第51話 相対的
風光明媚の店内はいつも通り静かだった。今日は私達以外に客がいなくて、相変わらず経営が心配な店だった。
そんな店内で、私は言う。
「その……その人のことは好きなんだ。それは変わらないの。嫌いになるとか、そういうんじゃなくて……」
「……なるほどね……」
「薄れる……」その表現が正しいのかはわからないけれど……「……その人への想いが薄れたんじゃなくて……その……なんというか……」
「ほかが濃くなった」
「そう、それ」まさに的確な表現だ。「最近……仕事がうまくいってるんだ。生活習慣だって整ってきて、運動もしてる。スポーツ観戦とかも始めて……少し話したけど、後輩もできたの」
「頑張り屋で真面目でかわいい後輩ね」
「え……あ、そう?」
「うん。後輩さんのことをとても大切に思ってるのがわかった」
……大切……そうなのだろうか。自覚はない。私は良い先輩ではない。ただちょっと……偶然
私からすれば、
……うん。私は
それを自覚した上で、
「その後輩の子がずっと頭の片隅にあって……放っておけなくて……その、私の想い人に使ってた時間を。後輩に使ってあげたいと思うようになったの」
「それで……後輩に時間を使いながら、想い人を追いかけようと思ったんだけど……前に
「そうだね」
「……今の私にとってのやりがいって……
そのまま、私は勢いのままに続ける。もう想い人とか後輩とか、名前を隠すことも忘れていた。
「
私の今の生活は、
それを踏まえてでも、
「でも……でも……こんな私でも、まだ戻れるのかなって、思い始めて……」なまじ順調だから、夢を持ってしまった。「仕事して、運動して……趣味を持って……後輩と一緒におしゃべりして……そのまま年齢を重ねて……そんな生活に、戻れるのかなって、思ってしまって……」
言うなら、普通の生活。その生活を、私が手に入れられる。そんな希望をいだいていた。
私にはなにもないと思っていた。だから
でも、今はどうだ。仕事だって順調で、後輩だっている。スポーツ観戦という趣味だってできて、散歩だってしてる。嫌がらせだってなくなって……まさに理想の生活をしている。
「今の生活を、失うのが怖くなって……このまま
そのまま、私は結論を出す。この言葉を言うために、ずいぶんと遠回りをした。
「もう……
「……なるほどね……」
「……ありがとう……」
「うん。でもね……1つだけ忠告」
「……忠告……」
「自己肯定感とか……自分に対する自分の感情を、相対的に決めるのは危険だと思うよ」
「……相対的?」
「そう……自分は他の人より優れているから、自分のことが好き。自分の今の生活は世間と比べて普通だから好き……そういった自己肯定感は、いつか崩れ去るものだから」
「……世間と比べるなってこと?」
「自己肯定感については、そうだね。想定的な自己肯定感は、不安定だから。環境が変われば、すべて変わってしまうから」
……たしかにそうかもしれない。たとえば『自分はこの中で一番強い』と思っていた人が大きな大会に出て、自信を打ち砕かれる。相対的な自信だったから、自分が実力下位の状態になれば、自己肯定感も下がる。
今の私に当てはめると……たとえば
それは理解できる。でも、
「じゃあ……どうすればいいの?」
「今の自分自身を、認めてあげて。仮に自分が最低な状況にいても、どんな失敗をしても、どんな困難が降り掛かっても……自分だけは自分を好きでいてあげて。自分を好きになる理由なんて必要ないの。ただただ、自分だからって理由で自分を愛していいの。周りと比べちゃうのは仕方ないことだけど……できる限り、自分を認めてあげて」
自分を、認める……私を認める。私のことを私が好きになる。
とても良い話を、聞いたような気がする。だけれど……今の私には難しい話だ。自分自身を肯定するなんて、まだ難しい。
でも……もう少ししたらできそうな気がする。自分自身を認めてあげて、絶対的な自己肯定感を得られる気がする。
それくらい、今の私は調子が良い。この平穏が、ずっとずっと続いてほしい。そう心から願うことができる。
ありがとう
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