第4話 不死身従者の迎撃
あまりにも一瞬の出来事に、残りの魔物は思わずといった様子で動きを止めた。
緊張の走る空間で皆が動きを止める。時が止まったかのような感覚を覚える程だ。
薄い笑みと共に湛えられた鋭く光る赤い瞳は、リオが浴びた血液よりも鮮やかで冷たい。それはどちらが狩る側であったのかを忘れさせる程の重圧を周囲の魔物へと与えた。
しかし獣というのは身の危険を思い知った時程自身を守る為に脅威へ立ち向かうものである。
故に彼に畏怖した魔物達が取った手段は迎撃であった。
一斉に襲い掛かる四体の魔物。
その内の一体、牙を剥き出して襲い掛かる魔物の攻撃をリオはわざと右腕で受け止めたかと思えば思い切り振り回して傍に居たもう一体を巻き込んで吹き飛ばした。牙は深く彼の右腕に突き立てられていたわけだが、それによって彼の動きが鈍る様子はない。
更にその動きの勢いを止めることなく彼は片脚を軸に背後へ蹴りを入れる。彼の足は背後に回った三体目の頭へ命中して鈍い音を伴った。
しかし堪らず悲鳴を上げながら地面を転がる三体目が止めを刺されるよりも先に、まだ一撃も食らっていない四体目が鋭い爪をリオへ向かって振り上げた。
その気配を瞬時に察した彼は機転を利かせて三体目の脳天へ突き立てようとしていたナイフを背後へ投げつける。
それは完全に死角であったはずの四体目の片目に突き刺さり、大きな咆哮が森の木々を震わす。
だが、それだけ。痛みに悶えることも許されない速度でリオはナイフを引き抜いたかと思えばその首を掻っ切った。
五体の魔物はあっという間にたった一人に蹂躙された。
まるで軽い仕事を終わらせた後の様に軽く息を吐いて伸びをする彼は更に、瞬きをするうちに姿を消す。
かと思えば直前の戦闘により地面に身体を強く打ち付けて怯んでいた三体の魔物が目にも止まらぬ速さで先の二体と同じ様に首から血を噴き出して絶命する。
肉眼で捉えることすら困難な手腕には皮肉屋のクリスティーナも賞賛せざるを得ない。
返り血を浴び、武器を片手に嘲笑する姿はとても褒められた絵面ではないが。
従者の体を取り戻し、漸く一息吐けたのも束の間。
リオの元へ向かおうと足を一歩踏み出したクリスティーナは背後から敵意を感じ、咄嗟に振り返る。
同時に視界に入ったのは大きく口を開けた一体の魔物の姿。恐らくは血の匂いに気付いてやってきたのだろう。
クリスティーナは短い詠唱を口にしようと身構える。
しかし彼女はすぐにその緊張を解いた。
紡がれない詠唱。勿論魔法は発動しない。
その代わりに、魔物の首を掻っ切る銀色の軌道が彼女の瞳に映った。
「お嬢様、せめて自衛くらいはしてくださらないと。俺の寿命が持ちません」
どさりと魔物の倒れる音。
それから距離を離すようにクリスティーナを抱き寄せながらリオは肩を竦めた。
咎めるような口調ではあるが焦りや怒りといった感情の含みは感じられない。彼にとって今の出来事は容易に対処できる事例なのだろう。
それにしても不死身の彼の寿命が持たないとは何とも愉快な冗談である。
……などと思いはしたが、決して表に出すことはなく。クリスティーナは代わりに淡々と言い返してやる。
「指一本触れられることはないんでしょう?」
「確かにそうは言いましたが……。もしかして先程のやり取りを根に持っていらっしゃるんですか?」
「……さあ。間違いなく貴方への株は下がったけれど」
「根に持っていらっしゃるんですね。自分なりに親しみを込めているつもりなのですが、これは失敗でした」
一体どこからが冗談でどこからが本心なのやら。
先程とは打って変わった穏やかな笑みの裏を図りかねながらクリスティーナは魔物の死骸から離れるように歩き始める。
リオはナイフに付着した血液をハンカチで拭ってから懐へしまった。
不死身の彼の体にはもちろん傷一つ残らない。
それどころか魔物に食い散らかされてぼろぼろになっていた彼の衣服はいつの間にかすっかり綺麗な姿を取り戻しており、先程の凄惨な状況を作り出した本人とは思えない程の清潔感を漂わせていた。
聞けば、公爵家から特別に支給されたオーダーメイドの制服らしく、服飾に使用された材料に魔法が掛けられている特別品だとか。間違いなく一級品であり、貴族でもおいそれと手を伸ばせるような代物ではないだろう。
しかしクリスティーナの衣服には一切そういった施しがない為、こちらは血みどろのままである。
その差に文句を付けながら歩いているとクリスティーナやリオの名前を呼ぶ声が離れた場所から聞こえてくる。
「貴方以上に役に立たない騎士も見つかりそうね」
「はは、手厳しい評価ですね」
「正当な評価だわ。私の身を守る為につけられたのにも関わらず、こちらが襲われている間一切役に立たなかったのだから」
「あまりきつく言うと泣いてしまうかもしれませんよ。……それよりも前に卒倒されそうですが」
返り血だらけのクリスティーナの姿を改めてまじまじと眺めながらリオが指摘する。
外傷は一切ないのだが、はたから見れば酷い有様であり怪我を負っていないと言われても納得させるのは難しいかもしれない。
そもそも自分と逸れている間に主人が血だらけになるような危機的状況が起こっていたという事実だけで職務放棄として咎められるには十分であることを考えれば、卒倒するという言葉も大袈裟とは言い切れない節がある。
「職務放棄した上に倒れられたら、本当にお荷物だわ。解雇しましょう」
「俺は別に構いませんが、一人公爵家へ戻された彼は路頭に迷うことになりそうですね」
「…………面倒だわ」
家を出て一週間程。既に波乱万丈な旅の行く先を思いやられながら、クリスティーナは今日一番のため息を吐いた。
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