われら百合ヶ丘高校野球部!

ブロッコリー食べました

第1回 勧誘された

「そこの君、野球部に入って共に青春の汗を流さないか?」


 その上級生は、新入生の俺に恥ずかしげもなく、いつの時代のスポ根漫画かと思うような古臭い台詞を投げかけてきたのだった。


「結構です。汗かくのって、あまり好きじゃないですから」


 振り払うような仕草を見せて、俺はその場をやり過ごそうとした。



 桜舞い散る新学期。

 どの部も新入部員の勧誘に躍起になっている。


 実際、入学式の日からこの一週間のうちに、バレー部、テニス部、バスケットボール部、陸上部、その他諸々……。とにかく俺は、ほとんどと言っていいくらいの体育会系クラブから勧誘を受けていた。

 但し、全てマネージャーという条件で。さらに付け加えるなら、その全ての部の頭には『女子』が付く。つまり、女子バレー部、女子テニス部、女子バスケットボール部……といった具合だ。

 それはどういう理由によるものかと言えば、もちろん俺が超イケてる男子だからというのは否定しようのない事実だが、主な理由は他にあった。

 ずばり、校風だ。


 実は、ここ百合ヶ丘高等学校は数年前まで『百合ヶ丘女学院高等学校』という創立百年を越える由緒ある女子校だったのである。

 その名残りから女子生徒の数が圧倒的に多く、全体の四分の三を占めている。それ故、この学校においてマイノリティである男子の地位は、女子の従属物、付録、あるいは雑役夫、良くて鑑賞用だ。

 本来なら稀少な男子生徒はむしろ珍重されて然るべきであろうが、どうも校風がそれを許さないらしいと入学して初めて知った。あとの祭りと笑わば笑え。

 女子至上主義、女尊男卑の絶対的女子優位社会が、ここには厳然と確立されていたのだった。

 そして驚くべきことに、男子顔負けのイケメン系女子がゴロゴロいて、強いて本物の男でなくとも需要は満たされているのだ。何の需要かはさておき。


 女の園にて、少数の男子は必然的にモテモテで、選り取り見取り、両手に花……といったハーレム的バラ色の学園生活を夢見た輩は、この厳しい現実に直面して夢の儚さを嘆いたに違いない。俺もその一人だ。抱いていた野望、もしくは下心、妄想といった類のものは入学式のその日のうちにあっけなく打ち砕かれてしまったのだった。



「甲子園は汗を流す価値がある場所だとは思わないかい?」


 甲子園?

 違う種類の妄想を、この上級生は宣いながら喰い下がってきた。


「普通、行けるわけないですから」

「挑戦もしないうちからどうしてそんなことが言える? 可能性の扉は全ての男子野球部員に開かれるのだよ」


 熱い。暑苦しい口調だ。

 苦手なタイプかもしれない。


「限りなくゼロに近い可能性だと思います」


 現実を見極めよと忠告したかった。

 そもそも、つい最近まで女子校だった高校の新設野球部が本気で甲子園を目指すとなれば、それ相応の補強が不可欠だ。全国津々浦々にスカウトマンを派遣して、有名シニアや強豪中学から有望な選手を野球留学させるくらいの投資と尽力なくしては、甲子園など夢のまた夢。

 なのに経験の有無も問わず、新入生と見るや誰かれ構わず声をかけ、暑苦しい台詞で勧誘している時点で、甲子園はおろか地区予選の初戦すら危ういだろう。


「でも、全くのゼロというわけではない。君は奇跡を信じないのか?」


 奇跡頼み? 

 もはや自力で勝ち獲る気なしか。


「特に信じないです。今までの人生で奇跡なんて起こったことないですから」


 頻繁に起きたら奇跡とは言わない。


「今まで起こったことがないのなら、これから起こせばいい。何事にもは訪れる」

「そういうもんですかねぇ」


 鼻の頭を掻きながら俺は気のない返事をした。


「君の長い手脚、ピッチャー向きだよ」

 そう言って彼は俺の腕といわず脚といわず触ってきた。

「もしかして、やってた? 経験ある?」


「なっ、何の経験っすか?」

「ピッチャーの」

「あ、はい。中学の時」


 しまった! 

 思わず正直に答えてしまった。いきなり触られまくって動揺した所為だ。


「ついに見つけた! エースを探していたんだ。君、一度部室に来たまえ。紅茶とケーキを用意して待っているから」

「えっ、マジっすか?」


 ケーキと聞いてテンションが爆上がりした。俺は無類のケーキ好きスイーツ男子なのだ。


「マジだとも。では、今日の放課後に。一応、名前を訊いておこうか。……あっ、申し訳ない。人に名前を尋ねる時はまず自分から名乗るのが礼儀だったね。僕は野球部主将の矢野やの凛太郎りんたろう。二年八組だ」


 主将だったとは!

 この矢野凛太郎氏、喋り方がところどころ堅苦しい。

 しかし、それを補って余りあるのが容姿だ。すらりと伸びた背、さわやかな笑顔、輝く白い歯、短く刈り込んだ清潔な頭髪、浅黒い肌。まさに絵に描いたような典型的体育会系ナイスガイだ。

 これなら十分鑑賞用として女子優位社会ここで生きる道を見い出せただろうに、敢えて峻厳の道を選んだのか。惜しい気がしなくもない。

 だからというわけでもなかったが、立ち止まって話を聞いたのがまずかった。結局、自分も名乗らざるを得ないはめになった。


りゅう……龍亜斗里あとり、です。一年七組です」



 一学年は全クラス八組まであって、その内の七組と八組が男子クラスである。共学になったといえども男子と女子が同じ教室で学ぶわけではないのだ。この棲み分けは男女比が均等になるまでの暫定的措置だが、考えようによっては、この方が運営する側にとっては何かと便利なのかもしれない。



「リュウリュウアトリ……うん、ちょっと変わっているが良い名だ。のちほど、どういう漢字で書くのか教えてくれたまえ。では、リュウリュウくん、放課後、待っているよ」

「……はい」


 俺の姓は龍だ。

 間違いを正すいとまもなかった。ナイスガイは一陣の風の如く去って行った。


 男子の上級生に声をかけられたのも初めてなら、マネージャーではなくプレイヤーとして部活動に勧誘されたのは、これが初めてだった。

 野球は中学で終わりにしようかと迷っていたが、この絶対的女子優位社会にあって野球部の主将という果敢に頑張っている感のある矢野凛太郎氏にエールを送りたい気持ちも相まって、俺はとりあえず部室を訪問してみようと思ったのだった。

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