第1章 第5話 桃香VSハート

「開発者の…娘?何しに来たのさ…」


桃香はいきなり現れた小柄な少女が、開発者の娘を名乗った事に困惑していた。アナザーアースの開発者達は行方不明になっていて、親族についても分かっていなかった。


「なるほど、ね…セキュリティを無視できたのも、開発者権限か」


「で、開発者の娘サンが何しに来たの?この子のログアウトを手伝ってくれると嬉しいんだけど」


巴は警戒していたが、桃香はフレンドリーな姿勢で対応しようとした。しかし、ハートと名乗った少女が表情を変える事はなかった。


「朱音を渡して下さい。利用価値があります」


「はぁ…駄目に決まってるでしょ」


鼎の言葉を聞いたハートは、無言で砲身を構えた。どうやら鼎達を始末する事を、既に決めたらしい。


「桃香、前衛は任せるね」


「はいはい、任されたよ…まぁ、ボクなら勝てるでしょ」


ブラックエリアを根城にしてのし上がって来た桃香は、今も余裕そうだった。裏社会の人間と渡り合って来た実力は、間違いなく本物だった。


(それじゃ先手必勝で…ってええ?!)


ビシュウン‼︎


「きゃっ?!」


「いきなりっ…今のはビーム?!」


ハートが召喚した砲塔から放たれたのは、レーザービームだった。凄まじい高熱を感じ取った鼎は、当たったらただじゃ済まない事を察した。


(インチキ極まりない…だけど!)


バンっバンっ!


桃香は連続でデバイスから銃弾を放ったが、ハートには当たらなかった。しかしそれも、桃香が立てていた作戦の一部だった。


(ボクの銃弾はすんごい跳ねるよ〜)


桃香はデバイスを改造していて、デバイスから放たれる弾丸が、何度も跳弾する様にしていた。跳弾した弾丸が全て命中すれば、ハートのアバターは再起不能になるはずだ。


(やっぱり弾丸に気付いてない!ビームを避け切れれば勝てる!)


ハートは前方に意識を集中させている様子で、ビームを放ち続けていた。鼎も桃香も、跳弾した弾丸が彼女に命中すると予想した。


「…ん」


(え…銃弾が消えた?)


ハートが目を閉じた2秒後に、直撃するはずだった弾丸が消えた。彼女が何かを操作したのかは不明だが、銃弾が消え失せた事は紛れもない事実だった。


「単純な力じゃ、私は倒せない」


「なるほどぉ〜開発者権限ね…」


「何ですって?!」


ハートの戦闘能力は開発者権限によるものだと、巴は判断した。アナザーアースのプログラムを、直接操る権限があるのだ。


「開発者権限って何そのチート…やる気無くした、帰って良い?」


「再起不能にされずに帰れる方法があるの?」


今、鼎達はハートの操作で放たれるビームを必死に回避している状況だ。このままでは朱音をログアウトさせるどころか、帰還する事も難しい。


「って、巴サンも手伝ってよ!」


「私は朱音ちゃんと、ついでに愛莉を守らなきゃいけないの」


巴達は物陰に隠れて、ハートの猛攻をしのいでいた。愛莉と朱音はその陰に隠れて、不安そうにしていた。


「朱音を守り切りたいんだったら、そのまま盾になってて」


「いやいや、巴サンも攻撃のチャンスを窺ってよ」


(私達で隙を作れば…)


桃香が文句を言う横で、鼎は彼女の隙を探っていた。いくら開発者権限持ちと言っても人間が操作しているアバターである以上、隙はあるはずだ。


「巴も手伝って、私と桃香と愛莉で盾になるから」


「カナエさん私もですか?!」


「ボクも盾やるの?」


開発者権限で危険を排除できるとしても、所詮は手動。全力で猛攻を仕掛け続けたら、防ぎきれない攻撃も出てくるだろう。


「悪いけど、アンタみたいな調子に乗ってるガキに遅れをとる気はないから!」


「調子に乗ってるわけじゃないんだけど…」


「…とにかく攻撃を続ければ良いんでしょ。簡単過ぎてつまんなそう」


「私も攻撃するんですか…一瞬で返り討ちにされそうなんですけど」


鼎達が全力で攻撃をして、意識を他に向けさせない。そうやって隙を作る事が、鼎達の捨て身の作戦だった。


「それじゃ…喰らえっ!」


ーー


(急に攻撃が激しくなった…何かを企んでみたいだけど)


鼎達は桃香が変形させたデバイスを使って、全力で砲撃を続けていた。ハートはシステムを直接操作していたので、攻撃の効果を消去する作業は簡単だった。


(それにしても攻撃が乱暴だな…煙でよく見えなくなってきてるよ…)


煙が立ち込めているせいで、ハートは前方がよく見えなくなっていた。それでもビームを射出し続ければ、そのうち倒せるだろうと考えていた。


ーー


「全然ビーム止まる気配ありませんよ!私たち滅茶苦茶不利じゃないですか?!」


「巴が隙を窺ってるから、頑張って耐えて!」


鼎達は必死に砲弾を放って、徹底的に足止めを行っていた。爆煙によって、双方の視界が悪くなってきているが…


「巴サンが見当たりません!何処ですかぁー‼︎」


「あそこに隠れてるのは朱音だけ…巴の奴、逃げ出したのか?!」


「そんな…私達を見捨て」ドカァン!


今までとは明らかに違う高出力レーザーが放たれて、愛莉は爆風で吹っ飛ばされてしまった。鼎は咄嗟に彼女を庇って、床に直接叩きつけられない様に守った。


「鼎サン!大丈夫ですか!」


「大丈夫…けど相当マズイ状況だね」


鼎と愛莉はこの戦況を、相当自分達にとって不利だと見ていた。たが、巴の作戦には裏があると感じている桃香は、諦めることなど考えていなかった。


「もうちょっと耐えて!危なくなったら2人は逃げていいから!」


「桃香さん!無茶しちゃダメですよ!」


爆煙で見えづらい視界の中でも、桃香は砲撃を続けていた。彼女は巴にも考えがあって、姿を消しているのだと信じていた。


ーー


(相手もだいぶ疲れてきているみたいですが…あのモモカと呼ばれている人の諦めは悪いですね)


ハートは相変わらず前方にビームを集中させて、鼎達を殲滅しようとしていた。鼎達を始末すれば勝ちと考えている彼女は、いつの間にかいなくなった巴の事など、気に留めていなかった。


ーー


桃香の視界に入ったのは、ハートの背後に近づく巴だった。


桃香はハートに怪しまれない様に、巴がいることに気づいていないフリをした。


巴はビームと砲撃の爆音で気配に気づかないハートの後ろに立って…


デバイスをナイフの形に変形させて、ハートの体に突き刺した。


ーー


「がぁっ…ああっ?!」


「巴?!いつの間に…」


爆煙で視界を遮られていた鼎と愛莉は、よろめくハートを見て、巴がナイフで彼女を刺した事にようやく気づいた。致命的なダメージを受けたハートは、蹲って立ち上がれなくなった。


「瀕死のソイツは放置して、早く朱音チャンをログアウトさせるよ!」


桃香は物陰から出て来た朱音を連れて、ログアウト装置の方に向かった。巴は既にコンソールを操作していて、いつでも起動できる様にしていた。


「一橋朱音…ログアウト…いける!」


「朱音チャン…平気かな?」


「うん…じゃあね!」


装置が起動して、朱音のアバターは光に包まれる。装置の稼働音が停止した時には、既に朱音の姿は無かった。


「ログアウト成功…かな」


「うん。今頃現実の朱音の体の意識も回復しているはずだよ」


ユーザー、一橋朱音のログアウトは既に完了していた。朱音の両親は娘が仮想現実から突然帰還した事に、驚き喜んでいるだろう。


「後はそこにいるハートチャンをって、あれ…いなくなってる」


「私達のことを諦めてログアウトしたんだね、アバターの修復も必要だろうし」


ハートのアバターが負ったダメージは、明らかに深刻だった。あの様子だと、修復するのにもある程度時間がかかるだろう。


「それじゃあ、帰ろうか」


ーー


「はぁ…すごく疲れる一日だったな…」


「もう23時ですからね…」


鼎達は巴の研究室で、淹れてもらったお茶を飲みながら休んでいた。ブラックエリアで朱音を救出して彼女をログアウトさせるだけで、こんなに大変な目に遭うとは予想できなかった。


「それにしても巴の姿が見えなくなった時は絶体絶命だと思ったよ…見捨てて逃げたと思ってさぁ…」


「あっはっは…友達を見捨てる奴だと思うなんて、ひどいな〜」


「…その、今回は助けてくれて、ありがとうございました」


何となく鼎と巴の間に微妙な空気が漂い始めていた。慌てて愛莉が巴に感謝して、空気を和やかなものに戻そうとする。


「まぁ、人攫いの被害者だったからね。で、そっちの可愛い子はどっちの友達?」


「2人同時に首振らないでよぉ…もうボクたち友達でしょ?」


「今日知り合ったばかりだし…」


巴は鼎と愛莉の態度を見て、桃香の性格に難がある事を察した。桃香がどんな子か、どうやって探ろうか考え始めていた。


「桃香さん的にはトモエさんはストライクゾーンには入らないんですか?」


「えっ?!いや…まぁ…別にそういう訳でも」


「あれ、桃香ちゃん中身は男の子?」


「うう…愛莉チャン変な事聞かないでよ」


ーー


「成る程…ブラックエリアに出入りしてて鼎達に怪しい視線を送る、猫耳をつけた女性アバターのユーザー…そりゃ警戒されるね」


「うう…反論できない…!」


ブラックエリアで活動しているユーザーは、基本的にあまり信用が無い。ここで言い返したところで余計に突っ込まれるだけだと、桃香は理解していた。


「というかもうすぐ24時…そろそろログアウトしないといけないので帰りますね」


「そうだね…今日は長時間ログインしてたし…」


「長時間ログインは体に悪い…って、聞いてないし。じゃあね」


ーー


「いやーボクの凄さかよく分かったでしょ…って無視しないでよ!」


「貴方はブラックエリアを縄張りにしている人間で、私は探偵。必要以上に関わらない方がお互いのため」


ほとんどの仕事がそうだが、探偵業も信頼が重要である。捜査のために怪しい人に聞き込む必要もあるが、それをあまり表に出すべきでは無い。


「じゃ、一応連絡先。リアルでも話したいな」


「直接会うのは?」


「いや…やめとくよ。住んでる場所が遠いかも知れないし」


「そうだね…お互い、ネカマの可能性がある訳だし」


そう言われた桃香は微妙な気分になりながら、アナザーアースからログアウトした。愛莉はこの後ストアに寄ってから、ログアウトするらしい。


「それじゃ、次の仕事の時もよろしくね」


「はい!また今度!」


愛莉は元気良く挨拶をしてから、ストリートエリアへ向かって行った。鼎はその様子を見届けてから、ログアウトして現実の自分の部屋へと戻っていた。


ーー


「ポイントの引き換えも済んだし明日…あれ?」


愛莉はデバイスを操作してログアウトしようとしたが、何故か無反応だった。デバイスを直してもらう為にカスタマーセンターに向かおうとしたが、何者かに肩を掴まれて転送された。


「君には利用価値ができてしまった…すまないが、使わせてもらうよ」

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