第6話

 京都駅へ行くと、集合時間にはまだ少し早かったけど、先生たちと生徒たちがちらほらと既に集まっていた。

 4班の皆とも無事に合流できた。

 湯川さんは何も聞いてこなかったけど、ごめんねと言っても無視されたので怒っているのだろう。

 由梨が気を効かせてくれたので、私と青柳くんの逃避行は、先生に伝わっていなかった。


 集合時間を三十分ほど過ぎた頃、京都駅から観光バスに乗って奈良へと移動した。

 今度はそこで一泊することになる。

 生徒がいなくなったというような話題は一切出なかったので、青柳くんは無事に戻って来たのだろう。

 私は顔を合わせていないので、栞の彼女と会えたのかどうかは分からない。


 3日目は、午前中に奈良を観光し、午後には大阪へ移動する。

 そこで大阪城と水族館を観光したら、2泊3日の修学旅行も終わりだ。


 私は、大きな水槽を見上げて、ぼーっと眺めていると、何だか自分の心まで水の中に吸い込まれていくように思えた。


「ありがとう」


 少し離れた隣の方から声がした。

 顔を見なくてもわかる。青柳くんだ。

 会えたの、と私が聞くと、静かにうんと答えてくれた。


 周りは、やけに静かだった。

 さっきまで一緒に見て回っていた4班の皆は、いつの間にか先に進んでしまったらしい。

 私は、特に話すこともなく、黙って水槽を見上げていた。

 先に沈黙を破ったのは、青柳くんだった。


「お前、やっぱ変なやつだな」


「失礼ね。青柳くんには負けるよ」


「あの時、神泉苑で何を祈ってたんだ」


 私は虚を突かれて青柳君を見やった。

 彼は、水槽の中を泳いでいるマンタを目で追っていた。


「橋の上で、手を合わせて一生懸命。なんか祈ってただろ」


 見られていたのか。恥ずかしい。あの時は青柳くんを見つけるのに必死で、周囲のことも気にせず祈っていたような気がする。私は、恥ずかしさを誤魔化すように、どこかで聞いた台詞を口にした。


「………ひみつ」


「雨乞い」


「んなわけあるかっ」


 思わず突っ込んでしまった。

 ぱちりと青柳くんと目が合う。

 いつもクールな青柳くんは、笑うと目元が優しい印象になる。

 ああ、やっぱりこの人が好きだなと思った。

 青柳くんが水槽の方に顔を戻す。


「俺の親、転勤族でさ。

 子供の頃から転校なんてしょっちゅうで、友達が出来てもすぐに別れなきゃいけない。

 だから、いつの間にか人と距離を置くようになってた」


 水槽の中で、大きなエイが私たちの目の前を悠々と泳いでいく。


「京都の友達も、もう俺のことなんて忘れてるだろうと思ってたけど、皆覚えてくれてたよ。

 お前のおかげ、本当ありがとう」


 胸が苦しくなった。

 急にそんな優しい台詞を吐くなんて、ずるい。

 枯れようとしていた花に水をやるようなものだ。


「わ、私……」


 告白するなら今しかない。

 私は、そう思って口を開いた。


「俺、中学卒業したら転校するんだ」


 青天霹靂とは、まさにこのことだ。

 転勤族なのだから、また転校するという可能性は、もちろんあるだろうに、全く考えが及ばなかった。


「じゃあ、高校は……」


「うん、皆とは通えない」


 私が言葉を返せないでいると、青柳くんは、お礼、と言って小さな紙袋を私に手渡した。


「またな」


 それだけ言うと、青柳くんは去って行った。

 入れ違いに由梨が探しに戻って来てくれたので、私は、受け取った紙袋を一旦リュックにしまい、あとで開けてみた。

 中には、静御前の舞う姿が描かれた栞が入っていた。


 *


「こーら、何サボってんだ。

 まだ段ボールの片付けが終わってないぞ」


 ひょいっと私の手元から一冊の日記帳を取り上げると、彼が言った。


「あ、ちょっと返して! 私の黒歴史!!」


「なんだこれ、日記か?

 へぇー、中学くらいの時だな。

 どれどれ、俺のことも何か書いてあるかな」


 やめてぇー!と私は内心叫びながら、ずっと前から気になっていたことを聞くチャンスだと思って、聞くことにした。


「そう言えばさ、昔、告白された女の子に“君が静香御前で、俺が義経なら”って言ったでしょう、あれってどういう意味だったの?」


 彼は、一瞬何の話だっけ、と視線を斜め上にやって思い出した後、さも当然だろうというように答えてくれた。


 静御前と義経は、運命の相手だから、と。


  好きです。あなたのことが。

  とてもとても、好きなんです。

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