第38話 笑顔になってほしくて

 社内食堂……別に大きい場所でもなく、味が良いわけでもない。近くにあるから食べるだけ。ただそれだけ。値段が安いからありがたいけれど。


「ついたよ」私はさくらさんを連れて社内食堂に足を踏み入れる。「食券制だから……好きなのを選んで」

「は、はい」


 さくらさんに続いて私も食券を選ぶ。


 ……奢ったりしたほうがいいのかな……いや、でもそんなことにお金を使っている暇はない。どうせさくらさんとは深く付き合うつもりもないし……先輩面することもないだろう。今の私のお金はみなとさんに使いたいのだ。


 ……そういえば私の周りの人は一文字の人が多いな。ゆきさんも、みなとさんも、さくらさんも。まぁ覚えやすくていいや。


 そのまま食券を渡して、それぞれ注文した品を受け取る。私はカレーライスと、さくらさんはカレーうどんと……ラーメン。どうやら2つ食べるらしい。見かけによらず大食らいなのだろうか。


 そして……成り行きのまま私とさくらさんは同じ席に座った。ここまで来て別れるのもなんだか違和感があったので、自然とそうなってしまった。

 私は……他人と食事するのが苦手だ。みなとさんのときはビジネスの関係だったからなんとかなったけれど……それにゆきさんは気兼ねなく話せる仲なので問題ない。


 だけど……今目の前にいるさくらさんは初対面の相手だ。しかもお互い会話が苦手そう。さらに私の後輩ときている。


 少しの間、気まずい沈黙が流れた。「いただきます」という言葉を言ってから、しばらくどちらも言葉を発していなかった。


 ……このままだと胃に穴が飽きそうなので、聞いてみる。


さくらさんは……どうしてうちの会社に入ったの?」

「あ……えっと……」さくらさんは水を一杯飲んでから、「その……私、子供が好きで……その……私の作ったおもちゃで、子供たちに笑顔になってほしくて……」


 立派な理由だった。私みたいになんとなく流れ着いたわけじゃなかった。だからさくらさん、こんなにやる気があるのか。

 

 ……なんか自分が恥ずかしくなってきたな。大した理由もないままおもちゃ会社に就職してしまった。そして大した理由もないまま今の仕事を続けている。そして、大した理由もないままこれからも続けようとしている。


 ……もうちょっと就職頑張ったほうが良かったかな……まぁ後悔したところで後の祭りだけれど。


 また沈黙。本当に私は会話が続かない。こんな私を会話してくれるゆきさんに感謝だな。


 というかさくらさん……食べるの早いな。2つ注文したはずなのに、私より早く食べ終わりそうである。しかしなんとも美味しそうに食べるものだ。食事が好きなのだろう。


 ……その小さな体のどこに入っているのだろう……まるで魔法みたいだ。美味しそうに食べる人が近くにいると、こっちの食事まで美味しくなってくる。


 ……もう少し喋りかけたほうがいいのかな……いや、でも会話が苦手な人かも知れないし、そもそも食事中に喋りまくるのもマナー違反かも知れないし……


 ううむ……どうしたものか。話しかけようにも話題がないし……そもそも私も会話は苦手なのだ。


 ……結局無言か。それしかない。別にさくらさんと仲良くなろうという気はないのだから、それでいいだろう。無言を選んで嫌われたのなら、それはそれだ。これ以上さくらさんと会話することがなくなる……そして私はみなとさん探しに集中できるというだけ。


 よし……そうしよう。そもそも私が後輩に好かれる要素なんてないのだから、ここ2、3日の辛抱だ。そうすれば私はまたみなとさん探しに熱中することができるのだ。


 申し訳ないけれど……さくらさんの熱意もすぐに消火される。この会社で熱意なんて持っていたら、それこそ死んでしまうぞ。熱意にかこつけて仕事を押し付けられて、結局は自分のやりたいことなんてできなくなる。


 さくらさんはすぐに、辞めてしまうだろう。ちょっと悲しいけれど……まぁしょうがない。私にフォローできることはない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る