恩返し

第52話 27件

 ゆきさんと別れて、家に帰る。そして就寝して、目覚める。最近になって少し片付いてきた自分の部屋で、カーテンの隙間から光を浴びる。


 ……なんだかどんよりとした空気だった。日の光はあるのだけれど、空気が体にまとわりついて気持ち悪かった。ちょっとばかり、呼吸もし辛いような気もする。最近にしては珍しく寝覚めの悪い朝だった。


「……」


 あくびをしてから、何気なく自分のスマートフォンを起動する。そして、


「え……?」スマホの画面を見て、眠気が一瞬にして吹き飛んだ。「……なに……これ……」


 メッセージアプリに着信……27件? チャットが49件……パッと見る限り、そのすべてが会社関係からのメッセージだった。


 ……なんだこれは……なんで27件も着信が? なんでチャットが49件もあるんだ? 合計76の連絡が、私の寝ているうちに入っていた?


 就寝中は、スマホの音がならない設定にしてある。だからメッセージに気が付かないことはあるだろうけど……なんで70件も連絡が入る? 私が社長とかならともかく、私はただの下っ端社員である、ここまでメッセージが集中するなんてことは……


 ……なんかやらかしたか? ストーカーがバレた……ってことはないはずだ。私はまだみなとさんを見つけてないし、calmカームという喫茶店が気に入って周辺を散歩していたとすれば言い訳できる。そのために、ちょくちょくcalmカームには顔を出していた。


 ……メッセージの送り主を確認していく。そのすべてが会社関係者。着信の多くは部長だった。


 ……さくらさんからは来てない……まだ出社前の時間だから当然かも知れないが……


 っと、その瞬間、


「わ……」突然鳴り響いた着信音に驚いてしまった。画面を見て、「……部長……」

 

 部長から電話だ。今日は出勤日だが、まだ出勤時間にはなっていない。十分に余裕を持って会社に行きつける時間だ。まさか『もっと早く会社に来い』というためだけに何回も連絡しないだろう。なにか、他に理由があるはずだ。


 ……嫌な予感がする……でも、無視するわけにはいかないよな。


 腹をくくって、私は電話に出る。そして通話ボタンを押した瞬間、


『ようやく出たか!』部長の怒鳴り声が聞こえてきた。電話越しでも、ツバが飛んできそうな勢いだった。『お前……なんてことをしでかしたんだ!』

「え……?」しでかした……? 「ちょ、ちょっと待ってください。いったいなにが……」

『言い訳するな!』言い訳じゃない。ただ、なんで怒られてるのかを聞いただけだ。『とにかく……今すぐ来い。そして謝罪しろ』

「しゃ……謝罪……なにか、取引先の人からのクレームですか?」

『まだとぼけるつもりか!』急に怒鳴らないでほしい。耳が痛い。『社長に決まってるだろう!』

「……へ……?」社長……? 社長に、私が謝罪? 「なんで社長が……」

『いいから来い!』

 

 そんな怒鳴り声を最後に、電話は切れた。もう一度かけ直しても、すぐに切られるだろう。それくらい部長は憤慨していた。


 ……社長に謝罪? なんでだろう……あの、口説かれた日から社長とは会っていないけれど……


 口説かれたのに断ったことを謝罪……ってわけはないよな。そんなことを言い出したら、社長のほうが立場が悪くなるだろう。


 じゃあなぜ? なぜ社長に謝罪することになる? 売上が悪い? 企画が悪い? いっちゃ悪いが私より悪い人はいる。それに社長に直接呼び出されて謝罪するというのは違和感がある。


 ……とにかく、行くしかなさそうだ。このまま逃げても良いけれど、なんだか逃げたみたいで気が引ける。


 ……場合によっては、ほんとに会社を辞めることになるかもしれない。まぁ、良いけれど。


 私一人が苦しんで済むのなら、安いものだ。

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