怪物の夢
朱珠
第1話
「そのボタンを押せば地下の人間は解放される」
言われるがままにボタンを押した。僕はこの人に造られたから、理由はそれだけで良かった。この人が正義だと疑わなかったから。
押した途端にカメラに映った人達が悶えはじめ、白目を剥いて倒れていく。解放する為のボタンではなく、毒ガスを放射するボタンだったのだ。
「本当に従順だな、君は。実験は成功だ!」
カッとなって僕は彼を殴り付けた。彼は壁まで吹き飛んで血を吐いて倒れた。
実験なんかの為にあれだけの人を犠牲にしたことが許せなかった。
まだ生きている人がいるかもしれない。この手で助けられる人がいるかもしれない。その一心で地下室へと向かったがたった一人として生きているものはいなかった。
決して従順なんかではない。何も疑わなかったのはただ僕が馬鹿なだけだ。
思考を放棄するその愚かさが大勢の人を死なせた。
そして毒ガスは今も尚放射され続けている。致死量のガスが僕を襲った。
僕はある日目を覚ました。周りには骨があった。そうだ、僕はボタンを押してたくさんの人を殺した。
転がっている骨を拾い上げて涙を流した。僕はあのとき助けようと思ってボタンを押したんじゃない。ただ、僕の中で絶対的だったあの科学者の言う通りに動いただけの道具だった。
今度は人を助けられるように。殺してしまった人よりたくさんの人を幸せにできるようにしよう。
そして普通の人間と同じような生活をして、生きていてもいいんだって思えるようになれたらいいな。
でも僕はすぐに後悔した。腕だって足だって継ぎ接ぎだらけで、こんな身体じゃ人を怖がらせるだけだったんだ。助けようとした人は僕に感謝ではなく畏怖を覚えて去っていく。
僕は怪物だから、何人も人を殺したから、人が僕を怖がるのは当然だ。
フランケンシュタインの怪物を模して作られた怪物が僕だそうだ。
フランケンシュタインの怪物の話を知ったとき僕は涙を流した。
それに模して作られた僕もまた怪物で、同じ末路を辿るのだろうかと悲しくなったのもあった。でも本当に辛かったのは自分以外にそんな怪物が生まれてしまったことが可哀想だったから泣いたのだ。
僕にも人間らしい感情があったことが嬉しかった。少しでも人間に近付けた気がしたから。
一人で泣いている僕を見て小さな子供が頭を撫でてくれた。誰もが怖がる継ぎ接ぎだらけの僕を見て、慰めようと頭を撫でてくれたのだ。
この瞬間の為だけに僕は生まれてきたように感じるほど嬉しかった。
あるときその子が一人で泣いているところを見かけた。なんとかしてあやそうとして抱き上げたところを勘違いされて村の人達に捕まった。
「なんで連れてくの? なにもしてないよ」
僕を庇ってくれた子供の言葉は、子供には分からぬことだと否定された。僕も冤罪だとは言わなかった。きっと僕の言葉も信用して貰えないから。ならばその罪も受け入れようと思った。それが贖いになると思ったから。
「化け物が我々と暮らすこと自体おかしなことだったんだ」
「出ていけよ化け物」
そんな罵倒、とっくに慣れたはずだったのに涙がこぼれる。
やっと、やっと居場所を見つけたと思ったのに。僕は、ただあの子を泣き止ませたかっただけなのに。
一度ずれたらもう戻れないものを『普通』、と呼ぶのはずるいじゃないですか。生まれついて『普通』じゃない僕はどうしたらいいんですか。
家族の元に生まれて、友達を作って、誰かを愛して、死んでいく。
『普通』の道を歩んで死んだ大人が、『普通の
乗れない列車を眺めながら無人の駅で涙を流せばいいんですか?
それとも走って列車を追いかければ許されますか?
『普通』ではなくなってしまった僕は、どうやって生きていけばいいんでしょうか。
一瞬目の前が真っ白になった。気付くと目の前の男を殴り飛ばしていた。
目の前で血を吐く男を見て理解した。
「死んだ……?」
「パパ……? パパ……っ死んじゃやだよ」
違う。これは違う。僕は君に笑って欲しかっただけなんだ。
決して君のお父さんを殺すつもりじゃ……。
「なんでパパを殺したの!? そんな奴……」
やめろ! やめてくれ! 聞きたくない……っ!
僕は紛れもない怪物だ。理性のない化け物だ。こんな簡単に人を殺すやつは……。
「いなくなっちゃえばいいのに」
最近なんだか怖いのです。僕自身が、僕を取り巻く環境が恐ろしいんです。
それはそれは心が破れそうなくらい耐え難いんです。
みんなが僕に見せる感情は畏怖から怒りへと変わりました。
僕は言葉だってちゃんと伝えられないし、怒らせてばかりです。
他人よりも力の使い方は下手だし、すぐ感情的になるし、周りの人と上手く馴染めないんです。
ねぇだれか、僕の手をとって引っ張りあげてくれませんか。
覚えることは苦手です。何度やっても要領が悪くて覚えられないんです。
怒らないでください。悲しまないでください。そんなつもりじゃないんです。
これでも頑張って生きてるんです。継ぎ接ぎのこころで。
与えてください。愛してください。僕は赦されたいだけなのです。
もう二度とあんな間違いは起こさないから。
こんな見た目で、こんなこころで愛を乞うこと自体が許されないことなんでしょうか。どれだけ傷付けても死なない僕をみんなは恐れてしまうでしょうか。
それとも都合の良いサンドバッグだと石を投げ続けるでしょうか。
僕が怖いのなら腕や足を縄で縛ってくれても構いません。
それで納得して貰えるのなら幾らでもしてください。
痛みはその数だけ僕の罪を贖っていくように感じるのです。
流れる血が僕の罪を洗い流す気がするのです。
こんな醜い姿だってきっと神様が与えた罰なんだと思えば受け入れられるんです。生まれてきてごめんなさい。怒らせてごめんなさい。奪ってしまってごめんなさい。
「痛っ……」
…………。
「痛い……」
…………。
「……」
………………。
際限なく石は僕の身体を傷付けて、とうとう僕は動かなくなった。
神様、御満足なされましたか?
怪物の夢 朱珠 @syushu
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