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錠剤を嚥下してしばらくすると、伴瀬さんは落ち着きを取り戻した。なかなかに大変な体質らしく、一年じゅうなんらかの花粉に悩まされているそうだ。
「ご迷惑でしょうが、話を聞いていただきたくて」
「内容によるかな。テストの過去問を寄越せとか、進路指導してくれとかだったら、余所でやってほしいね」
「部長。伴瀬さんはそういうの、自分できっちりやれる人ですよ」
「だったらなに、誰それに付き合ってる相手がいるか調べろとか? 残念だけどそれも専門外」
私は深く吐息し、「絶対違いますって。真面目に聞いてあげてくださいよ。どうせ暇なんだから」
「暇だとしても、時間の使い方は私の自由なんだよね。たとえばだけど、校長の訓辞を聞かされるくらいなら、蜈蚣の脱皮の観察でもしてたほうが有益でしょ? ねえ伴瀬さん」
なんと言おうか、端的にどうしようもない女である。私はパイプ椅子に腰掛けた伴瀬さんに向き直り、「本当にこの人に相談したい?」
「うん、ぜひとも。なにかしらの手掛かりが得られるなら。もちろんお礼はする」
よほど琉夏さんの能力を買っているのか、でなければ相当に切羽詰まっているのか。「じゃあ、とりあえず話してみて。協力したくないとかふざけたこと言いだしたら、私が説得するから」
彼女は頷き、「はい。相談というのは妹のことなんです。名前は伴瀬柚。杠葉小の三年生です。最近その――ちょっとおかしいというか、不思議なことがあって。うちって両親が共働きなので、夜まで姉妹でふたりきりなんですけど、二週間前くらいからかな、妹が夕方に外出するようになったんです」
「それは伴瀬さんに黙って?」と琉夏さん。「こっそり抜け出してく感じだったのかな」
「いえ、遊びに行くと言って。それだけなら私もまったく気にしなかったんですけど、異変があったのが一昨日のことです。服を滅茶苦茶に汚して帰ってきたんです」
「泥んこになってた?」
「はい。で、いよいよ変だなって思ったのがここからなんです。クリーニング出しとくから貸してって言ったら、あの子、強く口調で駄目だって答えたんです。それで汚したままの上着を抱えて部屋に閉じ籠っちゃって。さすがに心配になって、喧嘩でもしたのって訊いたんですけど、それは違う、と。身内贔屓に聞こえるでしょうけど、思いやりがあって優しい子です。少なくとも泥まみれで喧嘩するようなタイプではない」
琉夏さんは複雑な表情で、「今までに、お姉さんやご両親に嘘を吐いたことは?」
「記憶する限り、ないです。家族に心配かけるようなことはしてないって、本人は言い張ってます。詳しく聞き出そうとしても、お姉ちゃんには迷惑かけたくないって。私としても妹のことは信じてあげたいんですけど、やっぱり気になってしまって、こうして相談に」
俯きがちな伴瀬さんに、私は深く同情した。「それは心配しちゃうよね。部長、なにか気付きました?」
「その前に質問いくつか。妹さん、柚ちゃんか。彼女が出掛ける時間に規則性はあった?」
「だいたい、毎日四時半頃です。夕食は六時なんですけど、それまでには必ず帰ってきてました。服を汚した日も、それ以前も、行動時間は同じでした」
「どういう格好で出てってた?」
「ただ普段着にダッフルコートを羽織って、という感じだったかと。いつも手ぶらでした」
「で、汚した服はけっきょくどうなったの?」
「昨日になって、やっと渡してもらえました。いちおう観察してみたんですが、ただ泥が付いているだけでした。怪我をした様子ではなかったです」
少し安堵した。琉夏さんも同様だったようで、「よかった。その出来事以来、柚ちゃんはどうしてる? なにか雰囲気が変わったりはしてない?」
伴瀬さんは宙を眺めて、「あの子、あんまり感情を表に出さないっていうか、歳もちょっと離れてるので、なかなか考えが掴みにくいところがあるんです。仲が悪いわけではないんですが。だから正直、これといって説明できることはなくて。すみません」
琉夏さんはしばし目を瞑って考え込んでいたが、ややあって意を決したように、
「本人に会って話がしたい。できる?」
この唐突な申し出に、伴瀬さんは少し困惑したらしく、
「柚とですか。もう家にはいるはずなので、大丈夫だとは思いますけど」
「無理にほじくり返すような真似はしないって約束する。お姉ちゃんの友達が家に遊びに来た、ついでに軽く挨拶、程度でいい」
「――分かりました。じゃあご案内します」
こうした次第で三人で連れ立ち、伴瀬さんの自宅へと向かう運びとなった。徒歩で十分ほどの距離で、学校の近くにある商店街を抜けた先だという。
「柚ちゃん、趣味は?」
道すがら、ふと思い付いて尋ねてみる。伴瀬さんは微笑みながら、
「料理。ずいぶん凝ってるみたいで、私なんかより遥かに腕前は上。もしかしたらお母さんより上かもしれない。食材はちょうど、このへんの店で仕入れるんだよ」
なるほど商店街には、個人経営らしい小規模な精肉店や鮮魚店がいくつか立ち並んでいる。あまりにも頻繁に利用するので、たいがいの店で顔馴染みになっており、また小学生のお使いということもあって、かなりサーヴィスをしてもらえているらしい。
「あの子、作りたがりなんだよね。休みの日なんか、かなり気合入れててさ。人がご飯食べてるところを見るのが好きなんだって」
「偉すぎるな」と琉夏さんが感想を洩らす。「自立してるというか。生活のことが自分でできて、そのうえ創造的で。私がやってるのはしょせん生命活動の維持で、生活じゃないからね」
この人が素直に誰かを褒めるのは珍しい。基本的に自分本位で、誰かを喜ばせようとか、思いやろうとかいった意思が希薄なタイプなのである。だから彼女の次なる言葉は、私をさらに驚かせた。
「なにか買ってってあげようか、お菓子とか」
「そんな、気にしないでください」と伴瀬さんも恐縮している。「わざわざ家まで来ていただくだけでも申し訳ないのに――」
「必要なんだよ。糖分が足りないと頭も働かないからね。ほら、そこにちょうどいい塩梅の店が」
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