少女の抱いた海
一碧
Ⅰ
せまり来る海をいだいて崩れゆくからだの中にあふれる痛み
そのとき、歌人の
K新聞は、毎週読者から寄せられた短歌を五句紹介している。そのうちの一つ――いわゆる金賞のような感じだろうか――は、撰者である森谷の批評とともに歌壇の最後を飾る。その候補は、東京に住む六十代の男性による社会福祉の水準の低さを痛烈に風刺するものだった。
しかし、森谷はどうしても冒頭に記したこの句が忘れられず、金賞は送り主である「少女」に急遽変更、ということにした。少女――そう、この句を送ったのはわずか十三歳の女子中学生だったのだ。ハガキの裏には、薄く丸みを帯びた文字で彼女の住所、性別と年齢、そして「
「海とは愛の比喩。押し寄せる波のような熱情とそれに耐えきれぬ自身の苦しみを描いている」という批評を添えられて、新聞の隅に花開いた若々しい句だったが、これについてある日、新聞社に苦情が寄せられた。
手紙の主はなんと投稿者の少女本人で、封筒を開けると「これは恋愛の短歌ではありません」とだけ書いた便箋が出てきたのだ。これを編集部から受け取った森谷はたいへん頭を悩ませた。
どうしたもんか、批評にケチをつけられるなんて……この仕事は十年やっているがこんなことは初めてじゃないか。彼はしかたなく便箋を折りたたんで封筒に戻そうとするが、そのときに封筒の底に何かが引っかかっているような感覚を覚えた。
指を突っ込んでごそごそと探ってみると、小さな厚紙が落ちてきた。どうやらそれはどこかの店のコースターらしく、表には「喫茶こきはなだ」と青い箔押しが入っており、裏には「今週日曜日十五時話がしたいです」とあのハガキよりもさらに細く丸っこい字で書いてあった。
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