第6章 第3話 種田花江 013から015へ

「取り敢えず美玲のアイドルデビューは成功しましたので、我らエンシャント財団もペルタの救出に協力しますわ」


エンシャント財団が最初に調査するのは、VRMMO“lunar eclipse project”だった。今回の調査に参加する職員の数はかなり多いらしく、一部の通常業務は止めてあるらしい。


「もちろん運営会社の調査だけではなく、ゲーム内の調査も行いますわ。プレイヤーになる職員の中には、あなたがよく知っている方もいますわね」


「よく知っている…?」


ーー


「久しぶりスね」


「花江…」


lunar eclipse projectのプレイヤーとして参加する職員の中には、金色の髪の少女である種田花江がいた。彼女は巴と同じエリア013の出身で、015に引っ越して来た。


「確か交通事故で親がいなくなったから来たんですよね。暮らしは大変スか?」


「遺産があるから、生活に苦労した事は無い。今はプログラマーとして生計を立てている」


「私は、財団で働いてます」


「花江は自分の意思で015に来て暮らしてるんだよね…」


ーー


種田花江はエリア013の出身で、犯罪組織同士の抗争をニュースで何度も見ていた。彼女や他の013の住人にとって、暴力はとても身近なものである。


両親は既に疲弊していたので、花江の生活はかなり苦しいものだった。犯罪組織と関わりのない大人達は、皆諦めている様子だった。


(ここじゃない何処かに行きたい…)


花江はどこでも良いから、013とは別の場所に行きたいと思っていた。ここで暮らしていても、心が荒むだけだと分かったのだ。


ーー


当時13歳だった花江は、他のエリアについての勉強を始めた。巨大な時計塔がある012や、花の形をした大きなソーラーパネルがある003の存在を知った。


(観光地…一度で良いから行ってみたいな…)


とは言え家にはお金がなくお小遣いもない花江が他のエリアに旅行へ行くのは困難だった。彼女は将来的に別のエリアに行く為に、必死に勉強していた。


だがどれ程勉強しても、013から出るための方法は思いつかなかった。そこで彼女は、013でも活動している他のエリアの組織について調べてみた。


(エンシャント財団…013支部…?)


花江が調べた結果、エンシャント財団はエリア015に本部を置いている組織である事が分かった。015はロストテクノロジーの研究が盛んな古風なエリアで、他のエリアからの機器の持ち込みに厳しいエリアだった。


(このエリア…観光地と違って落ち着いた雰囲気だな…)


彼女はすぐに、将来的にはこの財団で働きたいと思った。そのためにも、彼女は勉強し続けて優秀な成績を残そうと努力した。


ーー


(中学を卒業したら…ここの高校に行かなくてもいいスよね…)


15歳になった花江は優秀な成績を残していたので、すぐにエンシャント財団で働きたいと申し込んでみた。義務教育を終えていれば、エンシャント財団で働く為の条件を一つ満たせているからだ。


『学校での成績を確認しました。013支部までお越しください』


メッセージを受け取った花江は、不安を感じながらも支部へ向かった。到着した花江は、すぐに会議室の様な部屋に案内された。


(面接…かな…どんな人が来るんだろう…)


「おーほっほっほっ!」


会議室にやって来た人物は、ものすごく高飛車な笑い方の女性だった。花江は気がつかないうちに、怪訝そうな表情になってしまっていた。


「あなたの成績、確認しましたわ。あなたをヤクザが支配しているエリアに埋もれさせるのは勿体無いですわー!」


「は、はぁ…ありがとうございます…?」


花江は職員と思われる女性に高く評価されていると分かったので、取り敢えず礼は言ってみた。取り敢えず勢いがあるだけで、悪い人間ではなさそうだった。


「では、エンシャント財団があなたを迎え入れる事でどの様な益を得る事が出来るのか、教えてくださいな」


「は、はい!私は、まだ未熟ですが、この成績の通りに、頑張れる人間なので…」


「未熟…ですか」


「あ…すみません」


いきなり後ろ向きな発言をしてしまった事で、相手の女性は残念そうな表情になった。しまったと思った花江だったが、落ち着いて働きたい理由を伝えた。


「エリア015の発展のために尽力しているエンシャント財団は、とても素晴らしい団体です…私もそこで働いて、エリア015を支えたいです」


「私達の活動が、015の文化を壊す可能性は考えていないのですか?」


「それは、あり得ません。エンシャント財団は、文化との調和を目指していますので、反発の意見はほとんどないと知っています」


「断言しましたわね…ふむ…」


相手の女性が考え込み始めたので、花江も黙るしかなかった。そしてしばらくの間沈黙が続いたが、相手の女性はゆっくりと立ち上がった。


「後日、メッセージを送りますわ」


その数日後、花江はエリア015へ向かいエンシャント財団の職員になった。彼女はそこで、面接していた相手が財団の代表である秋亜だと知る事になる。


ーー


「支部の視察に行って、そこで新しい人材を見つけて勝手に面接するなんて…あの女らしいというか…」


「でもお陰で、私はこの財団で働く事ができていまスので…」


巴と花江は、同じ013出身の人同士で何度か顔を合わせていた。お互い他人との会話がそこまで得意ではなかったが、自分たちが住んでいる015に関する話題なら弾んだ。


ーー


「では、あなたにはlunar eclipse projectのプレイヤーになってもらいます。さっそくアナザーアースにログインして、プレイヤーとして登録してください」


「…あの、私アナザーアースにログインしてアバター作った事ないんですよね」


「え?」


「私、メタバースとか本当に興味ないっスから…」


流石にこの回答は秋亜も予想外だったらしく、目が点になっていた。秋亜は慌てて、彼女にルナプロのプレイヤーになってもらうように説得した。


「他の職員のほとんどがVRMMOをやりたがらないので…若い人であるあなたにやって欲しいのです」


「誰だって全然知られていないゲームやりたくないと思いまスけどね…」


結局財団の代表の指示に逆らえないという事で、花江はlunar eclipse projectを始める事になった。アバターは財団が用意したものだったので、彼女自身の個人情報を登録する必要は無かった。


ーー


(取り敢えず始めたけど、どのギルドに入ればいいんスかね…)


花江は初心者プレイヤーとして月食エリアに放り出されて、途方に暮れていた。結局プレイヤーとしてゲーム内に直接乗り込む職員は少なくなってしまったのだ。


「あの、初心者の方ですか?」


「あ…は、はい。アナザーアース自体、最近始めたばかりなのでアバターも地味でスけど…」


エンシャント財団の職員だと気づかれなかったので、花江は正直に初心者だと伝えた。経験者を味方につける事ができれば、今後の調査も捗るだろう。


「私はハナエっていいます。よかったら、このゲームについて教えて欲しいっス」


「いいですよ、私はアリスと言います。実は私の方も色々と緊急事態が起きていて…」


花江はこのゲームの経験者であるアリスと出会う事が出来た。彼女も困っている様子だが、助け合う事が出来るはずだ。


(これからどんどん味方を増やせればいいっスけど…)

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