第33話 自分の意思

「ごめん、多分二巻は買わないかな」

「はえっ、どうして?」


 両掌を天井に向け『WHY?』のジェスチャーをする陽菜に、奏太は胸の内をそのまま話す。


「よくよく考えてみてわかったんだけど俺、グロいのとか鬱々しい作風がちょっと苦手っぽいんだよね」

「ええー! そうなの!?」


 案の定、陽菜はガーン! とオーバーなリアクションをした。

 奏太がぎこちなく頷くと、陽菜は「なんだー、そうだったかー」と残念そうに言う。


「グロ鬱は合わなかったのねー。りょーかいりょーかい!」

「せっかくお薦めしてくれたのに、ごめん……」

「いやいやいや! 謝る事はないよ!」


 申し訳なさそうに頭を下げる奏太に、陽菜がぶんぶんと頭を振る。


「人にはそれぞれ好みがあるからね。私だって苦手な作品、いくつもあるし。むしろ、合わなかったのに一巻を読みきってくれてちょー感謝!」


 いつもと変わらない、太陽のような笑顔を咲かせる陽菜は全く気にしていない様子だ。

 不機嫌になるどころか、まさか感謝までされるとは思わず呆けていると。


「ねえねえそれじゃあさ、そーちゃんの好み教えてよ」

「え?」

「そういえば聞いた事なかったなって。私、ちょー漫画読んでるし、そーちゃんの好みに合う漫画、紹介できると思う」

「それはありがたいんだけど……でも、わざわざ申し訳ないというか……」

「気にしない気にしない! むしろ、そーちゃんにはいつも話を聞いて貰ってばかりだからさ。私も何か役に立ちたいわけよ」

「なるほど……」


 そこまで言うのならと、お言葉に甘えることにした。

 好きな作品の傾向や、過去に読んで面白かった漫画を挙げていく奏太に、ふんふんと頷く陽菜。


「お前そういう系の漫画好きだったんだなー。でも気持ちはわかる気がするぜ」


 そう言って悠生は笑っていた。


「おっけ、把握! 多分、そーちゃんが好きな漫画は……」


 陽菜の口から飛び出すお薦めのタイトル達を、奏太はスマホでメモっていった。


(結果的に、良い方向に収まって良かった……)


 安堵すると同時に、気づく。

 こうなってしまうかも、という悪い想像は実は自分の思い込みに過ぎなくて。


 少し勇気を出して本心を口にしてみれば、案外周りもちゃんと受け止めてくれる。

 考えてみれば当たり前かもしれないが、自分にとって大きな気づきだった。


 そのタイミングで、澪がやってきた。


「おっす、おはよ澪!」

「おはよう、悠生。……って、ちょっと陽菜、また私の席を占領して」

「あ、ごめん澪ちゃん! 座り心地良さそうだったからつい」


 全然悪びれていない様子の陽菜がびよーんと席を立つ。


「座り心地なんて、どの椅子も同じでしょう」

「ノンノン! 澪ちゃんの席ってだけでプレミアが付いてるのだよ!」

「意味がわからないから」


 可笑しそうに笑ってから、奏太の隣席に腰を下ろす澪。


「奏太も、おはよう」

「あ、うん、おはよう……」


 奏太が言葉を返すと、澪が訝しげに眉を寄せる。

 それからじっと、顔を見つめてきた。


「な、なに?」

「別に」


 澪がふいっと顔を逸らすと同時に、始業を告げるチャイムが鳴り響く。


「それじゃーな」「まったねーん!」と、各々は席に戻った。

「珍しいね、澪が遅刻ギリギリなんて」


 一時間目の用意をしながら、奏太は澪に話しかける。


「昨日買った本が面白くて、つい夜更けまで読み明かしてしまったの」

「へえ! なんて本!?」


 水を得た魚のように尋ねてくる奏太に、澪が目を丸める。


「やけに食い気味ね。本、好きだったの?」

「あ、あっー、その……なんとなく?」


 明らかに文月の影響でしかないのだが、それをここで言うわけにもいかない。

 あははと頭を掻いて誤魔化す奏太をじいっと見る澪の瞳には、猜疑心とは別に確信めいた何かが浮かんでいた。


(……なんか俺、疑われてる?)


 尋問を受ける犯人のような心持ちになる奏太に、真面目な口調で澪が尋ねてきた。


「放課後、少し時間を貰えないかしら?」

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