来客
いつも通り仕事に励む華乃の髪には雅冬から贈られた結紐が揺れている。
動くたびにちりんとかわいらしい音がしてなんだか落ち着かない。
けれど雅冬はたいそう気に入ったらしく華乃が近くによると綻んだ口元を隠しきれずにいた。
雅冬が満足ならまぁいいかと、落ち着かないなりに仕事をこなす華乃の元に先輩女中が慌てた様子で顔を出す。
「手伝ってちょうだい。突然の来客なの」
引っ張られるままに、華乃は何の連絡も無しに突然訪ねてきたという迷惑極まりない客人の相手役を押し付けられた。
どうして私がそんな大層なお役目をと引きつった顔で尋ねると、普段、雅冬様や雪雅様のお相手をしているのだからと睨まれる。
雅冬様は別として雪雅様のお相手なら是非とも替わってほしい。最近、何故か黎季のお小言に巻き込まれているのだ。
軽く現実逃避しながら客人が待っているという部屋にお茶とお菓子を運ぶ。
引きとめられなかったらさっさと下がって掃除の仕事に戻ろうと心に決めてそっと膝をついた。
「失礼致します。お茶をお持ちいたしました」
「入ってええよ」
見事な庭園を眺めることができるその部屋は雪雅のお気に入りの場所で、普段お茶を出し、雑談に付き合うのは彼なので他の人間にお茶を出すのはなんだか妙な気分だ。
そう思いながらも見ず知らずの、それも明らかに身分の高い相手に粗相を働く訳にはいかない。
ヘマをやらかさないように気を付けながらもちらりと迷惑な客人を盗み見た。
年の頃は雅冬と同じか少し上くらいで整った顔をしている。雅冬よりもずっと活動的でやんちゃな印象を持つ青年だった。
今の他国との関係にさほど詳しくない華乃は彼がどこの誰なのか皆目見当もつかない。
どんな用向きで訪れたのかさえ分からない。
無意識にそれを探ろうとしてしまうのは紫月であったころの名残か、この世界に馴染んできた証拠か、華乃にも分からなかった。
「お、美味いな、これ。あんたが淹れたん?」
「お口にあってなによりにございます」
「茶を淹れるのが上手い上に
「勿体のうございます」
「
「やらねえぞ」
低い声がしたと思ったらグイッと腕を引っ張られてトンと何かに受け止められる。
「ちっ、もう来よったんか」
「何しに気やがった。アホ鳥」
「誰がアホ鳥や!! 近くまで来たから顔を見に来てやったゆーのにっ」
「頼んでない。帰れ」
「それについては賛成です。
殿もいい加減、華殿を離されませ」
「相変わらず失礼な主従やな!
……華っていうんやな。ええ名前や」
「あ、あの……?」
一体この状況はなんだ!?
雅冬の腕の中に居ながらも迷惑な客人に両手を握られて勧誘(?)されている。
心底困惑した様子の華乃を助けるのはどこまでもできた弟だった。
「お二人とも
「なんや柚稀ヤキモチか?」
「あははは、
「笑顔なのがごっつムカつく! 華ちゃん、こんなところにおったらアカン!
僕と一緒に帰ろう!!」
帰るも何も私の職場はこの城ですが。
明らかに身分が上の相手にそんなことを言えるはずもなく、華乃は困ったように眉を下げる。
「何が帰ろうだ! 華は俺のだ。寝言は寝て言え」
「嘘やん! 華ちゃん嘘やろ!? 嘘やって言うて!」
「ええっと、」
「だから華殿が困ってるつってんだろ。いい加減にしろよこの馬鹿殿共が!」
ついには敬語をとっぱらった柚稀が雅冬の腕の中から華乃を引っ張り出して毒を吐く。
「そうだよ。雅冬も飛鳥殿も華は私のなんだからあまり困らせないでおくれ」
「雪雅様、あなたもお華を困らせている一人です」
額を抑えながら雪雅様を
ただでさえ把握できていない状況がさらに混沌としたものへとなって行くことに顔を引きつらせながら華乃はなんとか逃げ道を探す。
「さぁ、華。飛鳥殿は雅冬に会いにきたようだし、お前はおじさんの相手をしておくれ」
それを察したように雪雅がパチンとウィンクして視線を彷徨わせている華乃の手を引いた。
「えぇ!? 大殿サマずるい! 華ちゃんお客さんである僕の相手してぇや!」
「ざけんな。テメェはさっさと帰りやがれ! 父上も」
「ダメだよ。ふたりともお仕事はちゃんとしないとね」
雪雅はにっこりと笑うと華乃の手を引きさっさと部屋を出ていく。
黎季は視線だけで柚稀に後は任せたと告げると今頃上機嫌で華乃に絡んでいるだろう主の後を追った。
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