現実ゲーム

@osenyo

ビッグバン

男は激昂した。人間の怒りというものは期待から生まれるという。では一体彼の期待を裏切ったのは何であろうか。現実とは存外つまらないものである。

・・・・・・


男子は理論物理学の教授である父と一般の母を持つ家庭に生まれた。まあ、少し変わったことと言えば、すでに離婚しており父は海外で音信不通なことくらいであろうか。

そんなわけで男子はさぞかし甘やかされて育ってしまった。植物に水を上げすぎて枯れてしまうように。


男子の生き様はまさに植物であった。

いつの間にやら植物は光合成を諦め、生きがいは暗がりでのビデオゲームだけになっていた。持て余した時間を浪費するため、可能な限り難易度の高い、長いゲームをすることが唯一の楽しみだった。しかしどんなゲームにもいつか終わりが来てしまう。

「”テッテレー!!ゲームクリア!!”」

一般の人間であれば成功のファンファーレであろう。

しかし彼は、ファンファーレのたびにため息をついた。積み上げてきたものがいきなり終わってしまうのが許せなかったのだろうか。

玩具を取り上げられたような気分を感じているのだろうか。まあ、彼に怒るほどの気力もないだろう。


幾度もため息をつき、現実から逃避した彼はビデオの世界にも愛想を尽かした。どうにもならなくなったため、

「もう一度だけ外界を見てみようか」

植物はもう一度日の目を見ることを決めたらしい。

外に出た彼は、存外世界が面白いことに気づいた。


男子が外に出る頃には、青年と呼ぶべき年齢まで時は過ぎていた。昔、共に現実を逃避した阿呆たちは、受験勉強とやらで現実と向き合っているらしい。

芯のない植物は、自分も同じことをしようと決めた。


しかしこの植物、生まれながらにして優秀であった。

父に唯一感謝すべきところであろうか。

というわけで要領の良かった青年は地元の国立大学に入った。そこで数学やら物理やらを勉強しているうちに、現実というゲームはまだ答えもクリアもないことに気づいた。生まれて始めて彼の目は輝いた。


それからというもの、かつては考えられなかった充実な人生を送った。理学博士にもなったし、教授にもなった。

結婚もして家族もできた。しかし未だ肝心のゲームはクリアできていないようだ。

初めて彼は焦りという感情を知り、初めて努力というものをしてみた。

ふむ、努力も存外悪くない。中年はそう思ってしまった自分に驚いた。


中年からの人生は一瞬のように感じてしまうらしい。相対性を考えれば当然である。

理論物理学の権威となった老年はふたたび暗がりの植物に戻っていた。寿命というものにはどうやら抗えない。もはや彼は自然規則という無形にライバル心すら抱いていた。

「どうにかして理解してやろう。」

白部屋の中にそんな声が聞こえた。


彼はもはや手段を選ばなかった。未だにしぶとく生きながらえていた父にも助言を求めるほどである。さまざまな理論を取りまとめ、ようやくライバルに勝ったらしい。つまり、ようやく世界の真理というものを発見したのだ。


「テッテレー!!ゲームクリア!!」

どこからともなく白部屋に音が聞こえた。

まさかそんなこと。いやありえない。

彼はもう一度真理を紙に書き出した。

「テッテレー!!ゲームクリア!!」

彼は一瞬の激昂の後、病床に倒れ込んで目を閉じた。

そして深い口呼吸を1度だけしてこの世を去った。

そうだ、彼の瞼にエンドロールでも流してやろう。

しかし案外早かったものだな。このゲームがクリアされるのも。

さて、リセットしないとな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

現実ゲーム @osenyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る