第32話 返さないと

 土曜日……私の休みの日。私は風光明媚に来ていた。とある人物と話すために、風光明媚に訪れていた。


 その人物……ゆきさんはメロンソーダを飲みながら、


「さて……進捗はどう?」

「進捗……?」

笑美えみの好きな人。追いかけ始めたんでしょ?」

「……その進捗を聞くためだけに、私を呼び出したの?」


 今日風光明媚に来たのは、ゆきさんに呼び出されたからだ。せっかく休日だから1日みっちりみなとさんを探せると思っていたのに……


「おや……その目……」ゆきさんは私の質問に答える前に、「良いねぇ……染まってきてるね」

「……?」

「気付いてない? 今の笑美えみは……結構危険な目をしてるよ」

「……そう?」

「うん。私の、好きな目だ」


 別にゆきさんが私の目をどう思っていても良いけれど。みなとさんにさえ好かれたらのなら、問題はない。他の人間全てに嫌われてもいい。


「さてさて……呼び出した理由だっけ。それはね……もちろん笑美えみの恋の進捗も気になってるよ。それがメインなのは確か。だけど……他にも用事があるの」

「用事?」

「うん。笑美えみの勤めてる会社なんだけど……うちの会社ともちょっと関係があるの」

ゆきさんの会社って……風音かざねグループ?」はて……風音かざねという会社は製薬会社だったはずだが。「製薬会社が、うちの会社……おもちゃ会社とどんな関係があるの?」

「えーっとね……病院やら薬局の待合室に置くおもちゃ関連の関わりだって言ってたけど……私も詳しくは知らない。そもそも、私は風音かざねグループに就職してないし」

「え、あ……そうなんだ」

 

 勝手にゆきさんは風音かざねグループで働いているのだと思いこんでいた。


「うん。うちの3姉妹で風音かざねグループに就職したのは、ふうだけだよ。ああ、ふうってのは私のお姉ちゃんね。私の妹も別の仕事してるし……私はあんまり風音かざねグループには興味ないの。でも……」

「でも?」

「……風音かざね家には、恩があるからね」ゆきさんは少し穏やかな表情になって、「私がこうやって情報収集して風音かざねさんたちの手助けになるのなら、やるよ。ちゃんと恩は、返さないと」


 ……ゆきさんでも恩返しとか考えるんだな……なんだかそんな単語とは無縁の人だと思っていた。


 ともあれ、


「情報って……一応私も守秘義務があるから、あんまり喋れないけど……」


 私だって社員なのだ。自分の会社のことをペラペラ喋ったりはしない。自分の会社の名前も思い出せないけど、一応秘密くらいは守る。


「まぁそっか……そうだよねぇ……」ゆきさんはまたメロンソーダを飲んで、「恋は盲目って言うからペラペラ喋ってくれるかと思ったけど……さすがにそこまでバカじゃないか」

「そこまでって……」まぁたしかにバカではあるけれど。「そもそも恋は盲目って、ゆきさんには言われたくないよ」


 未だにとやらを追い回している人には言われたくない。彼とやらには恋人がいると言うのに奪おうとしている人には言われたくない。


「そりゃそうだ」ゆきさんはケラケラ笑う。私だってゆきさんの言葉が冗談なのはわかっているので笑うことができる。楽しい会話だ。「そんで……恋のほうの進捗も聞かせてもらおうか」

 

 やっぱりそっちが本題なんだろうな。本当はこの人、会社の情報収集なんてとっくに済ませているのだろう。重要な情報なんて私から聞き出そうとするとは思えないから。


 それにしても……恋の進捗ね。


 しょうがない。この数週間の出来事を、まとめて話してあげよう。

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