二章 異世界へようこそ

 鳥のさえずりが聞こえる森の中地面に倒れている少年少女達。


「ねぇ、起きなよ」


「うっ……ぅん」


「さっきの光は何だったんだ?」


一人だけ起きていた雪奈の言葉に千代が小さく声をあげながら起き上る。柳も頭を押さえながら立ち上がった。


「って、あぁっ! 大変、私達あのまま夜を越してしまったんだわ」


「如何しよう……きっとお父さん達心配してる」


目を覚ました千代が覚醒した脳で判断するとさっと顔を青ざめさせる。麗も如何しようといった感じで慌てた。


「おれもお母さんに怒られてしまいます」


「オレなんか父さんと母さんだけじゃなく家族皆に叱られるって」


「貴方は常習犯だものね……はぁ。私は初めて規則やぶりだわ」


顔色を悪くした布津彦が言うと隣で血色の悪くなったサザが喚く。その言葉に胡蝶が言うと盛大に溜息を吐き出した。


「まったく、さっきの変な光のせいだ」


「……」


愚痴る柳の隣に立つ忍は何事か考えこんでいる顔で黙っている。


「オレもパパに怒られるです」


「皆、怒られる?」


「大丈夫。俺が皆の親御さんにきちんと説明しておくから」


ライトも困ったといった感じで言うと、一人だけ状況が分かっていないといった顔で冬夜が呟く。すると風魔が優しく微笑み安心させるように語った。


「……とりあえず外に出よう」


「大体あんたが榊󠄀の森の伝説を調べようとか言わなければこんなことにならなかったんだ!」


淡泊に放たれた雪奈の言葉に彼女を睨みやった柳が怒鳴る。


「柳、まぁ落ち着いて」


「そうですよ。ついてきたのはおれ達なんですから。雪奈さんだけに非があるわけではないですよ」


千代と布津彦が諫めると何も言えなくなった彼が不機嫌そうな顔をしながらも黙った。


それから森の外へと出るとそこに広がる景色を見て雪奈以外の皆が目を見開き呆気にとられる。


「え? どうして何もないの」


「町は……どこに消えてしまったですか?」


ようやく声を出すことが出来た千代の言葉に続けてライトも尋ねる。


「お待ちしておりましたよ。……貴女が……貴女方がこの世界へと来る日を」


「誰だ!」


男の声が聞こえてくると警戒した忍が身構える。


「お初にお目にかかります。俺はトーマ。……瑠璃王国の姫の血を引きし神子様と腕輪を持ちし者の血を引きし聖女様。そして英雄達の血を引きし皆様が来る日をずっと待っておりました」


「瑠璃王国?」


「腕輪を持ちし者?」


「英雄って?」


トーマと名乗った右目に眼帯を付けた男の言葉に千代が困惑した顔で呟くと、麗も布津彦も首をかしげた。


「ここは貴女方がいた世界とは違う異世界。貴女方は榊󠄀の森よりこの世界へと転移してきてしまったのです」


「そんな……もう一度榊󠄀の森に入れば元の世界に戻れますか?」


彼の言葉に千代が顔を青ざめ問いかける。


「残念ながら異世界に繫がる道は閉ざされてしまいました。こちらから戻ることはできません」


「家に帰れないのですか?」


「そんな……」


トーマが溜息を吐き出し申し訳なさそうな顔で答えた。その言葉に麗と胡蝶が顔を青ざめ震える。


「どうしても元の世界に戻りたいというのであれば、戻れる方法は御座います。ですが、今この世界は突然現れた鬼によって荒らされ、混沌とした世界となっております。どうしても戻りたいのであれば鬼を倒さねばなりません」


「勝手なこと言いやがって。そんな化物と戦えるわけないだろう」


彼の説明に柳が食らいつく。


「この世界は皆様がいた世界と違って平和ではありません。俺が保護しなくては皆様は生きてはいけないでしょう。先ほど話した通りこの世界は鬼の脅威により侵されている世界です。皆様が鬼と出会った時、なすすべなく殺されてしまうでしょう。生き残りたければ武器を手に取らなくてはならないのです。俺が皆様に稽古をつけて差し上げます。元の世界に戻りたいのであれば、俺についてきた方がよろしいかと思いますよ」


「分かりました。トーマさん元の世界に帰れるまでよろしくお願いします」


トーマの言葉に思考を巡らせていた千代が笑顔でお願いする。


「千代。そんな簡単に返事するな!」


「そうだ。この男の思惑かもしれないだろう」


その言葉に柳と忍が待てといいたげに叫ぶ。


「だって、ここは私達のいた世界とは違う異世界なのよ。今ここでトーマさんに助けてもらわなかったら私達はその鬼って奴に殺されちゃうかもしれない。皆で無事に元の世界に帰るためにはトーマさんを頼るしかないのよ」


「俺も、千代の言葉に賛成だな。ここはトーマさんの言う事が正しいと思う。俺達は鬼とやらに出会ったとしても渡り合えるすべを持っていないのだから」


彼女の言葉に真っ先に大人の判断を下した風魔が語る。


「おれも千代先輩の考えに賛成です。今ここでトーマさんの手を取らなければ、おれ達は元の世界へ帰る方法も、ここがどこかも分からないまま命を落としてしまう可能性があります」


「そうだな。トーマってやつはいけ好かないけど、助けてくれるっていう奴の手を振り払うのは得策ではないぜ」


布津彦が言うとサザも話す。皆の言葉に二人もついに折れて押し黙った。


「話はまとまったようですね。では今から皆さんに武器の扱い方についてお教えいたします」


「僕も君に稽古をつけてもらおうかな」


「御冗談を……貴女ほどの武人を鍛え上げられるほど俺の腕は凄くありませんよ」


話がまとまるのを待っていたトーマが微笑み語るとそこに意地悪く笑って雪奈は言う。


その言葉に彼が盛大に溜息を吐き出し困った顔で答えた。


「雪奈、この人と知り合いなの?」


「さぁ、如何だろうね」


「ふふ。古より深~い関係ですよ。とだけ伝えておきます」


千代の言葉に彼女ははぐらかす。すると今度はトーマが意地悪く微笑み答える。


「それをいうなら冬夜以外皆深~い関係になるけど」


「おや、言われてみればそうでしたね」


「もう、二人して私達をからかって遊んでるわね。もういいわよ」


くつくつと笑い合う二人の様子にからかわれたと思った彼女が頬を膨らませ怒った。


それから雪奈以外の皆が武器の扱い方を教わっている間、彼女はそれを横目に映しながら混沌とした世界を眺める。


「……鬼の影響か嫌な空気が漂ってるね。千代達はまだ奴等と互角に渡り合う力は持っていない。僕とトーマで最初はサポートしないといけないね」


そう結論付けると稽古をする皆の方へと視線を映した。


武器の扱い方をある程度教わった皆は絶対にいつも持ち歩くようにと言われて稽古を終える。


「さて、そろそろ移動しましょう。何時までもここに留まっていては鬼に目を付けられてしまいますから」


「言ってる側から何か来るよ」


トーマの言葉に雪奈は草むらの先を見据えてナイフを構える。


「あれが鬼?」


「小鬼です。鬼の中でもまぁ、下っ端ですが丁度いい。皆さんの実力がどの程度なのかを知るいい機会です。さあ、やってきますよ。皆さん武器を構えて」


千代の言葉に彼が言うとチャクラムを構えた。皆もいきなり現れた異形の存在に動揺しながらも武器を手にする。


「僕とトーマでサポートするから、皆は慌てずにできる範囲の事で攻撃すればいい」


「わ、分った」


雪奈の言葉に千代が頷くと矢を引き絞った。


「はっ……今です続けて攻撃して下さい」


「えい」


「はっ」


トーマの言葉に矢を番えていた彼女が放つ。しかしそれはまったく見当違いな所へと飛び落ちる。その様子に忍が動き刀で小鬼にダメージを与えた。


「流石剣道部。でも、剣道の型では相手に致命傷を与えられないよ。……はっ」


余りダメージを与えられず小鬼が攻撃しようとしてきたところで雪奈は相手を斬りつけ足止めさせる。


「何か分かんないけどやればいいんだろう。やっ」


「この剣に命をかける……えい」


柳が言うと長剣を構えて斬りつけた。しかし傷は浅くあまり効いていない様子。


そこに剣を持った布津彦が先ほど教わった事を思い出しながら武器を振った。


「これでも食らえ」


「私だって……えい」


立て続けに攻撃した方がいいと判断したサザがナイフを放るとブーメラン型のそれは相手に当たり手元へと戻ってくる。そこに先端が刃となっている扇で胡蝶が追撃するがそれは小鬼の腕を掠めただけに留まった。


「オレはナイトでーす。ナイトは剣の扱い上手。やれます」


「俺も、生徒を護るのが教師の役目。いくよ」


騎士だと言い聞かせながらライトが剣を振うと風魔も刀を振りかぶり相手を切り裂く。


「これを……こう動かす。うん、わかった。……はっ」


「わ、私も何か……」


独り言をブツブツ呟いていた冬夜が槍で相手を貫く。そこに一人だけ武器を持たせてもらえなかった麗が慌てて何か扱える物はないかと探す。


「麗は下がってて。君はまだ腕輪を扱えない」


「は、はい?」


雪奈の言葉の意味が分からずに首を傾げた。


その後も皆の戦闘能力を見極めるまで小鬼を遊ばせていた雪奈とトーマがそろそろいいだろうと目線で合図し止めを刺す。


「皆さん初めての戦闘にしてはなかなか良かったですよ。ですが、胡蝶さんと冬夜さんは武器はあまり持たない方がよさそうです。お二人には何か他の役目をお願いしましょう」


トーマの言葉により胡蝶と冬夜の武器は回収され、二人には後日薬師と料理係の役目が与えられた。


それから胡蝶には雪奈の指導の下こっそりと魅了の術の手ほどきが成される。これが後に役に立つ事となるのだが、今はまだ必要がなさそうであった。

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