第6話 夜のお仕事を始めたってほんとうですか?

「がっつり取られたねぇ……」


 軽くなった財布をり、ソーニャはしょんぼりとつぶやく。

 隊商たいしょうからは何も要求されなかったが、道中で加わったソーニャを見逃さなかった兵士たちから、キッチリ護衛ごえいの代金をむしり取られたのだ。


商工しょうこうギルドの護衛兵ごえいへい聖堂騎士せいどうきしとつるんで、賃金ちんぎん以外の小遣い稼ぎをしてやがるな。どこにでもアコギな商売する奴はいるもんだ』

「半年分の路銀ろぎんだったのに」

『どんぶり勘定かんじょうが過ぎるだろ! ソーニャの食いっぷりなら、切り詰めてせいぜい三月分ほどだったろ』

「わたし、そんなに大食いじゃないよう!」

『ひゃははッ! そう怒んなって。残りの金じゃあ、宿は一週間も取れやしないな。よしソーニャ、あたしが飲み食いに困らない寝床ねどこに、案内してやんよ!』


 憤慨ふんがいするソーニャは、フテネルに誘導ゆうどうされ、町の教会へと向かった。

 教区きょうくを受け持つ初老しょろう司祭しさいは、おとずれたソーニャが認定にんていされたばかりの聖女であるとすぐに気付き、わずかに困惑の気配をうかがわせながらも、歓迎かんげいの意をあらわした。


とめめてくれるって言ってんだから、世話になりゃいいじゃん』

「まあねぇ。式典しきてんでやらかしたばかりだしね」


 わずかな時間で教会をしたソーニャに、フテネルは呆れ顔を見せる。

 

 追放ついほうされたとはいえ正式な聖女。教団きょうだんの決まりにしたがえば、教会にはもてなす義務がせられている。

 司祭しさいはフテネルの気配に気付く程度の信仰心しんこうしんは持ち合わせていた。それゆえ、逆にソーニャのほうが厄介事やっかいごと背負せおわせるのをきらったのだ。


『ソーニャのくせにいらん空気読みやがって。だけどあのエロ司教しきょう、西方では割と顔の効くほうだからなぁ』

「わたしのくせには余計だよ。はぁ、シリルが怒ってたのはこういうことか」


 組織内そしきないでの政治せいじ派閥争はばつあらそいにうといソーニャではあったが、聞き流していたシリルのお小言こごとの意味を、今更いまさらながら身をもって理解できた。


『でもまあ、貰うもんはもらったしな!』


 フテネルはソーニャの豊かな胸元に収められた、3日分の路銀ろぎんを眺めにやにやと笑う。


『苦境に立つ聖女を見捨てるのですか?』


 そうフテネルが司教の耳元にささやいて、せしめたものだ。


「ひとの善意につけ込むのは良くないよ」

『神の使いの言葉に従うのが聖職者ってもんだ』

くさってもフテネルは天使なんだよ? 女神さまのお告げを悪用するのは良くないって」

『誰がだこんにゃろう! それでソーニャがベットで眠れるんだ。文句はないだろ?』


 実体のないフテネルにとっては、野宿が続いても何の支障ししょうもない。

 口は悪くやり方に引っ掛かるものはあるが、ソーニャのためにしてくれたことだ。それを察したソーニャには、重ねて文句を付けるのもためらわれた。


 その夜は素直に食堂付きの宿に泊まったものの、ふかふかのベッドになんだか寝心地の悪さを感じ、ソーニャは遅くまで寝付けぬ夜を過ごした。


        §


「へえ。食堂の手伝いねえ」


 翌朝、ソーニャの突然の申し出を受けた宿の女将おかみは目をすがめ、腕組みしたまま難しい顔になった。


「なんだい、宿代やどだいが払えないって訳かい?」

「いや、手持ちはまだあるけど、ちょっと心もとないかなって感じで」

「あんたあまさんだろ? 教会の世話になれないってのは、まさか何かやらかして――」

「てへへ」

『てへへじゃないだろ! 何考えてるんだ?』


 耳元でフテネルがわめいているが気にしない。

 どうやら司教とは違い、女将おかみ追放聖女ついほうせいじょであるソーニャの顔までは、知らなかったらしい。

 女将おかみは興味深げな表情を浮かべ、頭の先からつま先までソーニャの身体を眺めまわす。値踏ねぶみを済ませた女将おかみはにやりと悪い笑みを浮かべ、ソーニャの胸元に指を突きつけた。


「まあいい、詮索せんさくはしないよ。ウチは昼から食堂、夜は酒も出す。ちょうど人の多くなる時期だ。あんたには接客せっきゃくを担当してもらうよ」

「任されました!」

『金ならまだあるだろ。バイトしてるヒマあるのか!?』

「だってほら、酒場には情報が集まるって聞いたよ。まだ何の手掛かりもつかめてないし、町の人が何に困ってるかも、聞いて回る手間も省けるなって」


 シリルに貸して貰った物語の本の受け売りだ。物語の導入は、いつも酒場のシーンから描かれていたはず。傭兵崩れたちも、仕事のないときは酒場にたむろすると話していた。


 それに、形だけは教団の任務ではあるが、これはソーニャの始めた旅だ。自分で稼いだ路銀ろぎんで道を進まなければ、ソーニャ自身の修行にもならない。


『そーかい。勝手にしろ!』


 納得なっとくしかね、へそを曲げたフテネルが姿を消すのと入れ替わりに、満面の笑みを浮かべた女将おかみ衣装いしょうを持って戻って来た。


「ソーニャって言ったかい。これに着替えな!」


        §


 たっぷりのリボンとフリルをあしらった、パステルブルーの給仕服きゅうじふく


女将おかみさん、これちょっと、スカートたけ短いような?」

装飾そうしょくに回したぶん、短くなるのは当たり前だよ!」

たけを減らしてまで、フリフリを増やす必要はないんじゃないかな?」


 足首まで隠れる修道服しゅうどうふくから一転、ふとももの半ばまでさらされ、羞恥心しゅうちしんにとぼしいソーニャでもさすがに落ち着かない。

 胸元も下から持ち上げられるデザインで、双丘ゆたかなも普段以上に存在感をアピールしている。


胸元むなもと、こぼれそうなんだけど……」

野暮やぼった修道服しゅうどうふくじゃあ、太って見えるだけだろ? 出すところは出す、しぼるところはしぼる。せっかくの女の武器だ、しっかり使ってがっちりかせいで貰うよ!」

「えぇー……」


 弱々しいソーニャの抗議こうぎを背中越しに聞き流し、女将おかみは食堂の仕込みに入った。


 腕はいいが愛想あいその悪い女将おかみで知られていた店だったが、ソーニャが接客に入った日から客足きゃくあしは急激に伸びた。


 朝に出立する予定の泊り客も、ソーニャの給仕姿きゅうじすがたを見るや、やっぱり昼食もってから出ると言いだす。

 普段は一番安いメニューをっ込んで仕事に向かう者も、追加で料理や飲み物をオーダーする上客じょうきゃくに早変わりする。


「食堂ってずいぶん忙しいお仕事なんですねぇ」

「忙しいのは今日になってからだよ」

「うん?」


 ほくほく顔の女将おかみの返答に、よく分からない顔でうなずくソーニャ。


 体力には自信のあるソーニャだったが、慣れない作業もあって急速に腹が減る。

 まかないを食べながらのわずかな休息の後、続けて夜のメニューを提供する酒場の時間となる。

 本来の目的を忘れ、日夜いんちや忙しく働くソーニャだった。


        §


 疲れが見え始め、ソーニャの隙が多くなる夜には、チラリやポロリを期待する酔客すいきゃくで、酒場のフロアーは満杯となる。


 男たちの視線には鷹揚おうようなソーニャだったが、今回ばかりはさすがにうんざりとしたものを感じる。


「シリルが『はしたないからすそ胸元むなもとを整えなさい!』って怒る意味が分かったよぅ」


 給仕の合間に、こそこそカウンターの裏でスカートのすそや胸の位置を直していたソーニャは、奥のテーブルに新しい客の姿を認めた。

 さかに似合わない、ずいぶん小柄な人影だなと思いながら、笑顔で注文を取りに向かう。


「いらっしゃいませ! ご注文は――」


 深紫ふかむらさきのケープをまとい、フードを目深に被った人物と目が合うと、ソーニャはトレイを取り落とすほど驚いた。


「って、アリーセ!! なんでここに!?」

「うぐぅ……ママ、ちょっとあわない間に、夜のお仕事するようになったんだね」


 あかい瞳を涙でにじませるアリーセ。


「チクショウ! あんな若いのに子持ちだったのか!?」

「残念だが、あの胸で子供がいないわけないだろ」


 ざわつく店内を尻目しりめに、ソーニャはべそべそ泣き出すアリーセを、慌ててカウンター裏に引っ張り込んだ。


「え? ちょ、なんでアリーセがここにいるの? ひとりで出歩いちゃ危ないでしょ!?」

「なんでも危ないもわたしの台詞セリフだよ! ママ、こんな所で何してるの?」

「えぇー、わたしが怒られるの?」


 路銀ろぎん稼ぎまでは説明できそうだったが、改めて思い返すと、何故こんな服を着ているのか自分でも理解できず、ソーニャは頭を抱える。

 騒ぎを聞きつけ、調理の手を止め女将おかみが顔を覗かせた。


「なんだい、あんた子持ちかい?」

「違います! ママじゃないですけど!」

「分かってるよ。軽口だよ。そうじゃなくて」


 腰を手に、しかめっ面でため息を吐く女将おかみ


「はぁ。何か面倒な訳ありだろうとは思ってたけど、商売の邪魔になるなら、放り出すからね!」

「わ、わたし、お客なんですけど!」


 反論のあかしとばかりに、アリーセはふところから取り出した金貨を、女将おかみの眼前に突き付けた。


「客なら文句はない。ソーニャ、オーダーを取りな!」

「えぇー……」

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