第一部 安針 第三章 始末事始 ④
昨日、夜遅くまで「透視」していて眠かったが、まずは黒田屋に向かい、清太郎を呼んでもらう。
「堀内小十郎先生を、紹介してもらえませんか。急を要します」
顔を見るなり言い出した弟に、兄は戸惑いを隠せない。
「お前が急な話をすっときは、その通りせにゃならんことばかりじゃったな。よし、すぐ行こう。事情は歩みながらでかまわん」
弟の理解者である兄に迷いはない。道場まで歩く間に、概略は話しておいた。
脇差しを盗まれた堀内小十郎は、責任を感じているはず。父や鷺庵が脇差しを取り戻すより、腹を切るほうが早いかもしれない。二人が戻ってくるまでの間、小十郎を見守るのも「始末屋」の仕事だろう。兄にそう説明しながら、安針は道場に向かう。
堀内小十郎は、剣客である。命のやり取りの経験は豊富で、いざというときの覚悟もあった。そうした胆の据わり方が裏目に出ないよう、話の仕方にも気を遣う。道場を訪ね、兄の紹介を受けて、安針は話を切り出した。
「先生がご心配なのは、脇差しでございますよね」
「左様。まことに不覚であった」
「ご心配ではございましょうが、名のある刀を簡単に売ることはできませぬゆえ、必ずお手元に戻るものと信じております」
あえて「必ず」という言葉を強調しておいた。
小十郎の表情に変化はなかった。目の下には隈ができている。肝臓が弱っているようだ。清太郎が声をかけた。
「ときに先生、弟は鍼医をしております。もしよろしければ、鍼をお試しになってはいかがでしょう。先生のご心痛を和らげることができますれば、嬉しゅうございます」
「ほう、鷺庵の弟子であったな。たいそうな腕と聞いている。遠慮なく頼むといたすか」
先生は一人暮らし。兄に鍼を消毒するための湯を沸かしてもらう間に、触診をかねて指圧をしておく。
「肝の臓が弱っております。最近、お酒の量が増えているご様子で・・・・・・」
端座したままの背後から話しかけると、言葉を遮られた。
「『必ず』戻ると、なぜわかる?」
ひと呼吸おいて
「先生がお持ちだからでございます」
「何!」
「詳しいことは存じ上げませぬが、先生が日頃お使いの脇差しと、すり替えておいた者がおるかと存じます。お城の中でのいざこざか何か存じませぬが、まったく、いい迷惑でございますね」
透視で見聞きした限り、小十郎には何の責任もない。道場に来た「食客」を罠にはめて亡きものにするため、城のお偉いさんが暗躍しただけのことだ。
「ふむ、なぜ分かったのだ」
「ご拝領の品を無くして咎めがないなど、そもそもありえませぬ。裏があるとしたほうが自然でございましょう」
実は下手人も分かっていた。だが安針の身分で知り過ぎているのは良くない。少なくとも、知っているのを明言してしまえば、命の危険すらある。さすがに気づいたようで
「そうであったか。黒田屋と鷺庵が帰還の折には、よしなに伝えてほしい」
という言い方で収めてくれた。
その後、出かけていた三人のうち、若い侍だけが帰らなかったことは、あえて公にされなかった。偉い人は偉い人どうしで、よろしくやってほしいものだ。
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