無彩色の願望
哀川
嘘つきの心
第1話 夢
七畳のアパートにて、僕はいつも通りに目を覚ました。
無駄に眩しい日光を浴び、ソファーから体を起こす。
覚醒しきれてない意識を起こす為、洗面台で顔を洗う。鏡の向こう側の凡人は、黒く死んだ瞳をしていた。高校二年の男子にしては若干華奢と言われがちだ。髪は男として適当な長さ。その他にこれといって語る点もないがこの僕——
容姿はともかく、名前は男が名乗るにはたしかに女っぽいよな、などと思ってしまう。
「…………さて」
次に朝食だ。
台所に転がっている、水入りペットボトルを手に取る。
そして一口。
「ごちそうさまでした」
それから制服に着替え、カバンを背負って家を出る。
鍵を閉めることなんてしなかった。
×
静かな住宅街を抜けてしばらく歩けば、背の高い建物が並び、『さすがは都会』という感想を思わせる風景に変わる。
僕の通う公立大丘高等学校は、妻城市の中でも上位の偏差値らしい。全国的に見れば中の上といったところとかなんとか。
ある人曰く、制服が人気のポイントだと言う。ただの黒色のブレザーに魅了される人もいるんだなあ、と思った。
“お前以外はまともな感性と神経をしている。他人は至って普通だよ”
「………………」
懐かしい女性の声は、街の雑音に流されていく。
頭を空にして僕は校門を潜った。
×
僕は一応文系の頭脳をしているが、それでも古典に限っては受け付けない部分がある。単純な意地なのだが、現代語すらも曖昧なのに、それに加えて昔の言葉も覚えることに意味を見いだせないのだ。
日常的に《をこなり》なんて使うわけでもないんだし、などと考える古典の授業中。いよいよ睡魔に襲われた僕は机に伏せ、瞼を閉じた。
廊下側の最後尾となるとある程度何をしてもバレない(諦められているだけの可能性もあるが)ので、安心して熟睡することができる。
意識が落ちるのに、きっと十分と掛からないだろう——
————。
×
これが非現実……つまり夢の世界だと察することは容易だった。
明晰夢というやつだ。
僕は学校に居たことを覚えている。瞼を閉じて次の瞬間に学校付近の本屋に居ることなんてありえない。それを可能にするのは《夢》だけだ。
「……つまらない夢」
折角みる明晰夢がただの立ち読みかよ。
なぜかxの悲劇を手に取っていた。暇つぶし程度にミステリー小説を見るのは分からなくもないが、どうして夢の中でまで読書をしなくちゃならないんだ。ひょっとして、僕は大の読書好きだったりするのか?
本を開こうとして、やめた。
空いていたスペースに本を差し込み、本屋を出る。
さてなにをしたものか、と見回す。
車もなければ人ひとりと居ない。そういえば、本屋にも僕独りだったな。
「…………静かだ」
ここの辺りはそこそこの賑わいの筈なのだけれど……って、夢にそこまでリアリティを求めてどうする。
現実と異なってこそ(偏見だが)夢だろうに。
突然。
こつん、と。
無音だった世界に響く。
振り返ると、数メートル先に一人の少女がこちらに足を進めていた。
黒のパーカーにダメージジーンズ。ロンドンブーツを履いており、顔を隠したいのか深くフードを被っている。逆に注目されそうだな、と思った。僕よりも若干身長が低く、わずかな胸部の膨らみから華奢な少女と判断できる。
僕の脳は一体何を見せたいんだろうか。
なんて考えている間に、少女は僕の一歩手前まで来ていた。
彼女が僕の右横を通り過ぎる瞬間、
ひゅん。と風を切る音と共に、少女の右手に握られていた折り畳みナイフが僕の視界に映る。
それらは少女が一歩踏み出す間のことで。
僕の喉が切断されたことに気付くのはその後だった。
×
「——!」
身体中の水分を沸騰させられたようだった。暑い寒いの境界が曖昧になる感覚に驚き、勢いよく体を起こす。
この教室内のほとんどの人が僕を凝視していた。静かな授業中に物音を立てれば当然か。それも、友達の居ない目立たない奴となれば更に興味が湧くことだろう。
「えっと……藍歌くん? 具合でも悪いんですか?」
ここ、二年四組の担任、
「あ……いえ、別に……。多分、寝ていただけです」
「そう。ならいいんですけど。いや、ダメなんですけど」
テンションの低いノリツッコミらしきものが炸裂。クラスメイトたちは薄く笑ってから再び授業に集中する。
さすがに僕は浮いていた。二年生になって一週間が経つが、クラスに馴染めてないのは僕だけのように思う。
まあ、浮いてるのは今に限った話じゃないけど。
——にしても。気分が悪くなる夢だった……ような気がする。
一体どんな内容だったのか、まるで覚えていない。まあ、夢なんてそんなもんか。そもそも気分が悪くなる夢なんて忘れてしまって正解だ。
そう。過去も夢も、『どうしようもない』という一点のみ酷似している。
だから忘れていい。
嫌なことから目を逸らし、明るい未来を妄想することを人間は許されているのだから。
頭の中で自分の意見に相槌打って、再び机に伏せる。
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