まちかど水平思考〜夜の公園で、遊具を磨く男は逮捕される。なぜか?

鈴木土日

出題編

 私には、今、気になる男性がいる。

 勘違いしないでほしいけれど、異性として惹かれるとか、そういう意味ではない。

 文字通り、気に掛かるのだ。


 東京郊外、駅から少し歩いた場所にある集合住宅のニ階に、私は両親と三人で暮らしている。

 すぐ手前に小さな児童公園があり、私の部屋の窓からは、その様子がよく見渡せた。


 そこに、毎夜、一人の男性がやってくる。


 時間としては、夕食後、風呂から出たくらいだから、大体、午後九時前後。

 歳は、三十くらい。スーツ姿なので、会社員だと思う。


 男性は、まず、園内のゴミを拾い、それが済むと、布で遊具を磨きはじめる。

 ブランコ、滑り台、ジャングルジムなどを、丁寧にずっと磨いている。


 最初は、子供思いの優しい人なのかと思っていた。

 けど、その人は毎晩やってくる。

 で、遊具を磨いている。


 どうせ、子供たちが使えば、すぐ汚れてしまうのだから、毎晩、行う必要はないとは思う。

 けど、男性は、どこか嬉しそうな顔で、磨き続けていた。

 まあ、本人が満足ならば別に構わないのだけど。悪い事をしている訳じゃないし。


 一昨日の晩も、男性は、いつもの時間に公園にやってきて、遊具を磨きはじめた。

 が、その夜に限っては、様子が少し異なっていた。


 ブランコを磨き出した直後、急に動作を止めた。遠くて判然としなかったが、手元のスマホだかを弄っているようだった。


 その後、物凄く慌てた様子で、男性はどこかへ走り去った。

 昨晩は、公園にはこなかった。


 ◇


 ルリカは、私の話を、たまごサンドをたべながら、きいていた。

 ちょうど、話を聞き終える頃に、ようやく一つ食べ終えた。

 て、食べるの、おそ。


 今は、昼休み。

 教室のうしろの方の席で、私は、ルリカと向き合い、ランチの最中だった。

 ルリカは、リンゴジュースを、ストローで飲み始める。


「どう思う?」


 入学から一ヶ月、ルリカは高校で、初めてできた友達だ。

 とはいえ、まだ、彼女の事をそれほどよくは知らない。たまごサンドが好き、ということくらいしか。

 くわえていたストローから口を離し、ルリカは言った。


「その男の人、逮捕されるよ」

「は?」


 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。

 ルリカは、ジュースを飲み干すと、自分の席に戻ってしまった。


 ど、どういうことぉ?


 おかげで、五時限目の授業は、全然、集中できなかった。

 内容なんて、ぜんぜん、頭に入っていない。ぜんぶ、ルリカのせいだぁ。

 放課後、私は、彼女の元へ駆け寄った。


「なんでなの?」


 ルリカは、何のことかわからぬような顔をする。


「あの男の人、なんで捕まるのよぉ?」

「気になる?」

「当たり前でしょ」


 逆に、気にならない人がいるかな。


「うーん。ただ教えるのも、つまんないな」

「え?」

「じゃ、こうしよ。カホは、何でも質問していいよ」


 カホとは、私である。


「どんな質問でも?」

「うん。けど、ひとつだけ、ルールがあって、質問は必ず、イエスかノーで答えられるものじゃないとダメ」

「イエスか、ノー?」

「あなたの好きな食べ物はなんですか? みたいな質問はダメ。けど、好きな食べ物はカレーですか、ならオッケー」


 それなら、イエスかノーで答えらる。


「じゃ、始めようか」

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