第1章 第2話 抜け殻売り再び
アカデミーブロック…そこには研究者の他、勉学に励むものが数多く集っている。議論を行う者たちもいる為、物凄く静かなエリアと言うわけでも無い。
「アカデミーブロックほど、桃香さんにふさわしく無い場所も少ないですよね」
「本人がいない所でそういう事言わない」
鼎たちは、ログアウト等のシステムに詳しい知り合いを訪ねに来ていた。管理者ブロックや運営の対応を待つよりも、プログラマーを訪ねた方が早いと判断したのだ。
ーー
「セキュリティソフト…ここは自分で作った方が良いかな」
ガチャン!
「こんにちは巴」
「こ、こんにちは!」
巴と呼ばれた、小柄な体格の研究者の女性は、セキュリティソフトの開発の邪魔をされてガックリした。事前に来るという連絡はあったが、それでもソフト開発の邪魔をされる事は嫌だった。
「はぁ…ちょうど捗ってた所なのに…ログアウトできない子がいるんだっけ?」
「そうなの、貴方の力を貸してちょうだい」
それを聞いた巴は、すぐにログアウトに使えるエリアを検索し始めた。ユーザーの意識転送は専門外だが、友人の頼みとして仕方なく協力しているのだ。
「管理者ブロックに任せるんじゃダメなの?」
「ここの管理人は本当に最低限の仕事しかしないから、どれだけ掛かるか分からない…貴方の方が優秀でしょ」
「こんな時に能力を認めるのね…私はただ、緊急用に使えるログアウトエリアを検索してるだけ」
ーー
「ふぅ…ここなら無理やりかつ安全にログアウトさせられると思うけど…」
「これ、ここまでファストトラベルしてから徒歩で歩かなきゃいけないんですか?」
「うん、たまには歩いた方が良いでしょ」
「分かった、ありがとね」
伸びをした巴はデスクから立ち上がったが、背は愛莉よりも低かった。小柄な体格に合わせて顔も幼かったので、アンバランスな感じではなかった。
「…巴さん。もっと背が高いアバターにしないんですか?」
「この体を偽る気にはなれないから」
巴にとってはアバターで自分を偽る事も、あまり良いとは言えなかった。下手に自分の体を変える事で、矜持が失われてしまうと感じていたのだ。
「あの、巴さんも来てくれませんか?」
「嫌、危ない事に関わりたくない」
巴は今回の事件には、ある程度危険性があることを察していた。あんまり危険な事には首を突っ込みたくないタイプだったのだ。
「じゃあね。私達、あの子を早くログアウトさせてあげたいから」
「巴さん、ありがとうございました」
そう言って鼎と愛莉は、巴の研究室を出て行った。残された巴はセキュリティソフト開発を再開…せずに、緊急用ログアウトエリアがあるブロックを調べ始めた。
(何者かが侵入した形跡あり…)
ーー
「戻って来た…って、桃香?どうしたの?」
オフィスブロックに戻って来た鼎が最初に見たのは、どんよりした様子の桃香だった。朱音の方は、出る前とあまり変わらないみたいだった。
「ゲームに夢中になりすぎたら…朱音チャンに相手されなくなった…」
「はぁ…ほったらかしにしてたのね」
朱音は桃香がプレイしていたFPSに、一切ついて行けなかった。桃香に放置されている事にすぐに気づいて、会話をしたくなくなったらしい。
「朱音ちゃん、あなたを現実に帰す方法を見つけたよ」
「ほんと…?」
「うん、少し歩くけど平気?」
「大丈夫!」
帰れると聞いた朱音は、すぐに元気を取り戻していた。ある程度明るいこちらが、彼女の普段の姿なのだろう。
「それじゃ行きましょう」
「ほら、桃香さんも早く来て」
「はぁ…分かってる、行きますよ」
ーー
「それでね、ゲームに夢中になって私の事忘れてみたいなの」
「それは酷いですね…」
「うう…何も言い返せない」
鼎達が歩いているのは、普段使用されていない無機質な白いブロックである。このブロックにある緊急用ログアウトエリアなら、朱音を現実世界に戻せるのだ。
「ちょっと、桃香」
「鼎サン?小声でどうしたんです?」
違和感に気付いた鼎は、小声で桃香に話しかけた。桃香の方も気配に気づいていたので、すぐに察する事が出来た。
「何者かがこちらを見てる」
「…多分、この前の抜け殻売りかな」
相手の尾行自体は決して下手ではないが、用心していれば十分気づくレベルである。特殊なスキルを持ち合わせていない時点で、ただの裏社会の人間だと予想できる。
「私が話つけて来ようか?ブラックエリアなりの流儀で」
「やっぱり暴力になるの?」
「暴力は全てを解決する。それがブラックエリアだって分かってるでしょ?」
桃香は黙って立ち止まり、鼎に先に行くように視線で促した。愛莉達は気にしたが、鼎は2人を連れて先へ進んだ。
「桃香さんどうしたんですか?」
「いいから、先に行くよ」
ーー
桃香は無機質な白い通路で、追手が来るのを待っていた。やがて通路の向こうから、ナイフ型に変形させたデバイスを持った男がやって来た。
「あの子を捕まえようとしても、無駄だよ」
「また邪魔すんのかよ…高い値段がつきそうなんだ、取り返させてもらうぜ」
鼎たちを尾行していたのは、以前朱音を売り物として並べていた、抜け殻売りの男だった。抜け殻よりもユーザーそのものの方が高く売れるので、取り返しに来たのだ。
「おらっ!」
「遅っ。当たんないよ」
抜け殻売りはナイフで斬りかかってきたが、桃香は簡単に避けた。桃香はこの分なら時間稼ぎは簡単だと判断していた。
「懲りないねぇ…アンタ1人?勝てると思ってるの?」
「へっ…俺に仲間がいねえと思ってんのか?」
「うん」
「…甘っちょろい考えだな」
仲間がいないだろうと判断されたアバター売りはちょっとショックを受けていたが、余裕を崩さない。それを見た桃香も、少しずつ状況を怪しいと思い始める。
「…この反応は!」
「俺の部下達があのガキを狙ってる筈だぜ。追いかけなくていいのかぁ?」
「大金叩いてゴロツキを雇ったの?本末転倒じゃん…」
「これはあの人からの援助だよ…テメェがブラックエリアでデカい顔できるのも時間の問題かもな?」
「…何だって」
「へへっ、ビビったなぁ!」
桃香は驚いていたが、同時にアバター売りの身を心配していた。桃香の予想が当たっていれば、彼の今後は危ういだろう。
「アンタさぁ…自分の心配したら?あんたに金渡して依頼して来たのは相当ヤバい奴だよ」
「それがどうした…俺だって後に引くつもりは無えよ」
(ま、ブラックエリアをテリトリーにしてるのはそういう連中か)
桃香はもう、アバター売りの事を案じるのはやめていた。さっさとケリをつけて、鼎達のところに戻る方が大事だ。
「おらっ!」
「相変わらず遅いな」
バンッ!
「ぐああっ!」
「やっぱりアンタ弱いよ。逆に何でボクに勝てると思ったの?」
アバター売りが振るうナイフは、一度も桃香の体に届くことは無かった。逆に桃香のデバイスが放った弾丸は、彼のアバターに大きなダメージを与えていた。
「ちくしょう…こんなやつに…」
「アンタには構ってられない。さっさと先に行かなきゃ…」
桃香はアバター売りに背を向けて、複雑な道の先へ進もうとした。しかしメンタルが限界に来ていたアバター売りは、挑発をやめなかった。
「舐めてんじゃねえぞネカマ野郎!テメェなんか俺が本気出せば…」
「誰がネカマだこのヤロォー!」
ネカマ呼ばわりにキレた桃香は、素早くアバター売りとの距離を詰めて、彼を殴り飛ばした。吹っ飛ばされたアバター売りは、そのまま追撃を受け続けた。
「ぐわぁーっ!」
アバター売りの悲鳴が真っ白なブロックに響いた…
ーー
「くっ…」
「どうした、その程度か?」
鼎はアバター売りが雇った男達と戦っていたが、かなり追い詰められていた。鍛えてはいたが戦闘センスはそこまで高くないので、複数人の相手で体力を消耗していた。
「はっ…まだ私を突破出来てないくせに」
朱音を現実に帰す事が目的である鼎には、まだ余裕があった。今頃は愛莉が朱音を連れて、ログアウトエリアに向かっている筈だった。
ーー
「愛莉さん…道、合ってる?」
(どうしよう…分からなくなってる)
朱音を連れて歩く愛莉は、白い無機質な通路の中で迷っていた。迷路のように入り組んだ道な上に、景色も変わらないのだ。
「おい、この先はまだ見てない筈だ」
「そうでしたっけ?何か景色が変わらないからよくわかんないっすけど…」
(まずい、追いつかれる!)
追手の捜索スピードは、愛莉の予想以上に早かった。このまま急いで歩いても鉢合わせしてしまう可能性があると考えた愛莉は、動けなくなってしまった。
ガシャンッ
「ひっ?!」
「まったく…心配した通りの事態になってたね」
いきなり白い壁の一部が崩れて、人が通れるサイズの穴が出来た。そこから顔を出したのは、一緒に行かないと言ったはずの巴だった。
「こっちに来て。その子をログアウトさせたいんでしょ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます