第5話

 ドクターは俺のオヤジに買われてきた。言い方が悪いが、本当に買われたのだ。ドクターはスラムのオークションで売られていた。

 奴隷の親から生まれた彼女は、最初から奴隷だった。貴族の屋敷でメディックとしての適正を見出されて、医療の専門教育を受けた。将来、戦場の医師として使われる予定だったらしい。だが、ドクターは不幸な事に、かなりの美人だった。成長するうちに、人目を引くような存在になって行った。それで、貴族の変態ジジイの目に留まってしまったらしい。

 まるで玩具のように扱われて、飽きたら他の貴族に譲られる。それの繰り返しで十代の後半までを過ごした。巡り巡って、ある商人の手にわたり、スラムのオークションにかけられることになった。当然、玩具として売りに出された。とびっきりの高級玩具として。

 この世界に悲しい話はたくさんある。奴隷をすべて救うことなんて、俺のオヤジにだって出来ない。今いる家族と、街の人間を食わせていくので精一杯だ。だから例え、幼い子供が奴隷として売られていても、身銭を切って助けるわけにはいかない。

 その日はフードメーカーを買うために、オヤジは大金を用意してオークション会場に赴いていた。華やかに彩られた舞台。取引はネット上でなされ、落札されたモノは現実の世界ですみやかに搬送される。

 街のフードメーカーが故障気味で、急遽代わりが必要になっていた。フードメーカーが無ければ、リングがいくらあったところで飯が食えない。オヤジがオークションに行っている間、俺は街にいて、壊れかけのフードメーカーをなんとか修理しようとしていた。専門の知識は全く無いから、修理というよりもただの分解に近い。

 人寄せの為に、一番初めにドクターの競りが始まった。最初から凄い金額が飛び交った。とびきりの美人で貴族たちによく訓練されている。年齢は19歳。背が高くてプロポーションもいい。値がどんどん釣り上がっていく。気丈にもドクターは、舞台の上で素晴らしい笑顔を見せていた。それを見てオヤジは、こいつは只者(ただもの)じゃないと思ったそうだ。自分の体が高く売られる為に、笑顔を作る。例え強制されていたとしても、簡単に出来ることじゃない。

 もちろんその段階では、オヤジはドクターを買おうなんて思っていない。街ではみんなが腹を空かせて、フードメーカーの到着を待っている。

 値をつける声が次第に収まってきた。そろそろ落札者が決まりそうだ。そこで商人が、最後に買い手を煽るために叫んだ。

「さあ、この娘は色気だけじゃないよ! 医療の専門教育を受けている。一流貴族のお屋敷で、旧世界の機械を使って手術の経験もある。さらにこの娘は頭が良い。医療機械が壊れても大丈夫、修理も出来るよ。さあそこのマニアックなあなた! 手術台の上で彼女とお楽しみといこう。気持ちのいいことも痛いことも、何でもお望みのまま。アフターケアもバッチリ! さあもう一声!」

 なぜここまで細かく俺が、商人のセリフを再現出来るかと言うと、ドクターがすべてを暗記していたからだ。売り文句があまりにもよく出来ていたので、ドクターは記憶に留めることにしたのだと言う。商人のセリフが、まさに自分を表す言葉を言ってくれたので、感銘を受けたのだという。自分が売られる間際だっていうのに、まったくどういう神経してるんだか。

 で、その人買いの名セリフに乗っかったのが、俺のオヤジだ。

「フードメーカーは直せるか?」

 舞台の前まで人をかき分けていって、ドクターに質問したのだという。

「もちろんです。ご主人様」

 にっこり笑ってドクターは答えた。

 それでオヤジは、フードメーカーを買う金の十倍以上を出してドクターを買った。まあ、そこら辺のエロオヤジがいくら金持ちだとしても、道楽では出せないような金額だ。そのせいで俺達は、当分ものすごい節約生活を強いられることになる。


 オヤジが俺を端末で呼び出した。

「出物はあったのかよオヤジ? フードメーカーの中古」

 俺は訊いた。

「とびきりの奴をみつけたぞ。喜べ。お前すぐにスラムの集荷所(しゅうかじょ)に行って取ってこい」

 オヤジが笑顔で言った。

 修理するはずのフードメーカーを、俺はバラバラに分解してしまっていた。だからオヤジの話を聞いてほっとした。これで一応メシは食えるだろう。そう思うと幸せな気持ちになった。バイクをぶっ飛ばしてスラムへ向かった。

 ところが、集荷所にフードメーカーは無かった。代わりに、すごい可愛い娘をバイクの後ろに乗せて、俺は複雑な気持ちで街に帰って来た。街の住人は激怒した。当たり前だ。

 街についてすぐに、ドクターはフードメーカーの修理に取り掛かった。3時間で直った。俺が無駄に分解してなかったら、もっと早く済んだだろう。その後、3週間かけてドクターが、手術が必要だった病人の処置を済ませた。間もなく死ぬ予定だった子供が、当たり前のように広場で遊んで、笑っていた。

 それで誰も文句を言わなくなった。オヤジの投資は大成功だったわけだ。その後もドクターは、街のいろんな所に手を入れて、機械も人間も蘇らせてくれた。特に大きかったのは、汚染の除去装置を修理した上で、さらに改良してくれた事だ。オヤジはもちろん、俺とサイカの寿命が大幅に伸びた。逆に言うと、オヤジがあの日スラムのオークションでドクターを買わなかったら……終わってたな。

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