レンアイサイクル
藍詠ニア
エピローグ
僕が僕であるように
きっと成し得た、たった一つの物語……
ー西暦2030年1月11日ー
目を覚ましたその時の、時計の針は奇麗に180°を迎えていた。
短い針が、長い針が、それぞれ9と3を指し示す。
どう足掻いても院生として致命的で、間に合わないとわかっていつつも、自然と目が覚めてしまうのはやはり勤勉さからか。
寝坊した頭で可愛い嘘つきゆるゆる理論を組み立てる。
冬至も過ぎ寒さが体をひしひし蝕み、エアコンの着いていない現状が、白い息と共に寒さの実感を引き寄せた 。
「寒いなぁ。」
スンッと鼻をすする音が、少量の荷物が散乱した部屋に響く。
寒さに震えた僕に掛けられた、布団を抜け出せない呪いの魔法を付与された蒼い星柄の子供っぽい布団。
よし!と解呪を行いながら気だるげな一日の始まりと共に憎たらしいほど凍てつく扉に手を掛けた。
一人暮らしの味気ない、散らかってもいなければ綺麗とも言えないごく一般的な、当社調べの文言のように曖昧な基準のキッチンで―――
さして美味しくもない食パンにお供の牛乳を流し込み、眠った頭を働かせつつ無意識のうちにリモコンを押す。
ざわざわ流れる音の濁流にまじり、テレビから流れるニュースの声が凍えた頭を現実に引き戻す。
そのニュースは、失いそうな大切な人を否が応でも思い出させた。
「っ…。」
︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎硬化症︎︎︎"︎︎
それは西暦2028年7月下旬。
蝉が華やかに己の生を全うしだした、暑さが本格さを増してきて生きづらさを知らせるように現れた奇病。
皮膚がだんだん硬くなり、美しい精巧な石像のように石化し、症状が出てから猶予はおよそ1年。
最後は心臓が硬化する。
命を落とす死者100%の死刑台。
思い出したのは、その死刑台へ2週間前に立たされた、たった一人の家族のことだ。
「……。」
思い出したものを振り払うかのように頭を掻きむしり、人が腰かけるには気持ち高めな人体構造を嘲笑う造りをした椅子から、蹴るように立ち上がり急ぎ家を出る。
何度も頭を巡っていく。考えても仕方のない硬化症の症例が。
たった一人の家族は――
たった一人の姉は――
――はたしていつまで僕のひとりぼっちを救ってくれるのだろうか?
24歳の僕より5歳離れた愛する姉は、僕がいるから頑張れると、進学費用まで出してくれていたブラコンたっぷりな、僕の軽口をおどけたように倍にして返してくる、お腹真っ黒のお姉様。
シスコンと言われ笑われようと甘んじて受け入れよう、だって貴女はそれでもたった一人の最愛の家族なのだから。
だから僕が恩を返すまで、鼓動を続けて欲しいんだ……
いつか必ず。
100%の死刑台を、100%の生命線へ。
君と出会った運命と、偶然見つけた運命が、軌跡を辿って紡いでいく――
――これは、そんな奇跡の物語。
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