ドライフルーツの味は
小狸
短編
今日は久しぶりの雨だった。
ちょうどその日は、家の洗濯物の多い日であった。息子と夫のワイシャツも洗わなくてはいけない。
天気予報を見そこねていた、失敗である。
コインランドリーに行こうと、その時決めた。
あらかじめ家で洗濯を済ませておいた。
その間、途中であった食器洗いと片付け――そして掃除機をかけた。息子が中学生になってから、自分の部屋は自分で掃除をするように言いつけてある。
ぶーぶー文句を垂れていたけれど、ちゃんと掃除しているのかどうか。
夫に似て、片付けが不得意だからなあ、あの子。
そんなことを思いつつ、息子の部屋前の廊下を掃除した。
流石に勝手に入るのは、申し訳ない気がした。
週末の買い物のリストをまとめていると、洗濯が終了した音が鳴った。
まあ――買い物は別に後ででも良いか。
そう思って、机の上に置いたままにし、洗濯物を持って袋に入れた。
車で近くのコインランドリーへと行った。
まあ想像通り、混んでいた。
――っていうか、想像以上。
失敗した。
もう少し早く来ていれば良かった。
洗濯乾燥を全自動で行うものは全て埋まり、どころか乾燥機の方も全てが稼働していた。止まっているものは一つもなかった。
ついてないなあ。
出直してこようかと思ったけれど、何度も往復するのが面倒だったので、そのまま車を走らせて別のコインランドリーへと向かった。
少し家からは遠いけれど、家の近くよりも多くの乾燥機が配備されている、しかもクリーニング屋と隣接しているのだ。
帰るの面倒臭いな。
洗濯物をぶち込んで、ドラムの動くのを確認してから、何となく私は思った。
往復するのにも、結構時間が掛かるのである。
どうするかと悩んだ結果、コインランドリーの中で待つことにした。長い椅子が二つ置かれていて、一応待機することのできるスペースはあるのだ。
最初こそスマートフォンをいじったり、『ジャンプ
本でも持って来れば良かったな。
乾燥機を見ると、まだ三十分あまり時間があった。
やることもなくなってしまったので、空想をすることにした。
空想。
昔は好きだったが、今はそういえば、めっきりしなくなったように思う。
教室の外を見ながら、何かが空から降って来る物語を、頭の中で作っていた。それは時にお化けであったり、巨人であったり、使徒であったり、イケメンの王子様であったり、テニプリの跡部様であったり、色々である。
でも――想像を膨らませようとしても、今はもうその世界は見えない。
いつからだろう、現実を知ってしまったのは。
現実。
大人から現実を知れと言われ続けて、いざ私は大人になって、結婚して、子どもを産んで、痛感した。
いつまでも夢を抱き続けることはできないのだ――と。
いや、別に私が、何か夢があったわけではない。
でも同級生の友達が、結婚を機に仕事を辞めたり、あるいは目指していた小説家を諦めて公務員になっていたりすると、ついつい思ってしまうのだ。
これが現実かあ、なんて。
きっとあの頃なら、乾燥機のドラムを何らかの迷宮の入り口に見立てることができただろう。
でも――今の私には、ただの鉄の塊が回っているようにしか見えない。
「はあ」
ふと溜息が出て、そんな自分に気付いて、ちょっと驚いた。
別に現状に不満がある訳ではない。
夫も休みの日は家事に協力的だし、息子を妊娠した時、そして育児の時にも、たくさん私を支えてくれた。
つわりの時に作ってくれたサンドイッチがとっても美味しかったことを、今でも覚えている。
それでも。
いつの間にか大人になってしまった私を、昔の私はどう思うのだろうと。
ふと疑問に思ってしまうのだった。
乾燥機に囲まれていたせいか、口の中が少しだけ乾いた。
なんとなく、ドライフルーツを食べた時を思い出して、口の中が甘くなった。
(了)
ドライフルーツの味は 小狸 @segen_gen
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