十三章 受け継がれるもの

 装置の中で眠っていた少年少女に戸惑う皆。雪奈とトーマだけがすべて理解しているといった顔で様子を見守る。


「麗、ぼく達はずぅ~っと昔に作られたからくり人形なんだ」


「それでね、麗のご先祖様がわたし達を大事に扱ってくれていたのよ」


ケイトが言うとケイコも語った。


「からくり人形? 大昔?」


「ふふ。分からないかなぁ? ほら、服で隠れているだけでちゃんと関節があるでしょ」


「あ、本当だ……」


麗が疑問符を浮かべる様子に少女が笑いながら服の袖をまくり見せる。そこにはちゃんと繋ぎの関節がありそれを見た彼女はようやく納得する。


「それでねぇ。今までのご先祖様が人形使いとしてぼく達を受け継いできたんだ」


「だから麗。貴女が今世の人形使いとなるのよ」


「いきなりそんな事を言われても如何したら……」


二人の言葉にいきなりの事で困る彼女にケイトとケイコが微笑む。


「大丈夫。ただお願いするだけで良いんだ。麗のお願いなら何でも聞くよ」


「それから時々油を挿してくれればいいのよ。関節の部分にちょちょんって」


「まぁ、整備は兎も角指示を出すだけで二人は勝手に動いてくれるから大丈夫だよ」


二人の説明にでもと戸惑う麗へと雪奈が助け船を出す。


「そうね、行き成り整備しろっていっても難しいよね」


「それじゃあ、雪奈が代わりにやって麗はそれを見ながら覚えていって」


ケイコがうんうんと頷きながら呟いた言葉にケイトがにこりと笑い話す。


「は、はい」


「僕を巻き込まないでよね」


勢いで返事をしてしまう彼女の背後から雪奈が面倒臭そうに呟く。


「そんなことよりも! 如何して私達がここで眠っていたのかの話をしないと」


「そうだよ。実はこの世界が鬼に支配され始めた頃。麗のご先祖様がぼく達をこの神殿に連れてきてね、ここで時が来るまで眠るようにって言われたんだ」


彼女の呟きが聞こえなかったかのように無視すると二人が説明し始める。


「それでね、その時に言われたのが何百年もの時が経った後に必ず麗奈の生まれ変わりがここにやってきてわたし達を目覚めさせてくれるから」


「そうしたらその人の言う事を聞くようにって。そして鬼退治を手伝うようにってぼく達に言ったんだ」


「私がここに来ることをご先祖様は知っていたってことですか?」


ケイコとケイトの話に麗が驚いて尋ねた。


「麗のご先祖様だけじゃないよ。君達の先祖達だって皆知っていた。必ずこの日が来ることを」


「だからね、わたし達は頼まれたの。麗達のご先祖にこの日が来たら皆に伝えて欲しい言葉があるからって」


「伝えて欲しい言葉って?」


二人の言葉に疑問を抱いた千代が問いかける。


「君達は瑠璃王国の末裔の血を引きそして聖女伝説を生みだしたアオイ達の魂を受け継いで生まれ変わって来た。不安があるかもしれないでも、魂の覚醒は必ず起こる。そうすれば内に眠る力が目覚めて必ず酒呑童子を倒せるだろうって」


「そして、君達は選ぶだろう。この世界の未来を……ってね」


ケイトとケイコが真面目な顔で語り切ると皆の間にざわめきが起こった。


「この世界の未来を選ぶ?」


「確かに力をつけるために金竜と銀竜の指導の下訓練を受ける事にはなったが……」


「今魂の覚醒が起こっているという事ですか?」


訝し気に首をかしげる柳に忍も理解できていないといった顔で呟き、布津彦が問いかける。


「なんかね、アオイ達の魂の記憶が貴方達を助けるんだって」


「だから力の継承をするんだって」


ケイコとケイトもよく分からないけれどと言いたげな顔で話す。


こうして出会ったからくり人形の少年と少女を仲間に加え金竜と銀竜の指導の下魂の覚醒と力の継承を試みる事となった。


「……まぁ、君達にしてみては上出来だったんじゃないの」


「ひど~い。わたし達すんごく頑張ったのにぃ!」


「そうだよ。君に言われた通りに演技したっていうのにぃ!」


誰もが寝静まった夜更け。書庫で本を読んでいた雪奈は唐突にそう声をかけると、部屋の中にやって来たケイコとケイトがふくりと頬を膨らませて抗議する。


「でも、本当に麗は麗奈にそっくりね」


「うん。皆もアオイ達の面影があったし……なんだか懐かしいな」


「俺達は時を越えて巡り会いそしてまた新しい伝説を紡ぐ……ですね」


二人が微笑み懐かしいといいたげに話す言葉に誰かの声がかけられた。


「うぉ! 出たな裏切り者」


「麗達を裏切ったら許さないからね」


「いつまでもそれを引きずるのは止めて下さい。俺はもう二度と裏切ったりなんてしませんよ」


ケイトとケイコの言葉に溜息を吐き出しながらトーマが話す。


「だってねぇ」


「一度崩れた信頼は取り戻せないよね」


「……反省も何もしていなかったら俺は今ここにおりませんよ」


二人が顔を近寄せじっとりとした瞳で彼を見やり言うと、トーマが困った顔で語る。


「まぁ、仕方ないよね。裏切ったのは事実だし」


「貴女まで茶化すのはお止め下さい」


雪奈までもがくすくす笑い言い出したのでからかわれていると理解しながら彼が溜息を吐き出す。


「……千代達酒呑童子と戦えるかな?」


「これから旅は過酷になって行くよね」


声を潜めて話された二人の言葉に一瞬の静寂が訪れる。


「まぁ、雪奈さんがいるので大丈夫でしょう」


「それに、千代達も確実に力をつけている。倒せない相手ではないさ」


信頼しきっているといった感じで語るトーマの言葉に雪奈も短く答える。


そう、ここまで来るまでも大変だった。だけどここからはもっと過酷になる。それが分かっているからこそ今この守られた環境で力をつけるために千代達を導いてきたのだ。


ここで得た経験はきっと彼女達を助けてくれると信じて、四人は道化のごとく演じ続けるだろう。皆を守るために無事にこの旅を終えられるまで真相を隠したままただ導き続けるのである。その先の未来を千代達がどう選ぶのかはそれはまた時に任せるだけであった。


それから翌日。皆が訓練を受けている間、雪奈はいたずらに時を遊ぶのではなく神殿に入り何やらやっているようである。


「……まだ使えるね」


「おや、雪奈さんお出かけですか?」


神殿の最奥に昔施した譜陣を確認しているとトーマに声をかけられた。


「ただ何もしないで過ごすなんてもったいないでしょ。こっちの事は君に任せた」


「分かりました。千代様達のことは俺にお任せください」


二人は軽く会話を交わすと雪奈は譜陣を使いテレポートする。


次に現れたのは毒霧が立ち込める畝。


「……ふむ。ここが毒霧の鬼無羅の納める地か。僕達は大丈夫だけど千代達はこれを吸い込むと危険かな。となるとあれを施しておこう」


雪奈は言うが早いか誰も寄り付かないような毒沼の近くへとやって来ると右手を差し出す。


「……無羅に気付かれない程度に魔力を乗せて、この毒霧の効力を弱める」


そうして宙に浮かぶ緑色の魔法陣が出現すると一瞬で見えなくなる。これで何が変わったのかは彼女以外には分からないが、この譜陣は毒に耐久を与えるようになっておりこれで千代達が毒霧を吸ったとしても無事でいられるようになっている。勿論この辺り一帯に住んでいる人達もこれ以上苦しむことはないだろう。ただ千代達とは違って毎日毒霧を吸いこんでしまっている彼等は毒の症状が良くなることはない。ただこれ以上酷くなることがないと言うだけで体調は何ら変わらないのである。


「ま、後で倒してしまえば問題ない。この辺りに住んでいる人達も解毒薬を飲ませれば助かるだろう」


そう独り言ちると次の目的地へと向けてテレポートした。


「幻影の鬼影鬼……そいつが納める土地は皆見たくもない幻覚を見せられ狂っている。民達を操って僕達を始末しようと考えているだろうし先手を打っておかないとね」


そう呟くとまたまた誰も近づかないような森の奥深くへと入り込み譜陣を施す。


今度の譜陣は幻覚を見て狂い操られてしまった人々の意識を目覚めさせて術が効かなくなるようにしている。これで千代達の姿を見たとしても民達は襲ってくることはないだろう。


「影鬼は思い通りにならないと分かると自ら姿を現してくるはず。そうしたらそこを狙って倒してしまえばいい」


そう呟くとこの地でのやるべきことは終わったとばかりにテレポートして時の神殿へと戻っていった。


「……皆狐につままれたような顔してどうしたの」


「金竜と銀竜の指導の下魂の覚醒を見事果たし力を手に入れたので皆驚いていらっしゃるのですよ」


神殿へと戻って来た彼女が皆の様子を見に行くと呆然と立ち尽くしている姿に小さく声をかける。それに答えたのはトーマだった。


「へー。魂の覚醒が出来たなら良かったじゃん。使える力が増えているはずだからちょっと確認してみようか」


「雪奈……オレは何もしてない」


「冬夜は魂の継承してるわけじゃないからね。それじゃあ君の能力を上げるために特別に訓練に付き合ってあげるよ」


にやりと笑い言う雪奈へと冬夜が自分だけ何もできていないと語る。その言葉に彼女は頷き剣を持って彼だけ連れ出した。


「ねぇ、冬夜。君の目には何が見えているの」


「何って?」


連れ出して来た冬夜へと移動しながら話しかける。その言葉に首を傾げた。


「君には見えているんでしょ。この世界に来る前から見えない世界のお友達がさ」


「……精霊。妖怪。幽霊……オレの目には幼いころからいろんなものが映っていた。その世界は時に美しくそして時に残酷だった」


「……それが君の力だよ。君は見えない世界を見ることが出来る。その力は使い方によっては己を滅ぼすこともあれば、助ける事もある」


雪奈の言葉に淡々とした口調で彼が語るとそちらへと振り向いた彼女はにこりと笑う。


「これが、力になるのか?」


「少なくとも、神々の力を得ている麗と同じくらいには……力の解放試してみる?」


「……それで、皆を守れるならば」


冬夜の疑問に雪奈は答えると尋ねる。それに彼が小さく頷きお願いした。


「それじゃあ、始めようか。冬夜。今から君は見えない世界へと意識を向けるんだ。そうして映っているモノ全てに勝つこと。そうしたら彼等は君に力を与えてくれる」


「……っぅ」


彼女の言葉に瞳を閉ざし再び開くと先ほどまで見えていた世界とは全く違う景色が広がっていて驚く。


「狭間のモノを全て従わらせることそれが出来れば君は欲しかった力を手に入れることが出来る」


「負けたら?」


雪奈の説明に冬夜は冷や汗を流しながら尋ねる。


「その時は僕が助けに入る。だけど君は今まで通り何もできないで薬師として過ごすだけになる」


「……オレは戦いたい。皆と一緒に……力になりたい。だから」


彼女の言葉に彼が言うと決意を込めた瞳で目の前にいるそれらへと向き合った。

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