第9話

 食料もリングから作る。ステーキやら寿司やら、自動的にフードメーカーが作ってくれる。頭の中から取り出したリングを、今度は自分の口に放り込むわけだ。よく考えればグロテスクだが、他に選択肢が無いのでしょうがない。

 夕食の準備が整った。キダ君も誘いたかったが、スラムで戦闘の後処理しなければならない。ネットワークで食卓を囲む事は出来るけどな、それじゃ味気ないもんな。

 そういう俺は汚染源なわけで、モニターに顔だけ出して、みんなの夕食に参加している。サイカとカイナ、それとドクター。「顔だけ映像」の俺。ちょっと馬鹿みたいだな。

「今日はずいぶん働いたからな。大盤振(おおばんぶ)る舞いだ」

 夕食のテーブルに並んだごちそうを前にして俺は言った。

「いいのカジハル? 後先考えないで。街のみんなにも大盤振る舞いしたのよ、この人」

 ドクターが困った顔で言った。

「わたしはサラダだけでいい」

 テーブルの上のステーキをにらみつけて、サイカが言った。

「何だよつれないな。ダイエットなんて止めとけよ。肝心な時に力が出ないぞ。カイナはけっこう食えるだろ? それともあれか。貴族はやっぱり、もっといい物食ってんのか」

 俺は言った。

「我々も質素ですよ。リングはほとんど軍事用に回してますから。あ、僕はけっこう好きですよジャンクフード」

 ステーキを口に運びながらカイナが言った。

「ジャンクフードの定義がおかしいだろ。まあ、元はみんなリングだし? ジャンクと言えばジャンクかもしれないがね……」

 そう言いながら、俺も肉を口にほうばる。う、うまい……。元がリングだと分かっていても、やっぱりうまい物はうまい。

「そんなに細いのに、ダイエットするの?」

 しかめっ面のサイカを見て、ドクターが笑った。

「いつもみたいにガツガツ食えよ。ガツガツ。彼氏の前だからって遠慮スンナ」

「ガツガツなんて食べないわよ!」

 そう言ってサイカが、ボールいっぱいのサラダをおかわりした。

「肉は食っとけって。次はいつ食えるかわからないぞ」

 俺は言った。

「しつこいわね!」

 サイカがフォークを振りかざして言った。食事でストレス溜めるなんて馬鹿な奴だなあ。

「でも本当においしいよ。サイカ、一口食べてごらん」

 そう言ってカイナが、自分の皿のステーキを一切れ取って、サイカの口元に持っていった。そしたらサイカの奴、あっさりと口に入れやがった。うん、おいしいとか言って、カイナに微笑みかけている。なんだそりゃ!

「負けずにドクター、俺にも肉を食わせてくれよ。ほらほら、アーン」

 俺は口を開けてドクターに迫る。

「うん? なんか口臭いわよ、やめて。そんな歳でもないでしょ」

 嫌そうにドクターが顔をしかめる。口臭いって、俺、映像なんだけど……。

「じゃあ僕が、ドクターに」

 カイナが笑顔で、ステーキをドクターの口元に持って行った。ドクターが嬉しそうにそれを口にする。

「ひでーよお前ら。俺は自分の部屋で、一人で食ってるんだからな。そこらへんを察しろ。特にカイナ!」

 俺は言った。

「少し調子に乗りました」

 笑って言ったカイナの目が潤んでいる。

「すみません少し……。本来こんな、扱いを受ける資格は……」

 カイナが感極まった感じで涙をこらえている。真面目で誠実で、貴族にしては優しすぎる。サイカが惚れたのも、なんとなく分かるような気がする。

「晩飯は楽しく食おうぜ。なあカイナ。湿っぽいのは無しだ。明日からはまた大変だぞ。バッチリ食って、次に備えようぜ」

 俺は言った。カイナが表情を引き締めて頷いた。

 そうだ、また明日から大変だ。どこから手を付けていいのやら、頭痛い。まあいいや。とりあえず久々のご馳走を、存分に味わおう。

 サイカが気を使って、カイナに優しい言葉をかけている。その様子をドクターが目を細めて、じっと見詰めている。何とかしてやりたいよな、これは。何とかせにゃならんな。

 晩飯を食う前からめちゃくちゃ眠かったわけだが、長時間寝るのにも体力を使うわけで、ある程度無理をして食事の時間を取ったのだ。だから一旦(いったん)ベッドに入ったら、昏倒(こんとう)するように眠ってしまった。



 目が覚めて俺は、時刻じゃなくて日付の方を先に見た。12月7日。午前4時半。えーと……だいたい60時間寝たかな。今までの新記録かもしれない! 嬉しくない!  それだけ疲労とダメージがデカかったと言うことだ。けっこうヤバかったな。超腹減った。

 カイナには街の居住区に部屋を与えた。サイカの部屋の近くだ。もちろん身分は隠してある。俺の親戚と言うことで、戦闘力の説明も一応はごまかせた。俺らの街はスラムではないので、基本的には他人を入れない。入れたくても余裕が無い。

 その点キダ君は偉い。誰もキダ君の真似はできない。あくまで身内を、街の人間を守るという線引きが無いと、さすがの俺もモチベーションが保てないと思う。キダ君のモチベーションはどこにあるんだろうな。懐が深過ぎる。宗教家ってわけでもないのにな……。

 居住区域のモニターをチェックしていたら、カイナが映った。居住棟の吹き抜けに立って、ぼんやりと空を眺めている。空と言っても、ドームの天井に映し出された、作り物の夜空なのだが。

「どうしたカイナ。眠れないのか」

 俺はカイナの端末へ音声を飛ばした。

「ああカジハルさん。ようやく起きられたんですね。体の状態はいかがですか?」

 カイナが端正な顔に微笑を浮かべて言った。

「ご心配ありがとう。体はほぼ元通りだ。身内が俺に厳しいから、お前の優しさが心に沁みるよ」

「ドクターの医療の技術は相当なものですね」

「彼女、腕はいいんだがサディストなんだよ。痛み止め無しで、無理矢理手術された。死ぬかと思った」

 思い出しただけでも身震いがする。ドクターはものすごく楽しそうな顔をしていた。

「愛があればこそですよ」

 カイナがおかしそうに笑って言った。

「愛かなあ……。ドクターの趣味だろ」

「正直な所、僕は市民を見下しています。だけどカジハルさん、あなたは面白い。ドクターもそうです。存在感がある。活力がある。どうしてなんですか? こんなひどい暮らしの中で、どんな希望を持って生きていられるんですか?」

 カイナが率直な意見を言った。相当な上から目線だけど、結構面白い質問だと思った。

 カイナは若くて純粋で、プライドがある。立場と状況にかまわず、俺に直球を投げてきている。悪くない。

「俺の場合、生きてるのはけっこう惰性だよな。だけど面倒なのと退屈なのが嫌いだ。免疫系に生まれて……なんだろうな。ダメージを受けるのがある種の快感になってるのかもしれん。ドクターがサディストだとすれば、俺はマゾヒストか。そう考えると最高のカップルだよな。うん、お前のおかげでよく分かった。今度ドクターに話してみるよ」

 俺は言った。

「今を楽しむということを、僕はサイカさんやカジハルさんに教えてもらったような気がします。あまり先のことばかりを考えていたら、人生を失いますね」

 思いつめたような表情で、カイナが言った。

「そう言ったって、やっぱり若いうちは悩むもんだ。それでいいんだよ。俺だってそうだった。サイカとドクターが聞いたら、絶対嘘だって言うだろうけどな」

 俺は言った。カイナが大きく深呼吸して、少し表情を和らげた。うっすらと空が明るくなってきた。日の出が近い。この感動的な空の色も、やっぱり作られた映像なわけだが。美しいものは美しい。

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