第2章 第9話 愛莉 再会 正体
「最初に使った出入り口と同じ場所…!」
「出られたって事ですか?」
「うん、ひとまず安心…だね」
研究施設から脱出した鼎達は、ブラックエリアの裏路地にいた。周囲の安全を確認した鼎達は愛莉に話を聞くためにも、すぐに移動せず体を休めていた。
「愛莉もこの施設に連れて来られたのね…」
「はい…先日、カナエさん達と別れた後の記憶が無くて…気がついたら、閉じ込められていました」
「隙を見て脱出したの?」
「急に監禁されていた部屋の近くの制御室が機能を停止したみたいで…すぐにドアを開けて何度も階段を上りました」
「…鼎サンが使ったウイルスプログラム、すごく役立ったみたいだね」
「…なんでジト目なの?」
ウイルスプログラムが影響を与える範囲は、鼎も把握していなかった。ブラックエリアの何処に影響を与えたか分からないから面倒だ…と、桃香は思っていた。
「じゃあ私が出られたのも、カナエさんのお陰ですね!」
「…そう言ってくれると、嬉しいよ」
愛莉は素直に鼎に対して感謝していたが、鼎は何処か引っ掛かるものを感じていた。一方、加奈は、ブラックエリアの雰囲気を嫌がっていた。
「あの…かなえさん、早くここから離れたいです」
「そうだね。早くここから出ましょう」
鼎達は加奈と愛莉を連れてブラックエリアの出口へ向かった。鼎は愛莉の様子を時折確認しながら、油断せずにブラックエリアを歩いた。
ーー
「やっとストリートに戻れた…」
「ボクはブラックエリアの方が落ち着くけどね」
鼎はいつものログイン地点である、2010年代の東京をイメージしたエリアに、桃香達と共に戻って来ていた。ここまで来れば、ブラックエリアのチンピラ達や、研究施設の連中の襲撃を受ける事も無いだろう。
「それじゃ、ボクは加奈チャンを現実に帰す為の手続きをしてくるよ」
「うん…あの、ありがとうございました!」
加奈は桃香に手を引かれて、ログアウトの手続きに向かった。愛莉は久々に安全な場所に戻って来て、ホッとしている様子だった。
「こうして、カナエさんに助け出されて良かったです。あのままだと、どうなっていた事か…」
「ええ。あなたが無事で、本当に良かった」
愛莉は鼎に助けてもらえて、嬉しそうにしていた。鼎もそんな愛莉の様子を見て、警戒しすぎるのもよくないと思い始めていた。
ーー
「アイリ、大丈夫?一度ログアウトして現実世界に戻った方が…」
「大丈夫、母さんには伝えました。久しぶりな気がするので、このストリートを見たくなったんです」
鼎と愛莉は、依頼を受けた際の調査に使っていたカフェに来ていた。仮想現実での食事は味は感じるが、現実の肉体の栄養摂取には繋がらないのはこの時代でも同じである。
「やっぱりここのココアは美味しいですね。カナエさんはコーヒーですか?」
「ええ、いつも通りのブラックにしてるよ」
愛莉がこのカフェでココアを頼むのもいつも通りだった。苦い飲み物を避けるのは、連れ去られる前と同じだ。
「アイリに調査を協力してもらう様になって、結構経つよね」
「はい。夫や妻の浮気調査とか、めんどくさい依頼も多かったですね」
鼎は今までも、探偵として数多くの依頼をこなして来た。人探しや浮気調査では、仕方なく尾行を行う事も多かった。
「でも、ブラックエリア関係の依頼を受けた結果…」
ブラックエリアに踏み込んだ結果、愛莉を危険な目に遭わせる事態になってしまった。これからは、安易にブラックエリアに踏み込まない方が良いだろう。
「でも、カナエさんはちゃんと私を助けてくれた。前から思っていましたけど、頼りになる人ですね」
「そう言ってくれると、嬉しいよ」(……ん?)
鼎が違和感を覚えたのは"前から"というワードだった。以前の自分は、少なくとも愛莉にもかなり迷惑をかけて来た気がするが…
「うーん…改めて聞くのも変だけど、私ってどんな感じの探偵に見える?」
「えっ?そうですね、どんな依頼、調査にも怯まず切り込んでいく、まさに名探偵…ですよ!」
いや…違う、愛莉と会った頃の私は…
ーー
『本当に、お金を用意してくれるんですか…?!ありがとうございます‼︎」
『ちょっと待ってください‼︎お金はこれから用意するんですか?!』
『うん、あんまり儲かる仕事してないし』
『こっそり盗んだ相手の男の金を渡して誤魔化す…?!そんな無茶な方法で大丈夫なんですか?』
『大丈夫、大丈夫。あの手のおっさんは注意力無いから』
『結局バレちゃったじゃないですか!』
『でも、最終的には管理者ブロックに突き出せた訳だし…』
『この人、全然頼りにならない〜‼︎』
『え…私が聞き込みをするんですか』
『はい…妻が不倫しているかどうかは、私が調べてみます!』
『ちょっとカナエさん‼︎私は危うくあの人に刺されそうになりましたよ?!』
『痴情のもつれは怖いからね…まぁ、さっきの人のナイフ程度じゃあ、アナザーアースなら怪我しないよ』
『"怪我しないから平気"じゃあないんです!本当に怖かったんですから…』
ーー
『今回は人探しの依頼でしたっけ?』
『ええ…現実世界だと色々な事情があって、直接探すのは大変らしいの』
『はぁ…今回も酷い目に遭わないと良いですけど』
『今回はどっちも危ない事にならずに、解決する事が出来ましたね』
『精神的なダメージが原因でログイン出来なくなっていたって言ってたね。無事に再会できて良かった…』
『やっとカナエさんも、頼りになるようになりましたね』
『やっとなの…?前々から頼りにしてくれてた訳じゃないのね…』
ーー
「違う…アイリは、最初から私を頼りにしてるわけじゃなかった」
「え……?」
鼎は目の前にいる「水瀬愛莉」が、偽物であると判断した。そして何者なのか、少しずつ探りを入れてみる事にした。
「最初に会った時、あなたは金銭トラブルに巻き込まれてたね。手助けする事は出来たけど、私はあの時も不甲斐ない姿を見せてしまった…」
「…そう言えば、最初はそうでしたね。でもカナエさんは、頼りになる探偵ですよ」
愛莉が鼎のおかげで助かったのは事実だが、あの時もかなり酷い目に遭っている。あの長い一日の事を忘れていたとは考えにくいだろう。
「浮気調査の時にも、妻の方を調べた時も恐ろしい事態になったでしょう」
「不倫とかそういう話になると、女の人って怖くなる事が多いとは知っていましたが…」
「刺されそうになる事は多くないでしょ」
「え…?」
鼎の目の前にいる"愛莉"は、彼女の助手に近い人物である愛莉が、予想以上に不憫な目に遭っている事に驚いた。鼎はこの人物は愛莉の事をあまり把握していないと判断した。
「確かに夫との関係性を疑われて、危険な事態になった事もありました。でも、少しずつそういう事も減っていった気がします」
「私その辺かなりいい加減だから、減ったのは気のせいじゃない?」
"愛莉のフリをしている人物"は、鼎の事を、探偵として相当に優秀な人物だと思っていた。彼女がブラックエリアに関わって無事でいられたのは、桃香や巴と言った優秀な人物がいたからだ。
「…はぁ、愛莉さんはなんでこんな人の助手をやってたんでしょう?」
「これからあなたは、自白を始めると考えていいのかな?」
目の前の人物はため息をつきながらデバイスを操作して、"水瀬愛莉"の映像を消した。その場に現れたのは、ブラックエリアの研究施設の管理人だった。
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