第27話 暴走

「本日はありがとうございました」


 というわけで、夢のような3時間が過ぎ去ってしまった。相変わらず世界というのは理不尽で、楽しい時間はすぐに過ぎ去ってしまう。3時間が1時間くらいに感じられた。5時間くらいに感じてくれればよかったのに。


 急ぎ足で、家に帰る。いつもなら疲労感とともに帰宅することが多いのだが、今日はまだやることがある。やらなければならないことがある。やりたいことがある。


 自宅の扉を開けて、そのままノートを引っ張り出す。最近まったく使っていなかったが、買うだけ買ってあった。そして地面に落ちているシャーペンを持って、ノートに気づいたことをなぐり書きしていく。


『待ち合わせの公園から2時間くらいの移動時間』

『免許等を持ってないと仮定すると、電車で2時間』

『おそらく近所にcalmカームという喫茶店がある』

『近くにジムがあったが、閉店した?』


 仕入れられた情報は、これだけ。この情報をもとに、みなとさんの生活圏内を炙り出していく。


「まず……」スマホアプリで地図を開いて、この周辺から2時間で行きつける場所を探す。「それから……calmカーム


 みなとさんの行きつけの喫茶店の名前を入力して、検索する。すると地図上に赤い目印が現れた。

 喫茶店calmカーム……アプリの機能でcalmカームまでの所要時間を調べる。


「1時間11分……」

 

 2時間で、たどり着けるか否か……その辺をみなとさんが完璧に把握してるかは微妙だな。電車の乗り合わせで決まるかもしれない。その場所で飲食できる余裕があるかは置いといて、ともかく2時間でたどり着ける。

 そして……みなとさんがそこまで所要時間を把握していることもないだろう。だいたい1時間から1時間30分くらいでcalmカームに到着すると認識していたとするなら、みなとさんの反応も頷ける。残り2時間という制限時間の中で、たどり着いて飲食できるか迷った理由もわかる。


「……次……次……」


 逸る心を抑えつつ、私はインターネットで検索する。次に調べるのはジムの情報だ。喫茶店calmカーム周辺のジムの情報を調べていく。


 探すのは、少し前に閉店したジム。それも高級なジムではない。そこまで裕福ではない大学受験を目指している社会人でも候補に入るくらいのジム。


 調べれば、すぐに口コミが見つかった。『会員費も安くて快適な空間だったのに残念』『潰れるくらいなら会員費上げても良かったのに』

 割と肯定的な意見が並んでいる。愛されていたトレーニングジムらしいが、不況のあおりを受けて閉店してしまったらしい。


 場所は……calmカームの近くだ。徒歩15分くらいで到着する位置にある。


 ある程度絞り込めた。アプリの地図にみなとさんの生活圏内と思われる円を書く。交通費や移動手段、calmカームの位置やジムの位置。これらを総合すると、おそらく的はずれな推測ではない。


 とはいえ……


「結構広いな……」


 ピンポイントでわかるはずもない。その円の範囲の中にみなとさんがいるかもしれない、というだけの話だ。推測が当たっている確証もない。何十キロと探し回らなければならないだろう。


 しかし……


「行くしかないよね」

 

 他に手がかりはない。他に選択肢はない。もしもみなとさんを手に入れたいと思うのなら、絶対に実行しなければならない。


 やってることは、完全にストーカーだ。犯罪行為だ。倫理的に許されないことだ。ルール違反だ。そんなことはわかっている。


 許してくれとは言わない。報いは受けることになるだろう。それでも……それでも止められない。心が止められない。完全に暴走を始めている。


 みなとさんがいるかもしれない生活圏内を、ひたすら歩き回る。やれることといえばそれだけ。


 それを……みなとさんが見つかるまで繰り返す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る