リミックス
一碧
Ⅰ:女子高生、イクタニソプラ
「ええっ、審査員特別賞って例の女の子の曲になったんですか?」
「ああ」
「マジですか……。やー、そうなんだー」
「しょうがないだろ。あんなのおまけの賞なんだしさ。少しでも話題になる方を選ぶよな、って話」
「男だらけの音楽業界でさ、フレッシュな女子高生が賞を獲った、ってことが大事なんだよ」
全部、聞こえてるんですけど。
あたしは唇だけそう動かし、書類を抱える腕にぎゅっと力を込めた。
――『プロと繋がる、未来の楽曲コンテスト』
そうポップ体で大きく書かれた下には、『インストゥルメンタル部門 審査員特別賞』の文字と、なんともいえないアドバイスコメントがつらつらと並んでいた。
若くみずみずしい感性。女性ならではの可愛らしい音色選び。高校生とは思えないクオリティの高さ。
全部、あたしが女子高生だと知っているから言える言葉でしかない。あたしの身分や性別を知らなかったとしても、果たして彼らはこんな批評を書くのだろうか。
この世界は嘘ばかりで、もう何も信じられない気がした。
「私、山代と申します。というわけで、生久谷……」
「ソプラです」
「あ、ああ、イクタニソプラさん、よろしくね」
グレーのスーツに身を包んだ頼りなさげな男の人、山代さんは、あたしの顔と、手元の書類の「生久谷天空」という文字とを交互に見てそう言った。
「ええと、お名前、すみませんね……」
「いやあ、読めない方が普通ですよお」
あたしはへにゃっとした笑顔を浮かべ、ひらひらと手のひらを振った。
こういうのは、申し訳なさそうにした方が負けだと思っている。他人に読んでもらえないような名前をつけたのは親であって、あたしじゃない。
そう、全くあたしの責任ではないんだから……。
「この度は、審査員特別賞受賞、本当におめでとうございます」
山代さんが軽く頭を下げた。
「ありがとうございます」
あたしも真似をして、ぺこっと頭を下げる。
「こんなに若い人で、しかも女の子が賞を獲るなんてなかなかないからね、すごいことですよ。本当に」
「あははっ、そうですかあ……」
また、これだ。若い人。女の子。あたしのこと、外面でしか見ていない。もやもやとした気持ちを抱えながら、あたしは右手で髪をいじった。うわ、二つ結びが取れかかってる。
「これからも作品を作って、ぜひとも頑張ってほしいところですね」
「はい、がんばります」
「それから、ええと。ノミネートされた作品は、プロの作曲家によるリミックスがある、というのはもちろん聞いていますよね」
「あっ、はい」
リミックス。完成された曲をもう一度編集し、別バージョンを作ることだ。いわば、曲の改造みたいなもの。
無名な自分の曲が、プロの人気作曲家による改造――リミックス――によって人々の注目を浴びる。そして、きっとそれを聴いた人々のいくらかは「このリミックスもいいけど、元の曲はどんなふうなんだろう」と興味を持ち、自分の曲を聴いてくれる。そうして気に入ってもらえれば、大量のファンをゲットして大人気になれること間違いなし……。
このコンテストには、そんな夢が詰まっている、らしい。
でも、正直、バカみたいじゃない?
だって、プロだかなんだか知らないけど、なんで一生懸命作った曲を、またぐちゃぐちゃに作り変えられなきゃいけないの?
答えは簡単だ。みんなお金がないから。
ただ初心者の曲を並べて発表会、なんて誰も見てくれない。だから、プロの作曲家を呼んで話題にし、スポンサーにお金を出してもらおう、というわけだ。まあ、プロって言ったって形だけで、名前も聞いたことない人たちばかりだけど。
そして、あたしも当然お金がないから、こんなコンテストにすがっている。お金があったら、音大を目指すなり、作曲スクールに通うなり、もうとっくにやってる。そんな余裕がないから、何度もコンテストに挑戦しているのだ。そして、何度も、何度も何度も落選している。
もう時間が、ない。
この曲だって、受験勉強の合間を縫って一生懸命作った曲だ。ここでチャンスを掴めないと、半年も経てばあたしは「普通の大学生」になってしまう。
――そんなのは絶対に嫌だ。あたしは音楽で何かを成し遂げたい。
あたしはぎゅっとスカートの裾を握りしめた。生暖かい手汗がスカートの薄い布地にじんわりと染み、なんだか気持ち悪い。
山代さんは手に持っていた書類を机に置き、ふっと息をついた。
「それで、生久谷天空さんの楽曲『
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