序章 第4話 猫耳少女(男の娘疑惑あり)と抜け殻売り

「おい!早くビール持って来いよ!」


「テメェ!今のイカサマだろ!ぶち殺されてぇのか!」


(ブラックエリアの賭場…客層は底辺の連中ばかりか…)


賭場の客達の柄は悪く、あちらこちらから喧騒が聞こえて来る場所だった。ポーカーやルーレットのテーブルからは"イカサマ"というワードが頻繁に飛び出す。


「鼎サンが興味あるのは、ギャンブルじゃないでしょ?…モノ売ってるのはこっち」


鼎は桃香の後を追って、ショップの方へと向かった。鼎の左腕には、愛莉が不安そうにしがみついていた。


「離れちゃダメだからね」


「分かってます…」


愛莉は酒を飲んで騒ぐ、柄の悪い賭場の客を見て、不安そうな表情になっていた。鼎は彼女に危険が及ばないように、最大限の警戒をしていた。


ーー


「ここに並んでるのって…」


「どれも表の世界に出回ってはいけない、危険な物ね…」


賭場の店に並んでいるのは電子ドラッグなど、危険な代物ばかりだった。こうした物が出回る事で、アナザーアース内だけで無く現実の治安にも影響を与える可能性がある。


「あれが鼎サンの探しものでしょ」


「うわぁ…何あれ…」


そこに並べられていたのは、沢山の少女の身体…アバターだった。どのアバターも、既にユーザーがいない"抜け殻"だった。


「これ、何に使うんですか…?」


「ナニって…1人でシたい時に使うんでしょ」


「やっぱりね…真っ当な目的な訳ないか…」


女性型アバターの抜け殻の使い道はやはりというか、男の欲望を処理するためだった。愛莉は心底嫌そうな表情になり鼎も憤りを感じていたが、依頼は既に達成した。


「カナエさん、もう帰りましょうよ…」


「ちょっと待ってアイリ」


「ん?どうしたの鼎サン…」


鼎はアバターの抜け殻を一つ一つ調べ始めていた。どれも既にユーザー情報は削除されているはずだったが…


「…ここにあるのって、抜け殻だけのはずよね?」


「そのはずだけど…」


「何でこの子…中にユーザーが入っているの?」


「まさか…本当に女の子を誘拐してるなんて」


商品として並べられていた抜け殻の中には、ログインしているユーザーがまだ入っているものがあった。抜け殻に混じって、ユーザー…"人"が売られていたのだ。


「ちょっと?鼎サン…」


「この子を助けなきゃ…なっ?!」


ユーザーの反応があるアバターに触れようとした鼎が、賭場の従業員に取り押さえられてしまった。鼎は反撃しようとしたが、授業員のアバターの能力値設定がかなり高く設定されていたので、体を動かすのも困難だった。


「あんたら…人を売ってんでしょ…心が痛まないの?!」


「何言ってんだ?金になるんだ…こいつもただの商品…ぐはっ‼︎」


鼎を取り押さえていた男の1人が、突然後方に吹っ飛んだ。鼎は素早く拘束から脱出して、桃香の方に移動した。


「桃香…お前…ぐあぁっ‼︎」


「はいはい、大人しくしててねー」


桃香はデバイスを銃に変形させて、素早く従業員アバターの弱点を狙った。弱点を壊された従業員達は、すぐに動けなくなった。


「鼎サン、大丈夫?」


「ええ…ありがとう」


「いやぁすみません…ボクの連れが騒ぎを起こして…」


「さっきだって十分大騒ぎだったでしょ…」


桃香は周りに集まって来た賭場の客達に頭を下げていた。愛莉は騒ぎの原因が鼎にある事にされて、少し不満そうだった。


「まぁスタッフの対応も悪かったし…コレ、タダで持ってくよ」


「ちょ、おい、待て!」


桃香はユーザーが入ったままのアバターを抱えて出口に向かおうとしたが、スタッフに止められた。商品として売っていたアバターを持ち出されて怒る店主にも、桃香は強気に接していた。


「これ、抜け殻じゃなくてユーザーだよね。売り物にしてるのどうかと思うけど…」


「抜け殻より値段は高いぞ。500000クレジット払えるか?」


「こんな可愛い子はプライスレスでしょ!」


「何言ってんだ。払えねぇなら渡さないからな…」


店主の方も高く売れる商品を手放したくない様子だった。一方の桃香も説得して済ませる方針を止めようとしていた。


「はぁ…管理者ブロックに突き出されないと分からない?」


「そんな脅しに屈すると思ってんのか。俺が捕まってそのまま賭場が潰れたら、困る奴らが沢山いるだろ」


桃香達を見ていた周囲は騒ついている様子になっていた。賭場の客達は、小柄な猫耳の少女に突っかかっている店主の方に呆れていた。


「桃香に喧嘩売って…終わりだなアイツ」


(終わり…何を言ってるんだろう…?)


賭場の事情を知っている者達は、抜け殻売りの末路を既に察していた。まだ詳しい事情を知らない愛莉は、困惑するだけだった。


「ここで捕まっても、賭場は閉鎖で、自分はしばらく刑務所のお世話になって終わり…とか思ってるの?」


「何だ?お前が殺しに来るのか?そんな訳ねぇよなぁ!」


「あんたは既に賭場にも迷惑をかけてる…経営層からも狙われて…一生外出歩けないだろうねぇ…」


「俺だって金稼ぐのに必死なんだよ!ガキ売って何が悪いんだ!」


追い詰められた店主は、完全に開き直ってしまっていた。それでも桃香は、店主を追い詰める事をやめなかった。


「賭場の方はこんなボロ倉庫捨てて移転すれば良いけど、君はアナザーアースにも居られなくなるよ。現実の居場所も無くなるし…引きこもるのかな?」


「クソガキが…舐めやがって…俺は…」


人を売るような外道だったが、この賭場においては彼より桃香の方が有利な立ち位置にあった。抜け殻売りの男の表情は怒りに満ちていたが、何も言い返す事は出来なかった。


「テメェらいつかブチ殺してやる!覚悟しとけ!」


お手本の様な分かりやすい捨て台詞を吐いて、抜け殻売りは去っていった。その様子を見ていた賭場の客達は、静まり返っていた。


「じゃあ、この子は連れて帰るね。アバター売りも、もっとマシなの見つかるでしょ」


「あ、ああ…こっちとしても人売りを追い出せて助かったぜ」


客達は落ち着く…事もなくいつも通りの喧騒を始めていた。桃香は売られそうになっていた少女を抱えて、さっさと出入り口に向かった。


「愛莉、依頼は達成したから帰るよ」


「…はい!」


鼎と愛莉もすぐに桃香を追って、賭場を後にした。依頼を達成できた以上、ブラックエリアからは一刻も早く立ち去るべきだった。


ーー


「そう言えばこの子、まだ起きないけど…大丈夫なんですか?」


「強い薬を使われたみたいだけど、その内目を覚ますよ。あ、管理者ブロックには連絡つけといたから」


「わざわざありがとう。本来は私がやるべき事だったから…」


「これくらい良いよ。鼎サン達も疲れてるでしょ?」


ブラックエリアを出た鼎達は、個人用のオフィスブロックを利用していた。ここで救出した少女の状態をチェックする事にしたのだ。


「そう言えば謝礼を払わないとね」


「いや、ホントにいらないよ。こっちとしても賭場のクソ野郎を排除できたし」


「それじゃ私の気が済まない。今回の依頼はあなたの協力のおかげで達成できた」


「うーん、どうしようかな…今回お金はもらえないから…」


桃香は賭場の時とは違い、悩んでいる様子になっていた。彼女はどうしようか迷っていたが、今後の事も考えた答えを導き出した。


「そうだ、これからはボクも探偵として捜査メンバーに加えてよ!それで報酬の一部を受け取るって形なら良いでしょ!」


「えっ…まぁ、ありがたいけど…」


「いやーこんな可愛い子と調査できたら毎日楽しいよ〜」


「ちょっと待ってください!良いんですかカナエさん?!」


桃香が捜査メンバーに加わると言い出して、愛莉はすぐに突っかかった。愛莉としては、こんな不審者と関わり続けるのは嫌だったのだ。


「そんな勢いで拒絶する?!愛莉チャンだって、ボクの優秀さは分かったでしょ?」


「あなたみたいな怪しいネカマと一緒にこれからも行動するのは嫌なの!」


「怪しいネカマ⁉︎協力したのに流石に酷くないかな?!」


「愛莉、流石に言い過ぎ」


桃香と愛莉の言い争いになりかけたが、鼎に止められた。その時、眠っていた薄いピンク色の髪の少女がもぞもぞと動き始めた。


「ん…ここは…」


「目を覚ましたのね…ここはオフィスブロックよ」


ーー


「私は九重鼎。これから貴方を両親のところへ帰すわ」


「うん…」


少女の方はまだ状況を理解できておらず、不安そうな様子だった。鼎は怖がらせない様に、彼女に話を聞く事にした。


「お名前を教えてくれるかな」


「ひとつばし、あかね…」


「アカネちゃんね。お母さんとお父さんの名前も教えてくれるかしら?」


「うーん…わからない…」


アカネは両親に関する記憶や、現実世界で住んでいた場所に関する記憶を思い出せなかった。思い出そうとしても、それに関する事柄が思い浮かばないのだ。


ーー


「ユーザーデータのサルベージは出来たよ。名前が一橋朱音って事は分かるけど…」


「そんな事もできるんですか?」


「これでもシステムエンジニアの端くれだからね」


桃香は一橋朱音のアバターを調べていたが、アクセスできない箇所も多かった。そのせいで名前以外の多くのデータが、分からないままだった。


「やっぱりあのアバター売りに個人情報を改竄されたんだ」


「他人のアバターをそんな風に弄れるものなの?」


「違法プログラムがあれば、どうとでもなるよ」


「わたし…どうなるの?」


桃香は朱音のアバターのチェックを続けたが、通常のログアウトが不可能な状態にある事が分かった。管理者ブロックに助けを求めても、ログアウトにはかなり時間がかかるだろう。


「このまま放っておく事は出来ないよ。鼎サン達も、朱音チャンがログアウト出来る様に協力して」


「ええ、もちろん」


「…ちょっと、何で桃香さんが仕切ってるの」


桃香だけは少し不満そうだったが、朱音を現実世界に帰すべきという意見は一致した。


今回は依頼ではないので報酬は発生しない。


だが鼎は、人として自分にできる事をするつもりだった。

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