2022 夏 1

7月下旬。どこの学校は夏休みに入っているだろうか、桜城公園にはなんとなく活気があった。

木々に囲まれてるとはいえ、やはり暑い。

公園内の雑草除去は体力的に辛かった。

「正暉。そろそろ休憩入れ、倒れちまうぞ」

師匠がカゴの中に山盛りになった雑草を運びながら俺に言う。

「はい!じゃあ休憩入ります」

そう言って、事務所に戻る。全身汗まみれ、シャワーでも浴びたい気分だ。


大学での雑務を終えて、帰省した俺はあの枝の記憶についてまだ疑問が溢れていた。

もしあの記憶が本物なら、叔母は殺されている、そして他にも事件があったのだとすると、関連もあるのではないか。

俺は名探偵でもなければ、警察でもない、ましてや34年前の事件、今更何ができるだろう。

様々逡巡した末に、真実を知りたいと強く思うようになっていた。。


「おつかれさまでした」

「おう、明日もよろしくな」

師匠に声をかけ、今日の仕事は終了、朝が早かったので4時には仕事が終わる。

家に向かい歩き始めると電話がかかってきた。

発信者は勇志。

「もしもし、どうした」

「正暉もしかして仕事終わってる?中学のメンバーで8人くらい集まって飲もうってなったんだけど来ない?」

「あー、同級会的な?」

「そうそう、正暉は成人式来れなかっただろ、たまには集まろうぜ」

確かに、2020年に延期になった成人式、翌年開催されたが大学の友人で発熱者が出たため俺は出席しなかった。

「いいけど、どこ集合?」

「場所はこれから決める、なんせ唐突に決まったからな。良ければ5時過ぎに迎えに行くぜ」

それはありがたい。迎えを頼み、俺は電話を切った。


俺の小学校、中学校は規模が小さかった。

小学校に関しては1学年1クラスだったし、中学も1学年2クラスしかなかった。

かと言って、毎年ののように連絡を取り合うのは勇志だけなので、やはり幼なじみの友情は強いと感じざるを得ない。

勇志は高校卒業後、就職した。地元の桃瀬農園で農業をしている。


勇志は農家勤めらしく軽トラで現れた。

野球部時代よりもさらに顔が日に焼けていた。農業も大変だ。

少々運転が手荒いが、周りに車はほとんどない。

「8人くらいって言ってたけど、どんなメンバー呼んだ?」

赤信号で止まり俺が話しかけると、勇志は前を向いたまま答えた。

「うーん。俺と正暉と男子3人までは把握できてるけど、女子が何人連れてくるか、誰を連れてくるかまでは分からん」

なんて適当な集まりだろう。少し驚いてしまった。

「もしかして、穂乃は呼んでないよな?」

春に公園であった時の気まずさが蘇り、恐る恐る質問した。

「ああ、呼ぼうかと思ったけどお前が気まずいと思ってやめたよ」

おお、それでこそ友。よく分かっている。

「そりゃありがたい」

「なんだ、来て欲しかったか?」

「いや全然!イケメンバスケ部先輩が着いてきたら頭にくるだけだからな、安心したよ」

そう言いながら、この話題をいつまでも引きずってる自分の馬鹿らしさが身に染みた。

「イケメン先輩かー、懐かしいな。でも、穂乃が就職した時に別れたんだろ」

「まじか!初耳なんだが!」

「なんだ正暉、未練タラタラじゃねぇーか」

「そんなことない、今は桜城公園が恋人だ!満足してるよ」

「強がっちまって」

そんな、高校時代みたいな会話をしながら、村の商店街(ほぼシャッター街)に到着した。


俺たちは居酒屋に入り、宴会スペースで他のメンバーの到着をまった。

ほんとに人が来るのか心配になり始めた頃に、懐かしい顔が3人入ってきた。

同級生男子3人だ。三者三様に変化しているところもあれば、面影を残しているところもあった。

その他のメンバーの到着が待ちきれなくなった勇志は連絡を入れると、先に小さな同級会をスタートさせた。


30分程がすぎて、男5人は昔話に花を咲かせていた。

勇志のもとに女性陣が到着したという、連絡が入った。

居酒屋ののれんをくぐって現れたのは3人、1人は吹奏楽部だった別のクラスの女子、そして成績優秀で東京の有名大学に進学したというウワサの女子、そして最後に入ってきたのは、幼なじみで高校ではバドミントン部だった女子。

「穂乃!」

俺は食べてた焼き鳥が口から飛び出しそうになるほど驚いて、声を出してしまった。

「おいおい、そんなに嬉しいか」

勇志が横腹を肘でつつく。

そして立ち上がると、女性陣を席へエスコートした。

「さて、これで全員なんで今日は楽しみましょう!」

勇志が司会を始めた。自分が車で来たことも忘れて酒を飲んでいる、顔も真っ赤だ。

チラリと穂乃の方に目を向けると、「なんで正暉がいるの?」と言わんばかりの表情で隣の女子2人を睨みつけてる姿が見えた。

あー、気まずい。


その後、同級会は盛り上がり、9時を過ぎようとしていた。

不幸中の幸いで、俺と穂乃の席は遠く、勇志も変な絡みをして来るわけでもなかったので楽しいひと時となった。


「それじゃー、解散!」

勇志の号令で会はお開きとなった。

俺は酒が得意では無い、明日は休日だったが公園の仕事はある、なので酒は飲まなかった。

このベロベロになった勇志をどうするか、免許はあるので軽トラを運転出来ないことは無いが、足元がおぼつかない勇志を駐車場まで歩かせるのは大変そうだ。

俺はタクシーを呼ぶことにした。

軽トラは明日にでも勇志が取りに来ればいい。

するとこんな会話が聞こえた。

「じゃあね穂乃。私たち電車乗るから」

「え?聞いてないって、どうすればいいの」

「えー、そこのベロベロ勇志くんと元カレさんと帰ればいいんじゃない」

戸惑いキョロキョロする穂乃だったが、「じゃーねー」と友人に置いていかれ仕方なく俺の方に歩いて来た。

「帰り方向一緒だから、3人で行こう」

うつむきがちに穂乃が言う、確か酒を飲んでいた。頬がほんのり赤い。

「わかった。タクシー呼ぼうと思ってるんだけど、いいかな」

「うん。そうじゃないと勇志がこんなんだもんね」

「おー、穂乃。帰るぞー」

寝言のような口調で勇志がつぶやく。

俺は吹き出し、穂乃は苦笑いを浮かべた。


タクシーに乗り込むと勇志は眠ってしまった。

「桜城公園までお願いします」

助手席に乗った穂乃が運転手にそう言い、タクシーは動き出した。

特に喋ることもなく、時々寄りかかってくる勇志の頭を押しのけていた。

斜め後ろから見える穂乃は、ぼんやりと街灯の少ない外の景色を見ていた。

たまに、窓ガラスに反射して映る彼女の顔は昔から変わっておらず、素敵だった。


「ありがとうございました」

桜城公園前で降り、タクシー代はとりあえず俺が払った。もちろん明日半額を勇志に請求するつもりだ。

少し酔いが覚めた勇志が「ちょっと語ろうや」と言い出し。

幼なじみ3人は公園のベンチに座った。

「勇志、軽トラ置いてきたからな。また取ってこいよ」

「わかった。記憶がなくて、以後気をつけます」

小さなベンチに俺、勇志、穂乃の順に腰掛けている。昔からどんな時もこの並びだった。

「役場での仕事はどう」

俺は意を決して穂乃に聞いてみた。

「うん。だいぶ慣れたかな。でもずっとデスクワークだから疲れちゃう」

「そっか。事務系だもんね」

「そう言う正暉はどうなの?」

正暉と呼ばれるのが久々で、少し新鮮だった。

「いや、この公園広いじゃん、今は暑いし大変だよ」

「だよね」と言いながら大きく頷く穂乃。

「そうだ!公園と言えば、昔の子供会で桜を見たよな」

突然言い出したのは勇志だ。

「子供会って春の?」穂乃が聞きかえす。しかし、勇志は首を横に振る。

「夏だよ。8月終わりの、どこかの桜のひと枝だけ咲いててさ。この3人で見たじゃん」

さて、そんなことあっただろうか。俺はなかなか思い出せない。

「あー、そうかも。花火のしてる時に」

穂乃は思い出したようだ。

「そうそうそれだよ。なんかミステリアスで良かったよな」

季節外れのひと枝だけの桜。この時、今気になっている事件について2人に話してみることにした。

俺は、枝の記憶から叔母の行方不明事件、そして、少し躊躇われたが穂乃と別れた日に見たシダレザクラのひと枝の花について2人に話した。

「正暉って、日記なんてつけてんのか!」

勇志の第一声はそれだった。

「いや、そこはどうでも良くて。気にならない、10月19日という日付の一致にひと枝の桜、それに殺人事件の可能性もある」

「まあな、でも俺に出来ることは少ないと思うぜ。穂乃はどうだ?なんか思い当たる事とか」

勇志がそう言いながら穂乃の方を向いた。俺も穂乃の意見を聞きたかった。

すると、穂乃は目を見開き、呆然としていた。

「どうした!体調でも悪い?」

俺の問いかけに「違うの」とだけ答えると、大きく息を吸って話し始めた。

「私の叔母さんも34年前に行方不明になってるの。葵田ひかり、高校3年生の8月28日。部活が長引いて、7時40分頃高校で友達と別れて、そのまま家に帰って来なかったんだって、家出かもしれないって警察の初動捜査が遅れて、捜査は打ち切り。2ヶ月くらい後に男の文字で駆け落ちを示す内容の手紙が届いたんだけど、ちょうどその時桜下真紀子さんの事件も起きてて、手紙は警察に届けなかったんだって。真紀子さんの事件と同じで、うちの祖父母は絶対に駆け落ちなんかしないってずっと言ってたんだけど、今も連絡はないの」

「2つの事件は類似点が多すぎる」

「ああ、おかしいくらいにな。」

俺たちは34年間解決されていない、怪事件の共通点を見つけてしまった。

「俺はこの事件を調べようと思ってる。ほんとに駆け落ちや家出かもしれない、でも俺の家族も穂乃の家族も真実が知りたいと思う。だから、少し手伝ってくれないかな」

俺は勇志と穂乃に語りかけた。強く。

「わかった。できるだけやってみる」

「私も、家族として知らないといけないと思う」

3人の意志は固まった。真実を知るために。


俺と勇志は穂乃を家の前まで送り、同じ方向の家に向かって歩いていた。

「計算してみたんだけど、1988年に高校3年生だと、今は52歳、早生まれだと51歳みたいだな」

完全に酔いから覚めた勇志はさっそく考え始めていた。

「当時の同級生から話を聞ければいいよな」

勇志の意見には賛成だった。

「じゃあ、こっちは8月28日の季節外れの桜について調べる」

「おっ、正暉得意の日記か?」

「ああ、小学生の夏休みの絵日記、あれから探してみるよ」

「頼んだぜ」

「そっちもな」

こうして、俺と勇志は別れた。


俺の部屋の押し入れから絵日記を探すことはそれほど大変ではなかった。

そして見つけた。

2008年の8月28日の日記だ。

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