サマーエンド・リテイク
一幸人(ニノマエ ユキト)
第1話 いじわる主役キャスティング
0
「しゅうや、しゅうや! マンガ読ませて!」
「うん。読んで! あくあが面白いって言ってくれるようにかいたから!」
「もう。しゅうちゃん、またあっちゃんばっかり! わたしも読みたい!」
久しぶりに、昔の夢を見ていた。
五年かもっと前……小学生低学年くらいの、景色も感情もあいまいだった年頃。
「あとで! しゅうやのマンガを一番最初に読むのはあくあなのっ」
「けんかしないで! こはるにも見せてあげるから!」
「ほんと? やくそく! わたしはしゅうちゃんのこいびとなんだから!」
「うん」
「あー、ずるい! しゅうや、あくあとはこいびとしないのっ?」
「……あ、や。えっと……?」
「……ねえ、しゅうや。あくあは?」
「えーっと……」
「あ! あっちゃん、マンガ読まないならわたしがよむ!」
「あ、だめ! あくあが最初!」
あくあの言葉にドキドキして離せないでいると、こはるがあくあから漫画を奪い取った。
あくあはそれに怒り、こはるは二人で見ようと提案する。
結局はあくあが折れて、この日は二人で僕の描いた下手くそな漫画を楽しんでくれた。
「「たのしかった!」」
「ありがとー!」
もう意味のない記憶。二度と戻ってこない楽しい日々を、このときの僕はまだ無邪気に楽しんでいた。
幼なじみの絆なんて、思春期になれば簡単に壊れてしまうのに、そんなことまるで考えず。
「じゃあ、また今度かいてくるから見てね!」
「うん。今度はあくあが一番だから!」
「あっちゃんずるい! しゅうちゃんの一番はわたし!」
そんな何でもないやり取りを最後に、夢は白く染まっていった。
1
『月刊少年ダイヤにて連載中の大人気オカルトファンタジー「シャドウバーク」
七月よりアニメ放送開始!』
「……ったく」
熱気がじっとりとまとわりつくような、初夏の朝。
SNSを眺めていると目に入ってきたその文字列に、暑さも相まって嫌な気分になる。
「あ、秋ちゃん。おはよー」
ため息をついてスマホをポケットにしまうと、後ろからてしてしと肩を叩かれた。
顔を上げ振り返ると、王子様みたいな少女が、笑顔を浮かべてひらひらと手を振っていた。
「ん。ああ、
「
「おはよう」
「よくできました。よしよししてあげようか?」
「おい。僕より背が高いからってやめろ。怒るよ」
「そんなこと言ってー! よしよしっ」
「あ、ちょっと!」
にへら、と嬉しそうな笑顔を浮かべて僕の頭を撫でるこの少女は
ショートボブの金髪が、粉雪をまぶしたような白い肌と西洋人めいたはっきりした顔立ちによく似合っている。
しかも男の僕より背が高い。僕の身長が男子の平均と比べても低いっていうのもあるけれど、それ以上に彼女のスタイルが完璧すぎる。スカートから伸びるすらりと長い脚、制服の上からでもわかるほど引き締まった体に小さな顔。
中性的な雰囲気も相まって、まさしく王子様と言った風だった。
もっとも――
「どしたどした? 幼なじみのことそんなまじまじと見て。もしかして好きになった?」
「違う」
「否定が早すぎるね? もうちょっと動揺してほしかったかも。ドキドキしてよ」
こんな感じで、見た目から感じる雰囲気とは裏腹に性格は結構子どもっぽかったりするわけだけど。
そこでふと、あることに気付いた。
「それより今日は一人? 珍しいね」
いつもなら小陽と一緒に登校しているはずの少女がいない――と、思いきや。
「いますけど? 影が薄すぎて気付かなかったって? 朝から随分なあいさつね」
ぬっ、と。
小陽の陰から幽霊みたいにもう一人の少女が現れた。
ボサボサというほどではないが、ほとんど手入れのされていない黒髪は枝毛だらけで、頭の後ろの方なんかはねている。しかも前髪が長いせいで、顔に影がかかっているみたいだ。
肌もまあ最低限と言った調子で、化粧だってしているのかどうか。
加えて目つき。一目見ただけで寝不足とわかる深く黒いクマが刻まれた目と、剣呑な色の宿った瞳は、それはまあ凶悪なことだった。
小陽とは真反対――陰気というか、凶悪というか、幽霊みたいというか……
とにかく、それほどまでに暗い少女に、僕はなぜかその凶悪な目で呪い殺してやるとばかりに睨まれていた。
「……なに」
突然悪意をぶつけられて、僕も自然語気が強くなる。
「別に」
「そう。なら睨まないで欲しいね」
「……うるさ。器小さすぎでしょ」
「出会い頭に人を睨む非常識な人に器の話をされたくはないんだけど」
「耳障りだから黙って」
「はい、喧嘩しない!」
いつものようにヒートアップする直前で、小陽が間に入って止めてくれた。
「まったく、秋ちゃんもあっちゃんも、仲良くしなよ。私たち幼なじみでしょ?」
そう――この少女もまた、僕の幼なじみだった。
「幼なじみって言ったって、昔の話でしょ」
「またそんなこと言ってる。昔は『三人で結婚しようね!』って言ってたのに」
「ありえない」
「そこだけは同意だね」
「小陽、もうちょっと考えて発言して」
「どうかしてるかと思ったよ」
「もう高校生なんだから」
「馬鹿みたいだね」
「なんで私が攻撃されてるの?」
王子様みたいな女の子が憤慨していた。
「ていうかやっぱり二人とも仲いいじゃん。息ぴったりー」
「「……だからっ」」
最悪のタイミングでハモった。
嫌な予感がして小陽を見ると、それはもう嬉しそうな顔でニヤニヤ笑って、
「ほら」
「うるさい」「しつこい」
「厳しいなあ、もう」
不満そうにしながらも、まだ少しだけ嬉しそうだ。
「あ。そうだ秋ちゃん、気付いたことない?」
「ちょっと……!」
信号が青に変わり歩き出したところで、小陽がそんなことを言ってきた。
しかし全くわからない。当の本人が不機嫌そうな顔でこっちをちらちら見てくるので、彼女絡みであることは確かだろうが……
「わからない、かな」
「ほんっとダメだね秋ちゃんは。男として終わってるよ」
「辛辣過ぎるでしょ。さっきの仕返しか?」
「正解は――昨日ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ……私が、あっちゃんの前髪を切ってあげたことでした!」
「はぁ」
「本当はもっと切って、この可愛い顔をみんなに自慢したかったのに、嫌がられちゃって」
「ありえないから嫌」
「…………?」
本当か???
今も昔も変わらない、呪いのビデオから出てきそうなほどの長い前髪は健在だが……
「無秩序っていうか、すごい伸び方してたから整えてあげたんだよねぇ。どう? 今日のあっちゃん可愛いでしょ」
「小陽。ほんとに。もういいから」
「いいじゃん。せっかく可愛くなったんだし、褒めてもらおうよ」
「……これのどこが可愛いんだか……ありえないでしょ。それに、これにそんなこと言われても気分悪いだけだし」
酷い言われようだ。
「えー……じゃ、一回だけ!」
「……はぁ」
「許可いただきっ」
許可というよりは諦めに近い返事だけど、それでも小陽は嬉しそうに僕に問いかけてきた。
「で、どう? 今日のあっちゃんは」
「えー……」
ざっと星乃の顔を眺めてみるが、いまいち昨日との違いがわからない。
とはいえ、ここであえて喧嘩を売る必要もないし……
「まあ、いいんじゃない?」
「……あっそ」
褒めたつもりだったんだけど、星乃は興味なさそうにそっぽを向いた。
「鳥肌立ったー」
「なんだこいつ」
「またそんなこと言ってる。せっかく褒めてくれたんだからさ、もっと喜ぶとかお礼言うとかしようよ」
「ふん。どうせ『無難なこと言ってればトラブルにならないから』ぐらいの気持ちで出てきた浅い言葉でしょ。いちいち真に受けるほど馬鹿じゃないわ」
「は? なにそれ。だったら本音を言ってあげようか?」
「どうぞお好きに」
「いつもと何が変わってるのかわからないし、暗いままだし性格も悪いね」
「はいはい、わかりました。お誉めの言葉ありがとうございます」
相変わらず感情の見えない冷たい声だったが、僕を睨む瞳にはさっきよりも強い情念が込められているように思えた。
「はぁ……もういいでしょ。面倒くさい……小陽、こんなの放っておいてさっさと行こ――」
「あ。やば」
しびれを切らした星乃が苛立ちまぎれに歩き出そうとしたところで、小陽が声を上げた。
「なに? 忘れ物?」
「うん。化粧ポーチ洗面台に置きっぱなしだったかも。あっちゃん、今日貸してくれない?」
「持ってない」
「もう。ちゃんと持ちなって言ってるのに。はぁ、ちょっと取って来る! 秋ちゃん!」
「なに?」
振り返ると、小陽は一度至近距離まで近づいて来て、両手でほっぺをつねってきた。
「はひ?」
「んー……」
そのままムニムニと数秒僕の頬をこねくり回す。なんだなんだ。
「ん! よし、充電完了!」
「なんの?」
「幼なじみパワー!」
はにかみながらそう言って、返事も待たず戻って行ってしまった。
取り残される僕と星乃は、一瞬だけ目を合わせると、
「そのだらしない顔、ムカつく。こっち向けないでくれる?」
「そんな顔してないだろ」
「してるから。……ていうか、なに? まさか一緒に待つつもり? 小陽がいないのに、わざわざあんたと仲良くする義理なんて無いんだけど」
「はいはい。さっさと行きますよ」
「……別に。さっさと行けなんて一言も言ってないけど」
「白々しい」
お互いに舌打ちをあいさつ代わりにして、背を向ける。
せいぜいこの炎天下の中、一人寂しく待っていればいい。そう思って歩き出そうとしたその瞬間――嫌味ったらしい声で背中に疑問を投げられた。
「あんたさ、いつまでうじうじしてるわけ?」
「は?」
「そんなに漫画家の世界が羨ましいなら、描いて努力したらって言ってるの。ネット見て悪態つくだけなんて猿でもできるわよ」
「…………、」
「なにも言い返さないの?」
「別に。どうでもいいよ」
「……だっさ。顔見せるな」
いつもよりも少しだけ苛立ちの強い声に驚く。
何か言い返そうとして一瞬だけ立ち止まったけど、無視してすぐにその場を離れた。
うるさいな。本当にムカつくよ。
2
小陽と星乃を置いて先に登校した僕だが、教室に入っても特に挨拶をする人はいない。
楽しそうに話すクラスメイトたちの間を縫って席に着き、授業の支度をすると、もう手持ち無沙汰だ。ソシャゲの周回は電車で終わらせたし、教室でVtuberの配信や切り抜きを見るほど肝も据わっていない。
教室の外を眺めるか寝たふりをするか……なんて思ってると、不意にガタンっ、と後ろから椅子を蹴られた。
「あ、悪い! 騒ぎすぎちまった」
振り返ると、髪を茶色に染めた爽やかな風貌の少年が僕に両手を合わせていた。
「迷惑だよなー。蹴って悪かった」
「いや、気にしてないから別にいいよ」
「そっか。ありがとなー。おまえやっぱいい奴だな美山」
なんて思って視線を切るつもりだったのだが、思いのほか鳥山は僕をじっと見つめていた。その様子に、同じグループ人たちも不思議そうにしていた。
「え、なに」
見構えながら次の言葉を待っていると、美山は耳元に口を寄せて来て、
「おまえさ、漫画描くのやめたん?」
え、何で知ってるんだ?
「ごめん。一年の頃めっちゃ上手い絵描いてるの見たことあってさ。胡桃坂に聞いたことあるんだよ」
小陽め……余計なことを。
「プロだったんだよな?」
「そうだけど……なれたのは、ただの運だよ。実力でも何でもない。やめたのだって、才能がないって気付いたからだよ。そんな凄い話じゃないよ。これでいい?」
少しだけ苛立って、声に棘がこもってしまった。
鳥山もそれを察したのか、ふーんとだけ言ってそれ以上は踏み込まない。
「そっか。美山って面白いんだな」
「どういうこと?」
「なんでもない。また話そうぜ」
含みのある言い方ではあったが、それだけ言って鳥山は自分のグループへと戻った。
「なに話してたーん」「いや、何でもない」
才能がない――そう、僕には才能がなかった。
知り合いをモデルにしたヒロインとの恋愛作品で佳作を取り、編集がついてくれたところまでは良かった。けど、それから先は挫折ばかりで苦しいだけだった。
僕と同じようにラブコメが好きな人はいっぱいいて、僕よりも技術も感性も優れている人もプロの世界には数えきれないほどたくさんいた。
佳作を取った作品が自分の持てる力と感情を全て込めた、最高傑作だったこともあり、次第に何を描けばいいのか、何が描きたいのかもわからなくなった。
やっとの思いで出した作品も、数か月も経たず打ち切り。
それから作劇術の勉強や市場研究に力を入れて臨んだけれど、それでも結果は出ず。
そして一年前、同期の作品のアニメ化が決まった時点で、僕は筆を折った。
プロになる前に抱いていた『世界で一番可愛いヒロインを描きたい』という夢は、才能の壁を前に砕けてしまったのだ。
現実なんてこんなものだ。
「それでさー、春子が最近見つけたお店にさ、美味しそうなパンケーキがあってね」
「え、マジ!? 俺らも行きたい! 今日一緒に行こうぜ!」
「賛成! じゃあ放課後約束な!」
近くから聞こえてくるキラキラした会話に、憂鬱な気分になる。
小学生のとき星乃の親父さんに画材を貰ってから、人と関わるよりも漫画ばかり描いて過ごしてきた。
結果、夢を諦めたころには独りぼっち。
小陽はまだそんな僕と関わりを持ってくれているけど、もう一人の幼なじみである星乃とはさっきの通り犬猿の仲。
青春なんてオアシスは夢のまた夢みたいな、荒れた砂漠に放り出された。
後悔だらけだ。
才能がないのに無駄な努力ばかりして、馬鹿みたいだ。
「――――っ、」
自虐した瞬間、ぎゅうっ、と心臓が握りつぶされるかのような痛みに襲われたけど……無視した。
僕に才能がないのは事実。
才能がないのに努力することが無駄だというのも事実。
だから、もう漫画を描くべきじゃないこともまた事実。
ほら、こんなにも簡単。だからもう未練もないし、こだわりもない。
さっき星乃が『漫画家の世界が羨ましいなら』なんて言ってたけど、あんなの的外れだ。
――それなのに、どうしてこんなにも悔しくて仕方ないんだろう。
◇ ◇ ◇
朝に少し変わったことはあったものの、それからはつつがなく一日のスケジュールを終えていった。
問題が発生したのは六限目のホームルーム――文化祭の出し物についてのクラス会議の時間に起きた。
「それじゃあ改めて、文化祭での俺らの出し物……映画制作についてクラス会議を始める」
教壇に立った茶髪のクラスメイト――鳥山が、司会進行を務める。
「とりあえず出し物が映画に決定したけど……ま、当然決めなくちゃいけないことがいっぱいあるわな。幸運にもカメラマンはいるけど、役者とか話の内容か」
「はーい! 蓮と小陽が出ればいいと思いまーす! 美男美女でダブル主演」
「ちょっと。勝手に決めないでよ。みんなで決めるよ」
「俺は出るのは別にいいけど、どっちにしろ何をすればいいかわかんないだろ。だからまずは話の内容を決めないとな」
今のやり取りを見てもらえばわかるだろうけど、小陽は僕と同じクラスだ。
ついでに言うと……
「……なに? こっち見ないで。鬱陶しい」
じろり、と。凶悪な目で僕を睨む星乃もまた同じクラスだ。しかも隣の席。
嫌悪感を隠そうともせずこちらを睨み続けた星乃だったが、しばらくすると飽きたとばかりに目をそらし机に顔を突っ伏した。ばさぁ、と痛んだ髪が無造作に机に広がる。
あーあ。これ、小陽が見たらまた怒るな……なんてことを思っていると、クラス会議は少しばかり妙な方向へ進んでいるようだった。
「まずいなぁ。今日中に映画の内容が決まんないと、先生の独断でドキュメンタリーになっちまうんだけど……みんななんか、話のアイデアとかないか?」
「ラブストーリーやりたーい!」
「それはわかってんだけど……具体的にどんな話にするか決めないとだろ?」
話をまとめると、映画の脚本が決まっていないため役者も撮影場所も決まっておらず、このままだと担任の先生の趣味と偏見と独断で勉強する高校生を描くドキュメンタリーになりかねないらしい。誰が見たいんだそんなもの。
とはいえ、確か前回も前々回もその話でホームルームの時間がまるまる潰れていたため、先生の判断も仕方ないというものだろう。
今回で話の内容……とは言わずとも、骨子くらいは確定させて、夏休みまでに脚本を上げておかないと、スケジュールに無理が出始める。
そうなるくらいなら、話の中身の良し悪しは無視して、先生主導でドキュメンタリーを撮る方がまだ賢いのは事実だ。
まあ、僕には関係ない。与えられた役割をそれなりにこなすだけだ。
クラスメイトたちがアイデアを出すのを、ぼーっと窓の外を眺めながら聞いていた。
すると――
「あ、そうだ! いいこと思い出した」
教壇に立つ鳥山が、にっと悪い笑みを浮かべた。
みんなが不思議そうにする中、僕にはその笑顔がどこか白々しいものに見えた。
何事かと全員が注目する。僕も気になって視線を向けた――んだけど、なぜか鳥山も僕を見つめていた。
え、なに。なにこれ。なんか全員の視線がこっちに向いてんだけど。
星乃以外の全員が僕を見つめたところで、鳥山が話を切りだした。
「なあ美山」
「え。あ、はい」
まずい。パニックで同級生に敬語が出てしまった。
「美山って漫画描いてたよな確か」
「なっ――」
あいつ、そういうことクラス全員の前で言うか普通ッ?
ていうかさっきは気をつかって耳打ちで止めてただろっ!
「まじっ?」「すげー!」「ってことはさ……」
クラス中がざわめき始める。鳥山のせいだ。
僕が内心で憤っていると――鳥山はさらにこんなことを言いだした。
「話考えてくれよ」
「いや、待って――」
くそっ、そう来たか。さっきのはこのときのための確認と布石だったわけだ……!
拒否したい気持ちでいっぱいだったが、クラスメイトたちの間に期待と希望がどんどん膨らんでいき、とても断れる空気ではなくなっていく。
ま、まずい……このままだと雰囲気に流されて引き受けるしかなくなる。
なんとかしないと。
「待ってほしいっ。確かに趣味程度で描いてたことはあるけど、本当にできないって。漫画と映画じゃ全然違うし、そもそも僕には才能がないしいいものは作れないから……」
「そんなん気にすんなって。俺らがフォローするから」
あいつは本当に馬鹿だな! 嫌だって言ってるんだよ!
そもそも僕には才能が皆無だし、いいものなんて作れっこない。脚本なんて映画の面白さの大半を担ってるのに、それを僕に任せるなんて正気じゃないだろ。
そもそもどうせ誰にも見られないし、見られたところで失笑されるのが目に見えてるのに、どうして好き好んで恥と泥をかぶりに行かないといけないんだ……!
「そうじゃなくて――ッ」
なおも言い返そうとするが……しかし、教室全体に流れる空気や僕に向けられる視線が、それを許してはくれなかった。
勝手な期待を寄せておいて、いざ僕が断ったらため息とかつかれるんだろう。
ちくしょう、やられた……!
「つーか趣味とか言ってるけど、ほんとはプロだろ。言ってたじゃねえか」
「え、マジっ?」「凄いじゃん美山くんっ」「任せるべきでしょ!」「盛り上がってきたね!」
最悪だあの男……策士すぎるだろ。爽やかな見た目からは想像もできない。
「さっき胡桃坂に教えてもらって、全部読んだし。面白かったぜ」
「…………、」
……嘘つけよ。そんなわけないだろ、あんな駄作。
「僕もう、漫画描いてないし」
「大丈夫だって。これ映画だし。それに俺らよりはいいもん作れるだろ」
ダメだ、もう逃げ場がない。
最後に頼れる幼なじみに視線を向けたが……小陽は気まずそうに苦笑いを浮かべるだけ。
星乃にも視線を移すと、横目で僕を眺めていた。が、目が合うやさっとそっぽを向かれた。
「んじゃ、美山。決定でいいか?」
質問のように聞こえるが、完全に確定事項と化している。これはもう逃げられそうにない。
「わ、わかった……」
「さんきゅー。マジで助かる……!」
苦々しい表情を前面に押し出したはずなのに、鳥山は嬉しそうに顔をほころばせた。
それと同時、教室から歓声が上がる。
「……ふん」
隣で星乃が不機嫌そうに鼻を鳴らした。
◇ ◇ ◇
こ、困った……
「どうしよう……」
放課後、僕は道の真ん中で頭を抱えたい気持ちでいっぱいだった。
そりゃあ作劇術の勉強をしていたときに映画は腐るほど見たし、脚本を書けないかと言えば嘘になる。絵コンテだって描けるので、鳥山の言う通り完全な素人がやるよりは、それなりのものを用意することは可能だろう。
内容も配役も僕の自由にしていいとのことだったが、そんなものは慰めにもならない。
嫌なものは嫌だ。
僕には漫画を描く才能がなかった。それは絵柄や画力はもちろん、内容も例外じゃない。
どうせ提出したところで微妙な顔をされるのがオチだ。『プロでこれか』って思われるのは目に見えてる。
しかも納期は二週間。頭がおかしいのか? 無理に決まってる。
憂鬱で仕方なかった。……とはいえ、まあやらなきゃいけないものはしょうがない。
「はぁ……」
誰にも聞こえないようにため息をついていたのだが――
「くっら」
「ぐっ……」
振り返ると、いつもの二人組がこちらを見ていた。
一方は気まずそうな苦笑いで。もう一方は不機嫌を隠しもしない仏頂面で。
「小陽に、星乃……」
「やっ」
「邪魔。あと気安く名前呼ばないで」
ばすっ、とカバンで横に押しのけられた。相変わらず嫌な女だ。
「いつまで突っ立ってんの? 映画監督」
「こいつ……っ」
「いつまで辛気臭い顔してるわけ? 決まったことなんだし男らしく覚悟決めれば?」
「あっちゃん。そんな言い方ないって。秋ちゃんにだって事情が……」
「……だって。鬱陶しいんだもん」
それはこっちのセリフだ。なんで星乃はいちいち僕に突っかかって来るんだ。
小陽への義理があるにしたって、ここまで嫌いなら放っておいてくれればいいのに。
「なに? 文句でもあるの?」
「いや別に。ただ、何もしなくていい人は気楽でいいなって思っただけ。外野からならいくらでも言えるもんね」
「は? もしかして嫌味? それともマウント? 文化祭で監督任されて羨ましいでしょアピールでもしてるわけ? 人気者になれて喜んでるんだ。良かったじゃない。だっさ」
「その発想が出るってことは本当に羨ましがってるんだ。代わってあげようか?」
「……ちっ。本当に鬱陶しい。なんにもわかってない。そんなわけない」
苛立ちを隠そうともせず、深いクマの刻まれた凶悪な目でじろりと睨まれる。が、さすがの僕も幼なじみに睨まれたくらいでは怯まない。
「そうやってずっとうじうじしてろ。弱虫」
「もう……ほんとにどうしたのあっちゃん? さっきから怒りすぎだって」
「……ごめん。先行く。顔見たくないし」
いちいち一言多いな本当に。
「ごめん秋ちゃん! さっきのことも! 何かあれば言って。力にはなるから!」
そう言ってくれる小陽だったけれど、それで星乃から受けたイライラが収まることはない。
「僕が人気者になれて喜んでるって?」
そっちだって何もわかってないじゃないか。
知った風な口ばかり。本当に、気に入らない奴だ。
幼なじみじゃなければ、こんな風にいちいち悪意を受けることもなかったろうに。
ああ、もう。本当にイライラする。
「……あ、そうだ」
いいことを思いついた。
我ながら性格が悪いとは思うが……まあ、これくらいしてもバチは当たらないだろう。
4
そうして、二週間が経った。
鬼のような追い込みでなんとか脚本と絵コンテを上げて、鳥山に提出した僕は――次の日のホームルームを、いたずらを仕掛けた小学生みたいな気持ちで待っていた。
「ええっと……」
今まで余裕と爽やかさをまとって教壇に立っていた鳥山も、今日ばかりは困ったように言葉を詰まらせていた。
それだけでも面白かったのだが……何よりも痛快なのは――
「…………ッ! ――――!? !? ……ッッッ!」
隣の席で目を白黒させてから、ギッと僕を睨みつけてきた星乃のその動揺する様だった。
「なん、なん……なん、で……!」
「えーっと、じゃあ……監督? の美山から、この映画について詳しいことを話してもらいたいんだけど……今言ったの、マジか? 俺もちょっと信じられないんだけど……」
「本気だよ」
呼ばれて、鳥山に代わって僕は教壇に立った。
そして、もう一度、はっきりと言葉にした。
「映画のタイトルは『ヒロイン・サマーフィルム』。主演は三人。
男役が胡桃坂小陽さんと鳥山蓮くん。
そしてメインヒロインは――星乃水愛(アクア)さんです。
この映画は星乃さん演じる『歌川みみ』が憧れを捨てて恋を知る物語。
つまり、星乃さんがどれだけ可愛くなれるか――この映画の面白さは、全てそこに懸かっています」
こうして、文化祭に向けて僕たちの映画制作が始まった。
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