *


 それは、彼ら幼馴染の三人がまだ小さい時のことだった。


「くっそー。おれの技術を盗みやがって!」


 そう叫びながら千鳥足で歩いている男性が突然公園に入って来た。

 彼は公園で幼児達を遊ばせていた保育用アンドロイドに突然後ろから抱き着いたと思ったら、アンドロイドの首筋に注射器のような何かを打ち込んだ。


 グギギギ、ギ。


 普通の女性にしか見えない保育用アンドロイドは、首筋に打ち込まれたモノを手で払いのけると直ぐに不気味な機械音を上げて止まった。


 グゴゴゴ、ゴ。


 それから突然動き出すと、たまたま公園で遊んでいた三人に向かって凄い勢いで飛びかかって来たのだ。

 恐怖で逃げ遅れ、アンドロイドに抱き着かれてしまった女の子を助けようと、男の子ふたりは必死にアンドロイドを引き離そうとするが、子供の力では暴走したアンドロイドの力を押さえられなかった。

 

 メガネの子は直ぐに公園にいる大人たちに大声で助けを求めたが、暴走したアンドロイドを前にして大人達はどうすることも出来ない。


 くしゃくしゃ髪の男の子は、必死になってアンドロイドの首筋にあるメンテナンスパネルを無茶苦茶に触っていたが、アンドロイドに振り飛ばされて気を失ってしまう。しかし、彼が振り飛ばされる直前に触った部分に緊急停止ボタンがあったため、奇跡的にアンドロイドの暴走は止まった。


「キンキュウテイシ、します……」

 ググググ、グ。


 それを見ていたメガネの子が駆け寄って、停止しているアンドロイドから女の子を引き離す。抱き着かれてぐったりしていた女の子は、そこで意識を取り戻し、涙を流しながらメガネの子にお礼を言い続けた。

 メガネの子は、泣き続ける女の子の髪の毛をそっと撫でながら、すぐそばで気絶しているくしゃくしゃ髪の子をじっと見つめていた。


 * * *


 それいらい、メガネの彼は必死に勉強して学校ではいつも成績上位者になった。女の子はそんな彼のことを憧れの目で見つめながら、彼を追いかけるように必死に勉強していく。くしゃくしゃ髪の彼も、メガネの彼に引っ張られるようにして同じ学校には進学したが、成績は最下位だった。


「でもさ、なんでスマホの通話機能を使うのに、わざわざ免許なんか必要なんだ? 別に使うだけなら微積分なんか関係無いのにな」


 空になったカップをゴミ箱に投げ入れると、くしゃくしゃ髪の彼は大きく伸びをしながら呟いた。


「何言ってるの。歴史の時間で習ったでしょう? これも試験範囲なんだからちゃんと覚えてね、けいちゃん」


 ペットボトルの中身を確認しながら女の子は彼に言い聞かせるように話し出した。


「西暦3000年、今から1500年も前に人類の人口が急激に減少し始めてから、今まで蓄えて来た科学技術のノウハウが継承されなくなっちゃったんでしょ。だから、過去の技術者達が生み出して来た先端技術は動作原理が分からないブラックボックス化してメンテナンスも出来なくなっちゃって、やがて消滅し始めたの。そうやって優れた技術が失われてから、世界中の人達が知恵をしぼってブラックボックス化された技術の消滅を防ごうとして始めた啓蒙活動が、使用者の免許化でしょう? まあ、日本の場合はその免許証の区分が細かいんだけどね」


 ショートヘア―を手でくるくるさせながら、彼女は話を続ける。


「要するに、動作原理を理解出来ない者には、その技術の恩恵を与えない。使いたかったら動作原理ぐらい理解してね、ということだよね」


「そーなんだぞ、携帯電話の音声通話には離散コサイン変換とかいう三角関数を発展させた微積分の技術が使われてるんだ。だから、基本原理としての三角関数や微積分を理解しないと使わせないということだ」


 もしゃもしゃ髪の子の肩を軽くたたいたメガネの彼も、そう言いながら空になったカップをごみ入れに投げ入れた。

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