2.開始

 結城ゆうき直人なおとはノートを読み終えると、深いため息をついた。ノートの表紙には『七海』と書かれていた。ボールペンを使った女性特有の細い文字だ。ノートの中と同様の字体だった。


 結城は椅子から立ち上がると、教授室の隅にあるホワイトボードを引っ張ってきた。


 机の上の名刺をチラリと一瞥いちべつする。眼の前に座っている女性がさっき差し出した名刺だ。


 『S女子大 英文科教授 生活指導主任 八城やしろあかね』とある。


 今日、いきなり電話して結城を訪ねてきた初対面の女性だ。結城は八城に聞いた。


 「八城先生。それで、どうして僕のところへ?」


 八城の神経質そうな眼が大きく開かれた。40過ぎだろう。くたびれた声がした。


 「結城先生は若くして物理学の権威で、T大の教授でいらっしゃいます。こういう事件は、科学者の先生にお伺いするのが一番よいと思いまして・・それに、先生は物理学で古代キリスト教を研究することをご専門となさっているでしょう。今度の事件が全て13日の金曜日に起こっていて、さらに13日の金曜日に関しては、そのノートにも書かれていますし・・それで先生がお詳しいかと・・」


 そう言うと、八城は結城の手の中のノートを指さした。


 結城はホワイトボードに付属している黒のマーカーを手に取った。まずは、今までの話を整理しておきたかった。

 

 「八城先生。では、今までの話を整理させてください」


 結城は机の上のメモを手に取って、先ほどの八城の話をホワイトボードに箇条書きに書き始めた。


 ①2年前の13日の金曜日に、S女子大の学生寮『清心寮』が焼失。3人の女子寮生(山口七海、佐倉綾乃、今野遥香)が死亡。原因は今野遥香の焼身自殺。


 ②そのとき、S女子大では、焼失した清心寮と全く同じ構造の女子寮の『純心寮』を隣に建設中だった。純心寮は火災の延焼を免れ、去年完成。


 ③今年になって、13日の金曜日に純心寮の女子寮生が立て続けに2人行方不明になった。どちらも部屋で友達と話していて、2階のトイレに立って、そのまま戻ってこなかった。服装は普段着で財布やスマホなどは全て部屋に置いてあった。


 ④警察は寮から家出したとみている。事件ではないので本腰を入れていない。警察は二つの家出には関連性はないと判断。


 ⑤昨日(11日水曜)、八城教授の教授室の机の上に、このノートが置かれていた。誰が置いたのかは不明。八城教授はノートを警察に持って行ったが、誰かのいたずらと言われて、相手にしてもらえなかった。

 

 ⑥本日(12日木曜)、八城教授が結城を訪問。


 ここまで書くと、結城は八城に声を掛けた。


 「八城先生。これで間違いはないですか?」


 「はい。間違いはありません。それで、私、今日、結城先生のところへご相談しようと・・失礼を顧みず、お邪魔した次第なんです。明日は13日の金曜日でしょう。また、誰か女子寮生がいなくなったら・・私は生活指導の主任なので、そう思うと、いてもたってもいられなくなって・・」

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