第33話 271437文字

 みなとさんを追いかけ始めて1週間以上が経過している。そのストーカー生活の中で、いろいろと私の中にも変化があった。人間は1週間そこらで変わらないと思っていたが、それは私の思い込みだったようだ。


「正直ね……恋のほうの進捗はあんまりないよ」

「ほう……たしかまだ相手の住所とか、どこに住んでるのかもわからないんだっけ?」

「うん……なんとなく推測はできてるんだけど……」

「そっか……私がやってあげようか? 相手の住所とか推測するの、得意だよ。特技と言っていい」

「なにその怖すぎる特技」ストーカーの才能ありすぎだろう。私も欲しかった。「いいよ。私1人でやりたいし」


 みなとさんは私1人の力で手に入れたい。もしもみなとさんがゆきさんと出会ってしまったら、みなとさんがゆきさんを好きになってしまうかもしれない。それは困るのだ。


「それでまぁ……最近ね……気づいたことがあったんだ」

「なに?」

「私……」私は自分の手元にあるメロンソーダを掲げて、「私は……メロンソーダが好きだったみたい」

「なるほどね」こういう真剣な話題のときは、しっかりと共感してくれるゆきさんだった。「最近になって、自分の好みに気づいたか。まぁ笑美えみらしいんじゃない?」

「……どういうこと?」

「自分の好みより、他人の好みを優先してたってこと。あるいは、世間体を気にしてたのかな? どっちでもいいけど……笑美えみが今まで紅茶を頼んでたのは消去法だよ。紅茶が好きだったわけじゃない」


 そうだと思う。紅茶以外の選択肢を消去していった結果、紅茶を飲んでいただけ。コーヒーは胃が荒れるし、炭酸飲料も苦手だと思っていた。


 ゆきさんは言う。


「メロンソーダを好きだと気づいたきっかけは?」

「……その……私が好きな人がオススメしてる喫茶店に行ったんだ」

「オススメ……雑誌とかに載ってたの?」

「いや……直接聞いた」

「ああ……直接話せるような関係なんだ。もっと、遠いと思ってた」


 ゆきさんは……私がアイドルとかホストに恋してると思ってるよな。この間その説は否定したはずだけれど、あまり信じられていないようだ。


「一応会話はできるよ。呼んだらだいたい来てくれる」

「ふぅん……よくわかんない関係だね。まぁいいや。そんで、その人オススメの喫茶店で、どうしたの?」

「なんとなくメロンソーダを注文したの。ゆきさんが飲んでるのを思い出して……それで、そのときは夜だったから、紅茶とか飲んだら眠れなくなるし」

「なるほど。それでメロンソーダを飲んでみたら……」

「美味しかった」それはもう、こうやってハマるほどに。「今までも……子供の頃に飲んだことあると思うんだけど……本当に当時の同じ飲み物なのかって思うよ。それくらい……美味しかった」

「なるほどねぇ……」ゆきさんは自分のメロンソーダをグラスの中で回して、「気の持ちようによって、味ってのは変わるからね。今の笑美えみの精神状態が、悪くないってことじゃない?」

「そうかも」それから、私は笑って見せる。「法律的には良くないかもしれないけど」

「そうかもね」ゆきさんも笑ってくれる。相変わらず私たちは悪友だ。「まぁ……笑美えみが幸せならいいよ。私の……唯一の友達だし」

「え……?」なんとも意外な言葉が飛び出してきた。「唯一……? 私が?」

「うん」


 即答されても困る。信じられない。なんでゆきさん……友達私以外にいないの? こんなにかわいいのに。


 それに……


「恋敵さんは? その人は友達じゃないの?」


 ゆきさんはとある男性をずっと追いかけている。そしてその男性には恋人がいる。その恋人さんとは、友達じゃないのだろうか。


月影つきかげさん……どうだろう。私は彼女のこと親友だと思ってるけど……向こうはどうなんだろうね」言ってから、ゆきさんは窓の外を見て、「……向こうも私のこと、友達だと思ってくれてるんだろうな……ホント、器がデカくて嫌になるよ」


 ゆきさんの恋敵は月影つきかげさんと言うらしい。少し前にも名前だけ聞いたな。というか月影つきかげって……雪月風花の1人に数えられた美少女じゃないか。


 その月影つきかげさんとやらは……ゆきさんのことを友達だと思っている可能性があるらしい。自分の恋人をストーカーしてるような人物を、友達だと思ってるらしい。

 それはもう器がデカいというより……ただのアホなんじゃなかろうか。月影つきかげさんとやら……もう少しゆきさんのことを警戒しなよ。私が言えたことじゃないけど。


「とにかく……他の友達は、すぐに友達じゃなくなる。ちょっと付き合うと、私に勝手に失望していなくなる。もっと清楚だと思ってたとか、怖いとか、イメージと違ったとか……勝手に難癖つけてくる。私の人格を、そっちが勝手に決めないでほしい」


 イメージと違うというのは私も同意だけれど。だが、人格を勝手に決めないでほしいというのにも同意だ。

 とにかく、ゆきさんに清楚なイメージを持つのはわかる。見た目はお姫様みたいだからな。おしとやかで礼儀正しくて優しくて、犯罪行為やストーカー、執念深さなんてのとは無縁の人物に見える。


 だけど少し接してみれば……危険思考丸出しのヤンデレであることが判明する。その時点で友達離脱する人も多いだろうな。私は別に気にしなかったけど。


「他にも私のことを避けないでくれる人もいたんだけど……その人はお姉ちゃんになりましたとさ」

「……風音かざねふうさん?」


 ゆきさんは風音かざね家に引き取られた養子なので……つまりは友達の家に養子に迎え入れてもらったらしい。年齢的な問題は、ごまかしたと聞いている。どうやってごまかしたのかは、怖くて聞いていない。


「そうそう。あの人も器がデカいから……私のことを受け入れてくれる。彼のことを追いかけ回すのも許してもらえてる」

「……それは許さないほうがいいともうけど……犯罪行為だし」

「じゃあ私は笑美えみを止めないといけないね」

「そりゃそうだ。続けて」


 ぐうの音も出ない。私も犯罪行為をしてるんだった。当たり前すぎて忘れてた。


「ともあれふうは……彼が私に追いかけ回されるのは、彼の自業自得だって言ってるよ。ということで、私は彼を追いかけ回し続けてる」

「自業自得って……」風光明媚の赤星あかほしさんも、彼とやらについてそう述べていたな。「……彼という人は……なにをやらかしたの?」

「いろいろあったのさ。高校時代のことを話すだけでも……そうだね、271437文字くらい語らないといけなくなるかな」やけに具体的な数字だな。「それ以降も……まぁいろいろあったの。でもまぁ一番の罪状は……そうだね。今の現状を楽しんでること」

「た……」なんだかよくわからなくなってきた。「楽しむ?」


 現状を? 恋人がいるところを楽しんでるのはわかるけど……ストーカーがいるのに?


「うん。自分の恋人と一緒にいて……私に追いかけ回される。しかもさらに他の女の子にまで手を出そうとしてて、幼なじみのことも諦められてない。そんな優柔不断でギャルゲーのムカつくタイプの主人公みたいな現状を、彼は楽しんでるから」

「へ、へぇ……」


 奇特な人もいたもんだ。ちょっとばかり私には理解できない。

 でもまぁ……その彼とやらが楽しんでるならいいか。周りの人も理解があるようだし……私が口をだすことじゃないな。私が口を出せることじゃないな。

 ゆきさんも……彼も、月影つきかげさんとやらも大変だな。その辺の人たちの関係は私にはわからない。だから、静観するしかない。


 ……仮に関係者だったとしても、たぶん私は逃げるけれど。ゆきさんとそのライバルさんと、男性を取り合う度胸はない。確実に負ける。取り合ってる男性がみなとさんなら殺してでも奪うけれど。


 とにかく……もう少し会話は続く。

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