第4話 やっぱり、グーで殴らないと分かりませんか?

 辿たどいた山城やましろばしろされ、正門はくだかれていた。


「お父さん!」


 んだ城内のあちこちに荒らされた形跡けいせきがある。

 こう不幸ふこうか。

 焦燥しょうそうしたアリーセの呼び掛けからすに、まれたのはアリーセが城を出た直後のことらしい。


 ったぞくは、城の大広間にたむろしていた。

 かわよろい短弓たんきゅう短剣たんけん長剣ちょうけんやり戦棍せんこん

 それぞれ思い思いの装備そうびかため、皆一様いちよう下卑げひた表情を浮かべている。


 100年前には誰もがおのれの大切なもののため、武器を手に戦った。

 けれど、今ここにいる連中は、ただ荒事あらごとを追い求めるだけの、傭兵ようへいれのてだ。


「なんだ? じりもんの娘が帰ったと思ったら、あまさん連れてきやがった」


 長剣ちょうけんかついだ男が頓狂とんきょうな声を上げた。

 男の前には風呂敷ふろしき代わりの敷物しきものの上に、城中しろじゅうからあつめた金製品きんせいひん装飾品そうしょくひんが山と積まれている。


「お母さん!」


 ぞくにとっては価値がなかったのだろう。

 がくこわされ、無残むざんかれたやさしげな婦人ふじん肖像画しょうぞうが

 悲痛ひつうな声をらすアリーセを、槍使やりつかいがつかまえうしひねげた。


「探す手間がはぶけたな。これで依頼いらい完了かんりょうだ」

いがないとぼやいてたところに、ちょうど良い余興よきょうじゃねえか。ここでませて一緒いっしょ始末しまつすりゃバレやしねぇ。あまさんにも遊んでもらうか」


 長剣ちょうけんの男がにやけ顔で歩み寄り、ソーニャの肩に手を伸ばす。


伯爵はくしゃくは……アメルハウザー伯爵はくしゃくはどうされたんですか?」

「地下の寝所しんじょで眠ってるぜ。ひつぎ辿たどくまではわなに多少手こずらされたが、木のくい一本で簡単に――」

『おい、やめろ!』


 フテネルの制止せいし一顧いっこだにされず。

 ソーニャにあごかれた男は、人形喜劇にんぎょうきげき操り人形マリオネットさながら回転しながらちゅうい、岩壁いわかべにぶつかり血のはなを咲かせた。


 ぞくたちは何が起こったのかも理解できず、ぽかんとした表情をさらした。


「なん……だ?」


 岩壁いわかべけられ頭をくだかれた長剣ちょうけんの男は、次の瞬間復元ふくげんした脳で状況把握じょうきょうはあきする間もなく、目の前に歩み寄るソーニャの氷のようなあお見据みすえられていた。

 理解が追い付くにつれじわじわと疑問が恐怖にわり、手にした長剣ちょうけんを動かすこともできない。


「ごめんなさいは?」

「な……何?」


 左側からの衝撃に首が180回転し、自らの頸椎くびのほねが折れる音を聞いた直後、即座にいやされ正面からソーニャにのぞまれる。


「ごめんなさいは?」

「……なんだ、こいt――」


 下からの衝撃しょうげきあごくだけ、岩壁いわかべにぶつけた頭蓋ずがいくだ脳髄のうずいこぼれる感覚を味わい、即座になおされれる意識で修道女しゅうどうじょの姿を認識にんしきさせられる。


「ねえ、ごめんなさいは?」

「ヒッ……やめ――」


 ぞくの仲間がようやく動き出したのは、長剣ちょうけんの男が4度こわされ修復しゅうふくされたあとだった。

 傷一つなく壁際かべぎわすわ長剣ちょうけんの男はもう、頭をかかえ動こうとしない。


 短剣使たんけんつかいはいともたやすくうばわれた自らの短剣で、手指てゆびを落とされる感覚を味わいいやされた。

 槍使やりつかいはソーニャを近づけぬよう遠い間合まあいでやりるったが、もぎ取られた穂先ほさきが腹から背をつらぬ激痛げきつうに苦しんだ後、いやされた。

 短弓使たんきゅうつかいははなった矢の全てをかがみのようにねらった箇所かしょかえされ、床に倒れ込みもがき苦しんだ。


「すぐには死なないから、だいじょうぶだよね?」


 即死そくしに近い傷を負えば即座そくざいやされ、致命傷ちめいしょうでなければ放置ほうちされる。

 おのれを待つさとった戦棍せんこんの男は、武器を手放しすくわれる唯一ゆいいつ可能性かのうせいけようとした。


「ご――」


 戦棍せんこんの男が謝罪しゃざいの言葉を口にする前に、ソーニャの繊手せんしゅあごれ骨をはずす。


せいなるかな。慈愛じあいの神はあらためるものには寛大かんだいです。あらためるものにはね?」


 戦棍せんこんで男の手足を一本づつ丁寧ていねいくだいていたソーニャは、不意ふいに腰に軽い衝撃しょうげきけ、視線しせんおととした。

 はいかみあかひとみを持つ少女が、大粒おおつぶの涙を浮かべ首を振っている。


「もういい……もうやめて……」


(なんだっけ?――――――――だれだっけ?)


 思い出せないのは些細ささいなこと。再び作業さぎょうを開始しかけたソーニャの頭を、フテネルが全力ではたいた。


『あほう! やめろって言ってるだろ! ちゃんと確認かくにんしてきた、死んでない。伯爵はくしゃくはまだほろんでない!』

「……死? ああ、ころすのは良くないよねぇ……」


 ふわりとやわらかいみを浮かべると、ソーニャはねじが切れた玩具おもちゃのようにたおれ動かなくなった。


          §


 倒されたのが自らの寝所しんじょであったことがさいわいいしたらしい。

 年経としへた吸血鬼だけあって、アメルハウザー伯爵はくしゃく灰化はいかしたものの、マナの供給きょうきゅうさえあれば、時間は掛かるがよみがえるはずだとフテネルは言う。


「いくらわたしがマナを集めやすい身体からだだっても、吸血鬼一体復活ふっかつさせるだけ集めるのは大変だよねぇ」

「ママ……」

「ママじゃないけど」


 まゆをひそめたこまがおかべたソーニャだったが、ひとみうるませたアリーセに見つめられると、そう無下むげにもことわれない。


伯爵はくしゃく不在でアリーセをほうってもいけないしね。どうせ追放ついほうされた身だし、いろいろ落ち着くまでつきあうよ」

「ママ!」

「ママじゃないけどね?」


『さーて。伯爵はくしゃくは人間と講和こうわむすんだ正式な領主りょうしゅ。村長にどんな話をまれたのかは知らないけど、アスタリアのほうではこいつらのやったことはただの強盗ごうとう怪物退治かいぶつたいじじゃないからな?』


 きれいに片付けられた大広間の壁沿かべぞいいに一列に並び、傭兵崩ようへいくずれたちは聖歌隊せいかたいの少年のようにおとなしくしている。

 アリーセのれてくれたお茶を飲みながら、ソーニャはにこやかにたずねた。


「どんな話を聞かされたのかな?」


「村を襲う吸血鬼を退治たいじすれば褒美ほうびが出るって!」

「弱ってるから簡単な仕事だって話でした!」

「城にあるものは6:4でって話でしたが、7:3って吹っかけました!」

「馬鹿いらんこと言うなだまってろ!」


 やはり村長が弱った伯爵はくしゃくむ形で仕掛しかけけたものらしい。

 辺境へんきょうで困る人たちを救って回れればと考えていたソーニャだったが、はからずも最初の人助けがハーフの吸血鬼であるアリーセになってしまった。


伯爵はくしゃくは約束守って領地りょうちまもってただけなんだから、悪いのは村長のほうだね。しかたないな。村長にもちゃんと言って聞かせないと」


 ふわりとほほ笑むソーニャの「言って聞かせる」を身をもって味わった男たちは、青ざめ冷や汗を浮かべた後、いた愛想笑あいそわらいで玩具おもちゃのようにうなづつづけた。


          §


 数か月後、王都大聖堂おうとだいせいどう

 早刷はやずりの瓦版かわらばんを見ていたシリルは、良き好敵手ライバルにしてずっと心のやわらかい部分に居座いすわる人物の記事きじを目にし、口にした紅茶をした。


「『追放ついほうされた第666代聖女、辺境へんきょうにて城を手に入れ魔王まおうと化す』ですって? ソーニャ、貴女いった何をやらかしてますの!?」


 ソーニャとしては筋を通して問題を解決しただけのつもりだったが、傭兵崩ようへいくずれたちがかたった「言い聞かせ」のおそろしさはひれが付き、魔族をまもり人をおびやかかす魔王の再来さいらいとまでうわさされていた。

 女神フェルシア教団の異端審問官いたんしんもんかん、聖女らによる討伐隊とうばつたいが送り込まれるのは、もう少しだけ先の話である。


                               続く?

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わから聖女~いいんですか? 神の声が聞こえるわたしを本当に追放しちゃうんですか?~ 藤村灯 @fujimura

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