第16話

 大迫力。ブラスタの体が装甲で実体の3倍ぐらいのサイズになっている。しかも動きが凄まじく早い。ぶっとい腕を振り回して、一度に4、5人の敵を相手にしている。その上決着が早い。相手も貴族なんだろうが、ブラスタに数発殴られただけで消えていく。これが東の貴族の実力か。ただの髭オヤジじゃ無かったわけだな……。

 狙撃タイプも本領発揮だ。さっきまではたぶん、俺たち免疫系(めんえきけい)が前線に居たから力をセーブしてたんだろう。出力とスピードがエライことになっている。敵のディフェンダーが盾で受けているが、時々貫通してしまっている。あれじゃあディフェンダーの意味が無い。敵だけど少し同情しちゃうよな……。

 カイナのスピードガンがブラスタの背中に当たった。誤爆? と思ったが、違う。背中に受けたスピードガンの勢いを借りて、ブラスタが敵陣に突っ込んで行った。敵をバラバラと薙(な)ぎ倒して空高く進む。通った後には、消された敵の残像が漂っている。そんなのアリかよ! カイナのスピードガンの威力はハンパない。その直撃を受けても、ブラスタは無傷ってことだ。どういう生き物だよ、あいつは。

 ブラスタほどではないにせよ、東の貴族の力は圧倒的だ。11人で、北関東の50人を蹴散らしている。これは勝負あったな。

「いいもの見た。なあ、キダ君?」

 俺は言った。

「……。カジハルは気楽でいいわね。貴族には逆らえないって事を、まざまざと見せ付けられてるのよ? 東の貴族の支配地域で、これからも私たちは生きていくのに。なんでこんなに力の差があるのかしら。世の中って本当に不公平よね……」

 キダ君が言った。やけに悲観的だ。まあスラムが戦場になってるわけだから、気持ちが晴れるわけはないか。

「貴族と市民は相容れない。でもブラスタはともかく、カイナは話せるぜ。しかも俺の妹と付き合ってる。物事の明るい面をみようよ。な、キダ君」

 俺はキダ君の肩を叩いて言った。

「明るい面を見すぎよ……」

 キダ君が苦笑した。


「カジハルさん! まだリンクしています?」

 アルバさんの声が聞こえた。

「いるよ。キダ君と、ビルの上から観戦させてもらってる。いや、あんたら凄いわ。これからも仲良くしましょう」

 俺は笑って言った。

「対岸よ! 見える?」

 アルバさんが緊張した声で言った。

 言われてよく見てみたら、遠くにぼんやりとした光が三つ見える。特攻兵ゾンビが残ってたかな……。

「違うわ。あれ、貴族よ」

 キダ君が乾いた声で言った。

 追い詰められて敵も覚悟を決めたのか。もしくは免疫系の貴族か。どちらにせよ、抱えている汚染物質の量が並じゃない。相手も死ぬ気だ。

「かまわん。この勢いで一気に押す!」

 ブラスタが通信に割り込んで来た。

「ちょっと待て。いくらあんたが強くても、近づいただけで死ねるぞ。持ってる汚染物質が多すぎる。体が持たない」

「弾が当たらない!」

 カイナが言った。

「アレは本物の格闘タイプだ。近づいて戦うしかない。カイナ達は援護を頼む」

 ブラスタが言った。奴は死ぬ気だ。

「……後はワシが引き受けよう」

 頭の上で声がした。一瞬、俺のオヤジかと思った。なんだか雰囲気が似ていたからだ。でも、もちろん違う。よくみたらかなりの年寄りだ。この声……ブラスタのオヤジか!

「父上! 無理です。お体が持ちません!」

 ブラスタが大声で言った。

「やかましい! 黙って見ておれ!」

 ブラスタのオヤジ、東の頭領が叱り付けるように言った。死にかけなんだよな? 寝たきりの爺さんが、気力だけで動いてるのか? 

 爺さん……東の頭領が対岸を目指して飛び出して行った。体が、ブラスタと同じように装甲で包まれ、馬鹿でかくなって行く。ブラスタよりでかいかも。敵は3人。3人とも汚染物質を大量に抱えている。爺さんに盾が必要だ。

「ちょっと行ってくる!」

 俺も爺さんの後を追って飛んだ。

「ダメよ! カジハル!」

 キダ君の叫び声が後(うし)ろに聞こえた。

「ケイスケ、ドクター! 聞こえるか?」

 飛びながら俺は、自分の街に向けて通信を飛ばした。

「あなた何やってるの? 早く帰ってきなさい! 浄化が間に合わないわよ!」

 ドクターの怒声が聞こえて、俺はホッとした。

「俺の汚染率が今、34%だ。リンクが切れないようにモニターしてくれ。体がもたないようだったら、麻薬を頭に打ち込んでくれ。少しは時間稼ぎできるだろ」

 俺は言った。

「そんなこと出来るわけがないでしょう?」

 ドクターの悲痛な声が聞こえた。

「頼むよドクター。全部台無しになっちまう。あとちょっとなんだ。頼む!」

 俺は叫んだ。

「……分かったわ。わたしがあなたを殺してあげる。嬉しい?」

 ドクターが言った。この切り替えの早さ。愛してる。

「ゴメン。埋め合わせは今度するよ」

「馬鹿……」

 ドクターが力の抜けた声で言った。


 爺さんが敵の三人と格闘している。敵もボスクラスだと思うが、ほぼ互角の戦いだ。死にかけでこれだけ戦えるとしたら、爺さんが現役の時はどれだけ強かったんだろうな。

 敵の1人が敵わないとみたのか、爺さんの相手をするのを止めた。逃げるのかと思ったら大回りして飛んで、どうやらブラスタがいる本隊の方に近づいてくる。

「みんな引け! 俺が止める!」

 俺は叫んだ。

「おまえ汚染率は?」

 ブラスタが言った。

「冷静に判断してくれ。あんたら戦いのプロだろ?」

 俺は早口で言った。

「スラムまで一旦(いったん)引くぞ!」

 みんな一斉にスラムに向かって飛んだ。敵はそれを見て追いかけようとする。そうは行くか。

 ギリギリ追いついて、俺は敵の鼻っ面に盾を叩きつけた。妙にテンションが上がってきた。

 敵が俺のマークを外そうとする。カイナ達が後方で牽制射撃をしてくれる。お前は、俺を倒さない限り、前には進めない。必死になっている敵と相対(あいたい)して、俺は自分の内側から力が溢れてくるのを感じた。

 俺は時間稼ぎに、ディフェンスだけしてればいいはずだ。しかしいつの間にか、俺もコブシを繰り出している。盾を押し付けて敵の体勢をくずし、同時に攻撃を加える。オヤジに仕込まれた、ディフェンダーの戦い方だ。敵は貴族の格闘タイプだぞ……。俺もかなり殴られているが、なぜだか楽しい。やられる気がしない。なんだこの感覚は。テンションがおかしい。

 突然、メキッと音がして、相手の表情が固まった。敵のわき腹に、ぶっとい腕が食い込んでいる。俺の腕じゃない。敵の格闘タイプが残像と共に消えた。

「待たせたな。市民の手を借りることになるとは、ワシも落ちたものだ……」

 貴族の爺さんが、俺の顔を見て笑った。分厚い装甲に包まれていた体から、少しづつタイルのような物が剥(は)がれ落ちていく。

「それ、死に掛けの爺さんのセリフじゃないですよ……」

 俺は言った。

「気力の問題だ。さて、ワシはもう行く。次はあの世でお前のオヤジと再戦だ」

 ニヤッと笑って、爺さんの姿が消えた。リンクが切れた、と言うよりも本格的にお亡くなりになったのだろう。最後まで貴族のプライドを見せ付けられた感じがする。とんでもない爺さんだったな……。

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