第21話

 結局、あそこで腕を茹でたからといって、何が分かったわけでもない。高嶋は川から爛れた腕を引き上げ、また川へ戻した。水から少しでも離すと、肉の内側が燃えるように熱い。痛みで指の筋が強張り、満足に動かすこともできない。


 あれだけ大勢、衛士の手を潰して、どうなるというのだ。何ともない方の手で火傷を押さえると、指がはちきれそうに脈打つ。いつよくなるのか、本当に治るのか、高嶋には分からない。


 夕陽のせいで、流れは火の川のようだ。いや、おれの血の色かも知れないと、高嶋は笑った。


 「もし、衛士の方」


 後ろから遠慮がちに声がかかった。


 老いた女人だ。皺だらけの顔でこちらを案じている。陽の加減のためか、その瞳は妙に赤く光って見えた。


 「おれかな? 」

 「あなたですよ。まったく、馬鹿なことをしたものです。神意は、八つ当たりのために問うものではないというのに――。今日は、あなたと同じことをしている衛士さまが多うございます」


 高嶋は少しむっとして黙った。誰が見ても無意味だと分かる儀式にうかうか参加した(とはいえ、参加しなければ問答無用で首が飛んでいたろうが)己に我ながら呆れていた分、その場を見てもいない老婆に馬鹿だと言われたのが面白くなかった。


 第一、痛いなどとは口が裂けても言えない。二心がなければ火傷もしないという約束の盟神探湯だったから、痛がっただけでも玉座の前に戻されかねない。


 高嶋はできる限り胸を張り、わざと腫れている方の手で老婆を追い払おうとした。


 「構わないでくれ、ご婦人。おれは今、ひとりになりたい」

 「さっき会うた方も同じようにおっしゃいましたとも。手をぱんぱんにしてね」


 老婆は立ち去り際に肩をすくめた。


 「あれは確か、オタカさまとおっしゃる方。痛むようなら千曲のところへお行きなさいと、申し上げただけなのに」

 「なに、千曲? 」


 目の前に、透き通るような肌の娘が浮かんだ。


 大水葵に話を振ったのは高嶋だったが、高嶋自身はまだ一度も千曲を訪ねたことはない。他の娘の話に紛らしたのがせめてもの照れ隠しだった。


 月の光を負って立ったような光り輝く娘は、オタカを見ている。


 「オタカに言って、どうした? 」


 老婆は悲しそうに振り向いた。


 「どうもしませんわ。あの方は痛くなぞない、痛みがあったとしても、女人の手は借りぬと。もう少し、大きな方のように思えましたが」

 「オタカは小さい男だと? 」

 「つまらぬ意地を張る暇があったら素直に腕を治して、里を守るのが真の衛士でありましょう」

 「それもそうだ……」


 高嶋は思わず頷き、慌てて首を振った。


 「いや、痛いのではないが、確かにその通りだ」


 老婆はにんまり口を開けた。歯は一本もなかった。


 「こんな婆あの戯言ひとつ、聞いたところで誰も信じやしませぬ」

 「そうか……」


 高嶋が呟いたその瞬間、千曲はこちらへにっこりとほほえみを向けた。


 甘い草の香りがした。

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