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「嘘を嘘で塗り固めるとすぐにボロが出る。だから嘘は最小限にして、周囲は真実で埋めるほうがいい。柚ちゃんが今回採用したのは、まさにその戦略だった。つまりお店で食べ物を買って、友達の食事に付き合ったってのは本当」

「だったら隠す意味が分かりませんけど」

 伴瀬姉妹が黙り込んでしまったので、やむなく私が尋ねる。質問を予期していたように琉夏さんが頷き、

「まあ、今の段階ではそうかも。ひとまず続けるね。柚ちゃんが買ったのは、ハンバーガーでも焼き鳥でもソフトクリームでもなくて、肉とか魚。料理をするときは商店街のお店で仕入れてるって言ってたよね。咎められることは当然なかったし、もしかしたらサーヴィスもしてもらえたかもしれない」

「なんでわざわざ? どこかで料理したってことですか?」

「いや、新鮮な生肉の状態で持ってったんだと思う。行き先はそう――たぶん学校の近くの雑木林あたりだろうね。柚ちゃんの靴をしっかり確かめれば特定できるかも。まだ土が付いたままだからね」

 この家に上がる際、琉夏さんがやたら丁寧に自分のローファーを揃えていたことを思い出した。あれは柚ちゃんのスニーカーを観察するための行動だったのだ。

「今のうちに言っておくと、彼女は買ったものを口にはしていないはず。よって食べこぼしもしようがない。話が嘘だなって気付くきっかけになったのは、お菓子の食べ方だったんだよね。凄く上品に、綺麗に食べてたじゃん。ああ、これは派手な食べこぼしなんかしそうにないなって」

 まさかこれを見越してお菓子を用意していたのだろうか。単に食べたかっただけ、でこうも上手く役立ってくれるとは思えない。

 私はちらりと琉夏さんに視線をやって、

「仮に食べこぼしだったとしても、隠蔽が目的ならコートだけを汚せばいい。靴まで汚す必要はない、か。登下校や体育の授業、お店への寄り道だけじゃ、靴は泥まみれにはなりませんもんね。自分の手で汚したのでなければ、どこか土の上を歩き回ったってことになる」

「うん。それもかなり執拗に。ここからは時間を遡って話そうか。二週間前、柚ちゃんは小さな友達を見つけた。雑木林が住処。きっとその子はとっても痩せてて、気の毒に思ったんだろうね。家に連れて帰ろうとも考えたけど、できない理由があった。ハムスターの風太郎がすでにいたから」

 あ、と声が洩れた。「つまり友達って、猫?」

 柚ちゃんがはっと顔を上げる。まずは驚きがその顔に浮かび、続いてより複雑な表情へと変じた。そのさまを確認した琉夏さんは重々しく頷いて、

「だから柚ちゃんは、馴染みのお店で肉や魚を手に入れてきて与えることにした。決まった時間に外出していたのは、それが猫の食事の時間だったから。毎日やってくる柚ちゃんに猫は懐いて、一緒に楽しい時間を過ごした。誰かがご飯を食べるのを見るのが好きな柚ちゃんは、きっとすごく嬉しかったはず。でも二週間経って、その子がいなくなった」

 少女の顔が曇る。正座した膝の上で、両の掌をぎゅっと握りしめている。

「柚ちゃんは必死に猫を探した。靴も上着も泥だらけになるまでね。お姉ちゃんに助けてもらおうかって、何度も考えたはず。でもそうしなかった。理由はそう、お姉ちゃんのアレルギー体質を知っていたから。下手に雑木林なんかに入ったら、くしゃみ鼻水で大変なことになるかもしれない。どんな目に遭ったって自分を助けてくれる、優しいお姉ちゃんだって分かってたからこそ、本当のことが言えなかった」

 きっとそうなのだろうと思った。ずっと妹を案じつづけていたから、伴瀬さんもまた私たちのもとへ相談に訪れたのである。年齢の離れた、ともに不器用で生真面目なふたりであるがゆえの、小さなすれ違いだったのだ。

「けっきょく猫を見つけることはできないまま、柚ちゃんは家に帰った。泥んこになった妹を見て、伴瀬さんはひどくびっくりした。危険な事態に巻き込まれたんじゃないかって心配した。ここでも柚ちゃんのお姉ちゃんを守ろうとする気持ちが、逆に作用しちゃったことになるね」

「葉っぱや花粉が付いてるかもしれない上着を、すぐには渡せなかったんですね。そして皮肉なことに、反発されたって感じた伴瀬さんは、ますます疑念を強めてしまった。いや、でも待てよ」ここで私は腕組みし、「服に付いたごみって普通、払い落としてから家に入りませんか? 柚ちゃんの性格なら、きっちり丁寧にやりそうですけど」

「そこにも理由があるんだよ。皐月、ちょっとコート借して」

 首を傾げつつ立ち上がり、壁際に掛けてあった自分のピーコートを回収する。琉夏さんはそれを受け取り、

「冬用のコートってのは表がもこもこで、いろんなものが付着しやすい。皐月のこれには毛玉が目立ってるね。毛玉って白っぽいから、やたら浮いて見える」

 事実ではあるのだが、なんだか悪口を言われたような気分になった。「だからなんですか? 私のコートがみすぼらしいことが、今回の推理に関係あるんですか?」

「大いにある。柚ちゃんのダッフルコートも同じ紺色だからね」琉夏さんは表地を指先で撫でるようにしながら、「おそらくどこかのタイミングで気付いたんじゃないかな。コートに残った猫の毛に」

 ここまで頑なに沈黙を維持してきた柚ちゃんが、遂にして嗚咽を洩らしはじめた。「白と茶色で――長さも同じくらいで――これロイのだってすぐ分かったから――私」

 泣きじゃくる彼女に向け、琉夏さんは穏やかな口調で、

「ロイってのは猫の名前だね。いなくなったその子の置き土産、再会の約束の品って言ったほうがいいかな。とにかく柚ちゃんにとって、猫の毛は絶対に失いたくないものだった。だから汚れたままのコートを部屋に持ち込んで、一本ずつ集めようとしたんだね」

「はい」

 柚、柚、と伴瀬さんが妹の名を呼ぶ。がばりとその腕に縋りついた柚ちゃんが、途切れ途切れに、「ごめんなさい、お姉ちゃん。泣いて――ごめんなさい」

「謝るのは私だって。ぜんぜん気付いてあげられなくて、力になれなくて。それどころか疑ったりして――」

 琉夏さんがそっと私の肩を叩き、部屋の隅へと導いた。伴瀬さんに身を寄せた柚ちゃんが泣き終わるまで、私たちはなにも言わずに待っていた。

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