アルマジロの借金

sharou

第1話

「すみません。お金を貸してくれませんか?」

 立ち止まって振り返る。そこには一人の青年がいて、実に申し訳なさそうな顔でこちらを見上げている。

 日曜日の昼どき。僕はガールフレンドとレストランでランチを楽しんでいる途中でトイレに立ち、さて、恋人のいる座席へ戻ろうかというところだった。

 僕に金を無心してきた青年は、例えるならば人畜無害なアルマジロといった風貌で、僕よりは二つか三つくらい年下に見えた。彼はテーブル席に一人で座っていて、テーブルの上には食べかけのステーキセットが置かれていた。黒い鉄板の上に残っているトウモロコシの黄色が、一際鮮やかに映った。

「食事を始めたはいいんですが、財布を忘れてしまったみたいで」

 そう言いつつも、青年の両手には、ナイフとフォークがしっかりと握られたままだった。

 僕はトウモロコシの黄色から青年の目に視線を移して考える。

「少し待っていてもらってもいいかな」

 断りを入れると、僕はガールフレンドが待つ席へと向かう。ガールフレンドは自分の食べるべき料理を食べながら僕の帰還に顔を上げた。次いで、断ることもなく鞄を取り、再び席を立つ僕に不審の表情を向けてきた。特段、何か言い訳を伝えたかったわけではないけれど、僕はただ一度だけ頷いてみた。

 青年の元に戻ると、彼はその間にステーキを一切れ食べていた。図太いなと感心してしまう。

 財布から千円札を二枚抜きだして差し出すと、彼はナイフとフォークをテーブルに置いて、まるで表彰状を受け取るみたいに両手で伸ばしてきた。僕は二千円を授与したが、青年はちょうどステーキを咀嚼している最中だったから、「ありがとうございます」と言葉が出るまでにしばらく時間がかかった。

「すみません。あとで返却したいので、連絡先を教えてもらってもいいですか?」

「ああ、大丈夫ですよ。大した金額ではないので」

 正直なところ、二千円は僕にとって大した金額ではあった。

「そうですか」

 青年は、アルマジロにしては背が伸びすぎていた。

「でも、なんだか悪いので、もしも気が向いたら連絡をください」

 アルマジロは、胸ポケットから名刺入れを取りだすと、その中から一枚を僕に手渡してくる。一連の流れはまるで物々交換のようで、つられて僕は、それを二千円の価値があるものとして、両手で拝命した。

「ああ」

 僕は名刺に書かれた文字を見て、思わず笑いだしそうになってしまう。

――有馬次郎。アリマジロウ。

「どうかしましたか?」

「いいや。何でもないんだ」

 アルマジロ君改め有馬君は、僕が楽しそうなことに笑った。

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