第6章 第7話 鼎と桃香 エリア015観光

「やはり彼らはあまり乗り気では無いみたいですわね…」


秋亜は“ウルトラアルティメット気持ち良すぎだろギャラクシー”のギルドハウスで、調査結果を確認していた。桃香がギルドマスターに戻って、ギルド名が変更されたのだ。


ワウカの取り巻きだった男達は、エンシャント財団が行なっている調査に協力していた。だが、そのほとんどが渋々協力している様子だった。


「秋亜さん。鼎が色々手を回していたお陰で、運営側の事情がかなり分かりました」


「鼎さん…謙遜している様子でしたが、探偵としてはかなり優秀みたいですわね」


巴は鼎が探偵として自分の足で、或いは他人を利用して集めた資料を秋亜に見せた。秋亜はその資料が表示されたデバイスを手に持って、丁寧に目を通した。


「運営側も知らないうちに、アナザーアースのユーザーを使った実験場になっていたみたいです」


「でもこのゲームの運営の態度も褒められたものではありませんわ。アナザーアースの管理者に一切情報提供をせずに知らないふりを決め込むとは…」


lunar eclipse projectの運営チームは、NPCの状況について一切知らなかったらしい。どうやら運営チームは、ゲーム内で発生している異常事態に関わりたくないらしい。


「開発会社と運営チームは全く別ですわね…」


「鼎はlunar eclipse projectを開発した会社と連絡を取ろうとしましたが既に倒産したとかではなく…会社の存在自体が有耶無耶になっているみたいです」


鼎は既に出来る範囲の調査を終わらせていて、別の依頼をしていた。開発会社の所在を明らかにするには、もう少し時間がかかりそうだった。


「鼎さんは現実世界では、007で生まれたと聞きましたが…」


「今は桃香さんを手伝う為に003で暮らしているみたいですよ」


巴は鼎に教えてもらった範囲で、今の彼女の暮らしぶりを秋亜に伝えた。秋亜は、鼎と桃香の生活に変化が必要だと判断した。


ーー


「観光地がすぐ近くにある場所での生活にも、飽きてきたよ…」


鼎はエリア003での生活に既に飽きていて、元いた007に帰りたくなっていた。肝心の桃香はというと、ブラックエリアの賭場を立て直すのに忙しそうだった。


「007に戻っても、アナザーアースで探偵の仕事は続けられるから」


「賭場の方も手伝って…」


「そっちは手伝う気は無いから。ブラックエリアにはこれからもあまり足を踏み入れたくないし」


「そんなぁ…」


桃香はかなり残念そうにしていたが、鼎は次の依頼も解決する為にアナザーアースにログインした。愛莉はいないが、鼎にとっての本来の日常が戻って来たと言える。


ーー


(巴からメッセージが来てた…何だろう)


アナザーアースからログアウトした鼎は、桃香の家の一室に戻っていた。早速鼎は巴から来たメッセージを読んで、桃香にも伝える事にした。


「気分転換にエリア015に来ないか…だって」


「015?電子機器の持ち込みが制限されてるんでしょ?」


桃香はかなり嫌そうな表情になっていたが、鼎は巴が暮らしている場所に興味があった。他のエリアとは大きく異なる街並みを見てみたいとも思った。


「桃香がブラックエリアで色々やってるのは、巴も財団も知ってるけど…」


「015からログインしてブラックエリアに向かったら、何言われるか分からない」


鼎は桃香が015に行くのを渋っている事を、巴に伝えた。安易に桃香を賭場から引き離すと、またブラックエリアが大変な事になる可能性がある。


「ブラックエリアに侵入した事がバレない様なプログラムを作って見るよ…作るだけだから、実際に上手く行くかは分からないけど」


「桃香本人に最終チェックをやらせるつもりね…」


「私本人がブラックエリアに行く訳じゃないから」


「…桃香に伝えとくよ」


ーー


「そのプログラム、どうせボク以外に使う人いないんでしょ?」


「エンシャント財団が使う可能性も…」


「秋亜サンにランク高めのホテルの部屋を用意して欲しいって、メッセージ送ってみるよ」


「ホントに送っちゃったよ…」


しばらくして返信が送られて来て、秋亜がホテルの手配をする事になった。詳しい予定を確認した鼎達は、015に行く準備を始めた。


「電子機器の持ち込みについては、だいぶ緩くなってるて聞いたからボクも安心できたよ」


「向こうも少しずつ緩めて、観光客を呼びたいのかもね」


かつてのエリア015は他のエリアから一部の機器を持ち込む事を取り締まっていた。015の伝統を壊す危険性に繋がると主張する、保守派の勢力が強かったのだ。


だがエンシャント財団が設立されて、別のエリアの技術を015の発展に生かす様になった。これによってもたらされた利益は大きく、保守派勢力は何も言えなくなった。


「やっぱりカネだね」


「言い方はどうかと思うけど…結局そう言う話だよね」


桃香は色々と電子機器を持っていて、どれを015に持って行けるか考えていた。明らかに怪しい機材も混ざっていて、鼎は呆れた様子でそれを見ていた。


「こんな機械を繋いでログインするのって、普通に規約違反じゃない?」


「ボクはブラックエリアに日常的に出入りしてるけど…それに“バレなきゃ犯罪じゃない”って言葉もあるでしょ」


「どっちにしろそんな大きい荷物は持って行けないでしょ」


「じゃあこの辺だけでも…」


そう言って桃香は、小さな機材を鞄とは別に持っていくらしいアタッシュケースに詰め込み始めた。鼎はもう何も言わずに、自分の準備を淡々と進めていた。


ーー


「桃香大丈夫?ただの旅行なのに随分大荷物だけど」


「巴サンにエンシャント財団がいるんでしょ。何か頼まれるかも知れないよ?」


鼎が持っていたのは小さな鞄だったが、桃香はアタッシュケースだけでなく大きなリュックサックも背負っていた。鼎は桃香の重そうなリュックサックの中身を減らした方がいいんじゃないかと提案した。


「外部から接続する機材を色々詰め込んでるんだよ。何が必要になるか分からないからね」


「…重くないの?」


「重いよ」


「私は手伝わないから…」


日が昇る前、鼎と桃香はエリア015に向かう為の列車に乗った。今回は通常の車両ではなくて、値段は高いが設備が充実している列車に乗っていた。


「やっぱりこうやって荷物置けるスペース確保できると落ち着くね」


(ギリギリ他の乗客の迷惑にはなってないか…)


鼎は桃香のリュックサックが通路にはみ出しそうになっているのを見て、不安になった。そちらを出来るだけ気にしない様にしながら、鼎は車窓から見える景色を楽しんだ。


「向こうに着くまでまだまだかかるよね?」


「003と015は結構離れてるからね。だいぶ早い時間の列車だけど、着くのはお昼ごろになるはずだよ」


車窓からは、静かな海と美しい朝焼けを見る事が出来た。今はまだ朝なので、015に到着するのはまだまだ後だった。


「そろそろ朝ごはん食べようよ。それなりに良いの買ったじゃん」


「牛肉弁当…奮発してしまった」


鼎達が買った弁当には肉そぼろだけでなく、牛肉の薄切りも使われていた。タレは甘めに味付けされていて、口当たりも良かった。


「うん、美味しい!これなら015でも元気に観光出来そうだね」


「桃香はいつも元気な気がするけど」


そう言っている間に日はどんどん昇り、太陽の光が眩しくなった。海の代わりに見えて来たのは、荒涼とした大地だった。


「015の周辺は自然保護区になってるらしいね。許可が無いと入れないけど、車窓から見えるはずだよ」


「015は地球の自然の復元もやってるみたい…本当に色々やってるエリアね…」


エリア015に近づき始めると、大地の緑も増え始める。あっという間に車窓から見える景色は、緑一面になった。


「あれが015…遠くからだと見えにくいな…」


「昔の街並みを再現するとか言って、大きな建物は許可がないと建てられないんだってさ」


他の多くのエリアでは、人々の活動範囲を広げる為の超高層建築が多く存在する。ただしデザイン性は重視していないので、015では採用されていない。


「エンシャント財団が来ても、そこは変わらないのか…」


「変えちゃいけないものを守るのも、大事な事だと思うよ」


鼎と桃香がそんな会話をしている間も、列車は015に近づいていく。アナウンスが行われて、桃香は慌てて降りる準備をし始める。


「やっぱり大荷物すぎたんじゃ…」


「大丈夫…重いけど背負える…あとアタッシュケースも…」


ーー


「やっと着いたよ…」


「落ち着いた雰囲気だけど、ただ寂れてるだけの007とは違う…」


015に到着した桃香と鼎は、他のエリアとは明らかに異なる街並みに驚いていた。ただ無機質な建物が並んでいるのではなく、旧世代の欧風の街となっているのだ。


「…015寒くない?冬だから当たり前だけど」


「003や007は暖かいって実感できる感じだね…」


既に12月になったエリア015は、かなり寒い場所だった。幸い2人とも厚着をして来たので、風邪をひく事はなさそうだ。


「さてと、寒いし早くホテルに向かおうかな…ここって水道水そのまま飲んでも大丈夫なのかな?」


「そんな所まで昔を再現してる訳じゃないでしょ」


桃香達は真っ先に秋亜が手配したホテルに向かい、チェックインを済ませた。2人分の部屋が用意されていて、どちらもスイートルームだった。


「私は辺りを歩いて見るけど…桃香は?」


「この部屋でのんびりしてるよ」


鼎が桃香の部屋を覗くと、彼女は既にソファーでゴロゴロしていた。コンピュータには既に桃香が持って来た色々な機材が繋がれていた。


「折角他のエリアに来たのに観光しないの…?」


「疲れちゃった〜ボクはゴロゴロしてるよ〜」


鼎は何も言わずにホテルを出て、015の街を見て回った。取り敢えずエンシャント財団の本部を目的地として、観光していた。


(そうだ巴には、メッセージを送っておこう)


鼎はデバイスを使って、巴に015にいるというメッセージを写真付きで送った。辺りを見回しても、他のエリアにある様な無機質な高層建築物は見当たらない。


『秋亜にホテルを用意してもらったんだって?どうせいいホテルなんでしょ』


メッセージの内容を見る限り、巴の機嫌は悪そうだ。純粋に巴の家がどんな風なのか気になったので、続けてメッセージを送る。


『巴はどんな家に住んでるの?』


『先祖が残した、大きな家。広いけど散らかってるから、2人が泊まれるスペースは無い…ってか今どこに向かってんの?』


『エンシャント財団の本部。他のエリアの豪華な建物と違って、下品にピカピカしてないらしいじゃん』


『秋亜には連絡しとく』


メッセージのやり取りを終えた鼎は、エンシャント財団の本部のすぐ近くまで来ていた。財団本部の建物は周囲の景観を壊さずに、景色と調和していた。


(本当に敷地広そう…金があるのね)


鼎はそんな事を思いながら、財団本部の建物を眺めていた。ホテルに戻ろうとした鼎を呼び止めたのは、財団の職員だった。


「すみません、後でデバイスにメッセージを送るつもりでしたが…」


「秋亜って人からのメッセージ?」


「はい…秋亜代表は、鼎さんに是非お越しになって欲しい場所があるとの事です。場所に着いては代表自ら鼎さんに伝える事になっています」


「要するに場所については、後でメッセージが送られてくるって事ね」


「はい、よろしくお願いします」


「分かった。今秋亜さんに会いに行こうと思ったけど…ホテルに戻るよ」


鼎は来た道ではなくて、別の道を使ってホテルに戻る事にした。その途中の路地にあったのは、落ち着いた雰囲気の小さな喫茶店だった。


「コーヒーを一つ」


カレーなど気になるメニューも色々あったが、今回はコーヒーだけにした。この後ホテル内にあるレストランで夜ご飯を食べたいからだ。


「お客さんはどちらから来ましたか?」


「やっぱり015の人じゃないって分かるんですね」


「ええ、明らかに物珍しそうに見ていらしたので」


「007、003と転々としています。ここには旅行で来ました」


「そうだったんですね。003には、私の息子が開いてる喫茶店があります」


「それにしても珍しい物がたくさん置いてありますね。やっぱりどれもアンティーク物なんですか?」


鼎は店内を眺めて、置いてある機材や雑貨を見ていた。古いレジスターもコーヒーを淹れる機器も、よく手入れされている。


(なんかよく分からない物もいっぱいある…)


「実は私達も使い方が分からない物がいっぱいあるんです。世界大戦以前の人なら、知っていると思いますが…」


かつての大戦によって数えきれない程の命が失われて、多くの技術も埋もれてしまった。そうした状況もあり、エンシャント財団はエリアの発展だけでなくロストテクノロジーの研究も目的としている。


「このエリアを中心に活動している財団…エンシャント財団は最近出来た組織ですよね」


「ええ。あの財団はこのエリアの文化を壊さずに、技術の発展を目指しているんですよ」


「それで頭の固い保守派も黙ったんですか?」


「そうですね。実は私も半信半疑でしたが、すぐに彼らが本当に015を守ろうとしているのだと分かりました」


エンシャント財団の話をしているうちに、鼎はコーヒーを飲み終えた。代金を支払って喫茶店を出た彼女は、すっかり暗くなっていた道を急いでホテルへ戻る。


ーー


「桃香、戻って来たよ」


「街並みはどうだった〜」


鼎は隣にある桃香の部屋を訪ねると、彼女はソファーに座って機器を弄っていた。どうやら直前までアナザーアースにログインしていたみたいだ。


「中々珍しかったよ…015からも安定して接続出来た?」


「うーん…やっぱりちょっと電波が悪くて不安なんだよね。まあいいや、夜ご飯食べに行こうよ」


そう言って桃香は素早く服を着替えて、レストランに行く準備をした。どう見てもオシャレではないが、外出しても変ではない服装だった。


ーー


「テーブルマナーとかよく分からないけど…」


「そこまで求められる店じゃないと思うよ」


桃香達は最初はホテル内のレストランにしようと思ったがどこも高かったので、近くの飲食店へ向かった。桃香はファミレスでもいいと思っていたが、鼎が見つけた店に入った。


鼎が選んだのはイタリア料理の店で、個人経営と思われる。コース料理が提供されるらしいが、ホテル内のレストラン程の料金は取られなさそうだ。


「アペリティーヴォはどうされますか?」


「いりません。彼女はまだ子供なので…」


鼎は既に成人していたが、桃香はまだなので食前酒を断った。桃香は少し退屈そうにしていたので、鼎は秋亜からのメッセージについて聞いてみた。


「秋亜サンからのメッセージ?是非行ってほしい場所があるんだって」


「私は財団職員から直接聞いたよ」


「何処だろうね?観光地じゃないだろうし…」


「やっぱり桃香も教えてもらってないか…」


話をしているとアンティパスト…前菜であるタコのサラダが運ばれて来た。胡椒の他に香味野菜も使われていて、爽やかな味わいだった。


「タコのサラダ…あんまり食べた事無かったけど、イタリア料理の定番なのかな?」


「さっぱりした味だったね。主菜は結構しっかりした味付けの料理なんだろうな…」


プリモピアットとして運ばれて来たのはミネストローネだった。プリモピアットは“第一の皿”という意味なので、まだメインディッシュではない。


「この野菜の味が染み込んでる感じが良い…温まるよ〜」


「確かにこのミネストローネ美味しい…」


この店は席も少なく今いる客は鼎達だけだったので、桃香は感想を口に出していた。別に騒いでいる訳ではなかったので、スタッフから文句を言われる事も無かった。


「明日は秋亜サンからのメッセージに従う事になるから…観光する時間残ってるかな?」


「どのくらい時間かかるか分からないけど…今日観光しとけば良かったんじゃない?」


次に運ばれて来たのがメインディッシュに当たるセコンドピアットで、牛肉のグリルだった。付け合わせであるズッキーニのグリルも含めて、シンプルな味付けみたいだ。


「塩と胡椒だけ…素材の味を引き出してる感じだね」


「ナイフで切るの大変だけど…うん。やっぱり牛肉は美味しい」


鼎と桃香は、焼きたての牛肉の味をしっかりと堪能した。015産の牛肉は硬くなく、塩や胡椒によって肉本来の味が引き立てられていた。


「コースにデザートも含まれてるんだっけ?」


「デザート…ドルチェはプリンって書いてあった」


ドルチェのプリンは、見た目は普通のプリンだった。だが一口食べただけで、こだわって作られたプリンであるという事が分かった。


「なめらか…それでいてくどい甘さじゃない…」


「こんなに美味しいプリン初めて食べたよ!」


ドルチェの後に頼んだ飲み物は、鼎はコーヒーで桃香は紅茶だった。桃香はコーヒーが苦手らしく、甘い物の後は紅茶を飲んでいる。


「行ってみて欲しい場所ってどんな所かな?ちゃんと観光名所だといいなぁ」


「…財団関係の仕事を押し付けられない事を祈ってるよ」


そんな話をしながら鼎達はコーヒーや紅茶を飲んでいた。会計を済ませた鼎と桃香は、ホテルに戻る事にした。


「結構高かったな…」


「ホテル内よりはマシだよ」


鼎と桃香は部屋に戻る前に、ホテルのラウンジで休憩していた。巴ともメッセージのやり取りをして、彼女も鼎達について行く事になった。


『巴は今回の行き先がどんな所か知らない?』


『知ってる。でも今回はお楽しみにしておいた方がいいと思うよ』


「…観光名所じゃなさそう」


「そうだね…面倒ごとに巻き込まれなきゃいいけど」


メッセージのやり取りも終えたので、鼎と桃香はそれぞれの部屋に戻る事にした。明日はそんなに早く起きず、ゆっくりと目的地へ向かう事にした。


「巴にあんまり早い時間に案内してもらうのも悪いからね」


「なんか疲れた…ブラックエリアの賭場はハンターに任せて、シャワー浴びて寝ようかな」


そんな事を言っている桃香は、ハンターが既に賭場でボロボロになっている事を知らない。桃香は部屋に入っていったので、鼎も自分の部屋に入った。


(それにしても豪華な部屋…)


秋亜が鼎達の代わりに予約したスイートルームは、かなり豪華だった。鼎の出身地であるエリア007にある部屋とは比較にならない。


(アメニティも豪華…これブランド物かな?)


部屋に置いてある調度品も、やはりアンティーク調だった。古い器具も多く置いてあったが、使い道が分からないインテリアだろう。


(まだ眠くないけど今からアナザーアースに…ログインしない方がいいな)


そう思った鼎は、スイートルームのバスルームの操作盤で湯を沸かした。バスルームはかなり広々としていて2、3人でも余裕がありそうだ。


広々とした湯に入り、鼎はゆったりと体を温めていた。風呂場にもアンティーク調のインテリアが、いくつか置いてあった。


(015…いいところに見えるけど、ずっと住んでれば普通の景色になるんだろうな)


鼎も003に来た当初は、巨大なソーラーパネルに驚いていた。だが割とすぐに見慣れてしまい、ただの景色と化した。


(風呂までコンセプトが守られてるホテルは初めて…そろそろ出ようかな)


風呂から出た後はナイトシャツやナイトガウンなどの高級そうな寝巻を着て、歯磨きを済ませた。そして必要以上にデバイスの画面を見ない様にしながら、ベッドに入って眠った。


ーー


(すごくよく寝た気がする…)


目覚めた鼎はすぐに服を着替えて身だしなみを都整えた後、ホテル内にあるカフェに向かう事にした。桃香にメッセージを送ったが返信が無かったので、まだ寝てるのだと判断してそのままカフェに行った。


(このカフェ、オシャレだけど落ち着いた雰囲気でいいな)


鼎が頼んだのはコーヒーとトースト、ベーコンとスクランブルエッグのセットだった。胡椒のみでシンプルな味付けだったが、朝食にはピッタリと言える。


(桃香はもう起きたかな…)


そう思った鼎は、すぐに桃香にメッセージを送ってみた。桃香からも“おはよう。ホテルのカフェで飲むコーヒーは美味しいでしょ”というメッセージが送られてきた。


『桃香は朝食どうするの?』


『ルームサービス』


このホテルはルームサービスも充実していて、スイートルームなら食事を部屋まで持って来てくれる。ここまでの高級ホテルなら、ルームサービスの食事も美味しいだろう。


『昨日は遅くまで起きてた?』


『割と遅くまでアナザーアースにログインしてた』


『ルナプロやってたの?』


『あんなクソゲーには飽きてきたよ。FPSやってた』


どうやら桃香は別のエリアに来たにも関わらず、寝る間を惜しんでまでFPSをプレイしていた様だ。鼎はそんな桃香に対して呆れていたが、特にメッセージを送ったりはしなかった。


ーー


「で、巴サンが案内してくれるんだっけ?」


「うん。今日は休みを取ったらしいけど…」


鼎と桃香は、場所を事前に教えてもらっていた巴の家へ向かっていた。昼食を食べてから、秋亜と一緒に目的地へ向かう事になるが…


「アレが巴サンの家?ボクの家より大きいじゃん」


「先祖が残した家らしいよ」


鼎は巴の家の門に設置されているドアベルを鳴らしてみた。数十秒も経たないうちに巴がやってきて、門を開けた。


「ようこそ、我が家へ」


「大きい家…掃除とか庭の手入れとか大変じゃない?」


「そこら辺は機械に任せてるよ。別に何百年も昔の文化を再現してる訳じゃないからね」


「でもあのロボットも独特の見た目してるよ。003じゃ見られないロボだね」


器用に花の世話をする小さな園芸用ロボットを見て、桃香は目を輝かせていた。鼎が巴と一緒に家の中に入っていくので、彼女も慌てて追いかける。


(巴サン…現実世界でも背低いんだ…)


桃香はそんなことを思っていたが、口には出さなかった。間違いなく面倒な事になるのが分かっているし、とても失礼だからだ。


ーー


「あら、鼎さん達もいらしたのね」


「あれ、あんたひょっとして秋亜サン?一緒に来るの?」


「そうみたいだよ…いきなり家に押しかけてきてさぁ…」


(エンシャント財団の代表秋亜…現実だと髪が茶色っぽくなってるところ以外はアナザーアースのアバターそのままだな)


驚いている桃香の横で、鼎は秋亜の容姿を観察していた。巴は奥にあるキッチンに行って、昼食の用意をしているみたいだ。


「はい。サンドイッチ」


「おっパンの耳切り取ってないヤツだね」


巴が持って来たのは、いくつかのサンドイッチだった。肉とチーズ、キュウリのピクルスやレタスを挟んだシンプルなサンドイッチだ。


「これハンバーグ挟んである!」


「よくあるタイプとは違うけど、ハンバーガーっぽいでしょ」


巴のサンドイッチは特に凝った見た目ではなかったが、どれも美味しそうだった。このサンドイッチをお弁当にして、目的地へ向かう事になる。


「目的地までどのくらいの距離?お弁当は途中で食べるの?」


「電車を使えば5時間くらいで着きますわ」


「今から出発しても4時くらいになるじゃん…お金持ちなんだし車とかないの?」


「車は持っていますが運転は財団職員にやってもらっていますので…今は皆忙しいので運転手がいませんわ」


桃香は残念そうな表情になっていたが、かなり良い電車に乗れるらしい。ゆったりと車窓を見て、エリア015の景色を楽しめそうだ。


「今から出発しても夕方になってしまいますが…出来るだけ早く出ましょう。鼎さんと桃香さんも、きっと気に入ってくれる場所だと思いますわ」


ーー


015は比較的広いエリアであり、鉄道も存在している。それなりに早い列車もあれば、ゆっくりと景色とサービスを楽しむ為の列車もある。


「見た目古そうだけど、中身は最新技術が詰まってるのかな」


「ティータイムを楽しむ事が出来るカフェの車両もありますわ」


鼎達が乗る事になったのは、ただ古そうなだけでなく趣のあるデザインの列車である“EuropeanExpress”だった。流石に20世紀の列車はもう使われず博物館に保存されているはずなので、複製なのだろうが。


「列車内に個室があって、さらに洗面台まであるのね…」


「4人でゆっくり、車窓からの眺めを楽しみましょう」


車両の個室も豪華であり、4人いても十分な大きさのソファーとテーブルが置いてある。もちろん安物ではなく、テーブルは職人が作ったものでソファーの品質も良かった。


「こんなに良い列車なら弁当じゃなくて食堂車で昼食にすれば良かったと思うんですけど…」


「鼎さんと桃香さんに、015の景色を見てもらいたいのですわ」


巴は文句を言いながらも、ムシャムシャと自分で作ったサンドイッチを食べている。鼎と桃香はサンドイッチを食べながら車窓の方に視線を向けて、015の独特かつ美しい街並みを見ていた。


「他のエリアでも昔の街並みを再現するという試みは行われています。ですが015の街は紛い物ではなく、大戦前の埋もれようとしている時代を再現した本物なのですわ!」


「紛い物って…そんな言い方する必要はないと思います」


明らかに上機嫌な秋亜に対して、巴が冷静に注意する。尤も、鼎も巴もこのエリアの街並みの美しさを理解していたので、不快な気分にはならなかった。


「サンドイッチ食べたしカフェの車両に行かない?」


「どんな感じか、楽しみだね」


「素敵なティータイムを楽しむ事ができますわ。期待していてください」


「そうやってハードル上げるんですね…」


ーー


「カフェの車両もいい雰囲気だね」


コーヒーや紅茶を飲んで落ち着いたひとときを過ごす為の車両も、明るく高級感があった。鼎と桃香は自分達は何となく場違いなんじゃないかと思いつつ、それぞれコーヒーや紅茶を頼んだ。


「ボクはケーキも食べようかな。周りにあるのはチョコレート?」


「なんか並べ方も綺麗な気がする」


桃華だけでなく鼎も、メニューの写真を食い入る様に見ていた。コーヒーを頼んだ巴は、チョコレートだけを追加で頼んだ。


(ここに当たり前の様に乗ってる人達って、すごい稼いでるセレブばかりなんだろうな)


巴は自分の暮らしとは全く異なる生活をしているであろうセレブ達を見ていた。自分とは縁が無い気品のある人ばかりだと認識していた。


「巴さん、列車が豪華過ぎてソワソワしているのですね?」


「まあそんなところですね…自分の稼ぎじゃとても乗れないし…」


この電車に慣れている秋亜はコーヒーを飲み、カヌレを味わっていた。彼女も明らかにセレブなのだが、あまりに高飛車なので巴は他とは違うタイプだと認識していた。


「このケーキ美味しい!ただ甘いだけじゃないね!」


「そうでしょう!他では味わえないケーキですわ!」


桃香が美味しそうにケーキを食べている横で、何故か秋亜も嬉しそうにしていた。自分が住んでいるエリアの食べ物を褒められると、やはり嬉しくなるみたいだ。


(それにしても独特な建物に見える…機能よりも建築物としての美しさを優先しているのね)


007で生まれ育った鼎にとっては、昔のヨーロッパの建築はとても珍しい物だった。それを興味深そうに見ているうちに、列車は目的の駅へと近づいていく。


ーー


「本当に田舎じゃん…」


「私達の目的地はこの先ですわ」


EuropeanExpressから降りた駅の近くに広がっていたのは、広大な草原や畑だった。ぽつぽつと家も見えるが、鼎が住んでいたエリア007とは比較にならない程の田舎だった。


「空気は綺麗な気がするね。それにこういう景色も他のエリアじゃ中々見れない」


鼎は美しく広大な田園風景を、興味深そうに眺めていた。退屈そうにしていた桃香も、いつの間にか景色を眺め始めている。


「時間通りに到着しそうですわね」


「てかこんなところに何があるの…」


明らかに田舎道としか言えない場所を歩く桃香は、うんざりし始めていた。だがしばらく歩いていると、この辺りにしては大きい建物が見えてきた。


「あの建物は?」


「エンシャント財団が経営している孤児院ですわ」


「孤児院…なんでボクが…」


「桃香は子供の相手苦手なの?園長には会っておきなよ」


秋亜達の目的地は、煉瓦造りと思われる孤児院だった。子供の相手があまり得意ではない桃香は、既にゲンナリしていた。


ーー


「こんにちは、マリさん。もうすぐ夕方なのにすみません…」


「いえ、大丈夫ですよ。巴ちゃん」


孤児院の院長を務める愛川マリは、穏やかな女性だった。孤児院の元気な子供達を苦手そうに見ている桃香の事を、嫌だと思っている様子もなかった。


「それじゃあ私、子供の遊び相手になってきます」


「巴サンすごいな…ボクには無理だ…」


巴が子供達と遊んでいる様子を見てから、秋亜達はマリに連れられて建物に入った。孤児院の建物はただの煉瓦造りではない、頑丈な構造になっているみたいだ。


「マリさんはlunar eclipse projectについてご存知でしょうか?」


「いえ…」


ーー


それから秋亜は、自分達財団がとあるVRMMOを調査している事を伝えた。マリはゲームの内容については聞かず、他のプレイヤーとの関係性の情報を真剣に聞いていた。


「それで私は何をすればいいのですか?」


「ワウカとの関係性を良好なものにする為の助言をお願いしますわ」


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