兄と妹
再び押し上げた瞼の先に困ったような、今にも泣いてしまいそうなほどに眉を下げて華乃の髪を梳く紫月の姿があった。
「タイムリミットか」
「全てご存じだったのですね」
少しの非難と申し訳なさが入り混じった華乃の声に紫月はますます眉下げた。
「なぁ」
「ダメですよ。幾ら兄う―――兄さんでもダメ。
帰りたいの。どうしても還りたいの」
「この時代にもう一度生を受けたお前が受け入れられなくてもか?」
「そんなの関係ない。そんなことよりも早く涙を拭って抱きしめてあげないといけないの。
もうあんな顔は、声は、聞きたくないの。
私はあの日、お役目を任せて頂いたあの瞬間からずっと、あの方の為だけに生きると決めたのだから」
「そう、か。変わらないな。お前は」
紫月はくしゃりと顔を歪めてどんな言葉をかけて揺らぐことのない華乃の瞳を見ながら泣きそうな顔で笑った。
ずっとずっと、前世と言われる時代から一番近くで華乃を見てきた。
双子の片割れとして、兄として、ずっと。
だから華乃が本当はとても泣き虫なのも、1度決めたら譲らない筋金入りの頑固者なのもよく知っている。
泣いても転んでも真っ暗な世界で座り込んでも、諦めずに光を見つけて必ずまた歩きだすことを知っている。
だから紫月は離してやらなければならない。
可愛い妹が、自慢の片割れが、決めた道を歩く邪魔をしてしまわないように。
「本当に良いんだね?」
「はい」
ならば見届けよう。
それが前世の母から託された役目だから。
現世の母にできる数少ない親孝行だから。
凛と頷いた
この世に産み育んでくれた両親への感謝と謝罪をするために。
突然の別れへのフォローをするために。
手と手を取り合って最後の道を歩く。
華乃がこの家から一歩外に踏み出した瞬間から、紫月は華乃のために直接何かをしてやれない。
紫月ができるのは華乃が望む道を選び取った選択を叶えてやる為の手助けだけだから。
「華乃、俺はお前を誇りに思うよ。
だから思うように生きなさい。
母上の業も父上の罪も気にすることなくお前がやりたいようにやればいい」
「ご心配なく。私はいつでも好き勝手やっています。
兄上。否、兄さん、お父さんとお母さんをよろしくお願いします」
「そうか。わかったよ」
くすりと微笑みあって両親が待つリビングへの扉を押し開いた。
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