戦乙女《レギンレイヴ》の終末論~死して神の兵士となった青年、神々の秘密を暴き、義妹との約束を果たす~
紫苑もみじ
第1章:エインフェリア編
01:本当に初対面?
「そろそろ起きないかなぁ。ユウちゃんが起きるまで、ちょっと暇かも」
……誰の声だろう?
僕は少女の声を耳にしながら眠りから覚めた。
「あっ! やっと起きた。おはよー!」
僕は公園のベンチで眠っていたようだ。すぐ傍に女の子が腰かけている。
周囲の景色で公園ってことはわかるけど……ここはどこだ? この子は誰だ?
僕は昨日、普通に家に帰って自分の部屋で寝たはずなのに。
って寒!? どうしてこんなに寒いんだ!?
今日から4月のはずなのに雪もすごく積もってるし。
とりあえず、すぐ傍にいる少女に話を聞いてみたい。
今気づいたけど、僕もこの少女もコートを着ているな……。
「もしかして、今って冬なの? 4月じゃなくて?」
「4月……? 今は12月だよ」
少なくとも僕の認識では、僕はつい最近に大学を卒業したばかりだ。
4月から実家近くの小さな会社に勤めることになっている。
それなのに今は12月?
女の子も嘘をついてる様子はないし、まさかこれは……。
「もしかして記憶喪失?」
「たぶんそう……なのかな。一応確認なんだけど、今って西暦何年?」
「2023年だよ」
僕が最後に覚えているのは去年の3月だから、今が12月なら2年弱くらいの記憶が無いことになる。
「ここはどこ? 今は12月の何日?」
「ここは
春原公園は春原市にある大きな市民公園だ。
僕の自宅が春原市の隣の市にあるため、僕も何度か訪れたことがある。
市の中でも土地の安いところにあるからか、敷地はかなり広い。
土地が安いということは僻地にあるということなので、あまり人気がある公園とはいえないだろう。
実際、敷地の広さも相まって、近くに僕と少女以外の人は見当たらない。
……そういえば、この子は誰なんだろう? 高校生くらいに見えるけど。
顔立ちを見る感じだと、純粋な日本人じゃなさそうだ。
たぶんヨーロッパ辺りとのハーフだと思う。
僕が覚えてないだけで知り合いだったりするのだろうか。
大学の工学部を卒業して金属加工業に就職したはずの僕が、こんな少女と知り合う機会なんてなさそうだけど。
「ええと、名前を聞いてもいいかな? もしかして僕たち、知り合いだったりする?」
「私は
ユウちゃんって何だ?
そういえば僕が目覚める前にも「ユウちゃん早く起きないかなー」とか言っていたような。
僕の名前は
僕はまだ名乗っていないはずだけど……。
「念のために聞くけど、ユウちゃんって僕のこと?」
「え? あ……」
どうして初めて会ったばかりなんて嘘をついたんだ?
それに嘘をつくのが下手すぎじゃないかな?
空駆さんの様子から察するに、呼び慣れた愛称が自然と口から出てしまったようだ。
愛称で呼ばれるくらいだし、もしかすると僕と空駆さんはかなり親しい間柄だったのかもしれない。
「いや、ほら、免許証! 車の免許証を先に見てたの! 起きる前に身元の確認をしておこうと思って! ユウちゃんはいつもコートの内ポケットに財布を入れているでしょ? 財布の中にある免許証を見たから名前がわかったの!」
いつもコートの内ポケットに、とか言ってる時点で初対面じゃないと自供してるようなものだけどな……。
空駆さんの言う通り、僕はいつもコートの内ポケットに財布を入れているし、車の免許証は財布の中にある。
けれど今は内ポケットに財布は入っていない。どこかで落としてしまったらしい。
「残念だけど、今は内ポケットに財布は入ってないよ」
「ええー! いつもそこに入れてるじゃん! どうして今日に限って入ってないの!?」
「どうしてと言われても困る……。記憶も無いし」
「こんなはずじゃなかったのに! ユウちゃんのいじわる!」
いじわると言われても……と思いつつ、少し頬を膨らませてむくれる空駆さんをなだめる。
もしかして、じゃれているのかな?
「僕と空駆さんってやっぱり知り合いだよね?」
「違うもん! 初対面なの! でも空駆さんじゃなくて、ヒカルっていつも通りに呼んで!」
どうやら形だけでも初対面設定は続行するらしい。
ちょっと拗ねているのかもしれない。
「わかったよヒカル」
「えへへ。やっぱりその呼び方がしっくりくるなぁ」
ヒカルは満足したようで笑顔になった。
結局、僕たちはどういう関係なんだろう。
歳も7つくらいは離れてそうだし、接点がわからない。
記憶のない間にいったい何があったんだ?
まあ、そのうちヒカルが話してくれるだろう。
「ユウちゃんって記憶が無いわけだから、スコルの子とかの説明も覚えてないよね?」
「スコルの子……? 何それ?」
「あ、ちょうど出てきた。噂をすれば何とやらってやつだね。ほらあそこ」
ヒカルが指で示した方向を見つめる。
でも何も無いようにしか見えない……。
そう思った瞬間、視線の先に青黒い煙のようなものが見えた。
煙は公園にあるベンチのとがった部分から噴出しており、刺激を伴った悪臭と供に凝り固まっていく。
ついには原形質に似ているが酵素を持たない、青みがかった脳漿のような実体を次第に形成していった。
大きく節くれだつ鋭い爪、曲がりくねった注射針のような舌、そのどれもが奇妙な角度で胴体らしき部位にくっついている。
四つ足という特徴だけが辛うじて狼を連想させるが、それが本当に足なのかもわからない。
本当にこれが現実に存在する生き物なのか……?
一目見て僕は確信した。
この化け物は、人間が敵う相手ではない……と。
とにかく今は化け物から逃げなければ。
そう考えて、僕はヒカルの手を取って走り出した。
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