XTC

コラム

***

私は大学生時代の友人たちと居酒屋に入った。


数年ぶりに会ったということもあり、店に入る前から誰もが笑顔で互いの近況を伝えあっている。


最近どう?


へぇ、こないだLINEでいってた人と付き合ったんだ。


まだ実家暮らしかよ。


相変わらずだな、おまえは。


意味もなく、当たり障りのない会話ばかりだが、それでもなんだか楽しい気分になってくる。


だが、楽しい話題ばかりでもない。


乾杯の後――。


アルコールの影響もあってか、会社の愚痴や配偶者がいる人は旦那や嫁のことを悪く言い始めた。


皆、社会人や家庭を持ったせいもあるのだろう。


日頃口にできない不満を爆発させている。


「ハハハ。大変だね、皆」


私は笑みを浮かべながらも、皆の言葉を聞き流していた。


せっかくこうやって会えたのに、早くも悪口大会かと内心で怪訝に思いながら。


こういう誰も人の話をろくに聞いていないのに、苛立ちだけで繋がっている感じが苦手だ。


わかるわかると言いながら、次の瞬間には自分の正義を主張している。


楽しかったのは最初だけだった。


私も皆に合わせて、普段の苛立ちを吐き出せば楽しくなるかもしれないが。


あくまでかもしれないであって(私は悪口が好きではない)、久しぶりに会った友人と話したいことではない。


「そういえばさ。あの美人の奥さんもらったお笑い芸人」


「ああ、浮気してたんでしょ。マジで最悪だよね」


個人的な愚痴から今度は芸能人の不倫に怒り始める。


どうでもいいじゃないかと言いたくなるが、男女問わず先輩も後輩も眉間に皺を寄せて盛り上がっているので、そんな水を差すような真似はできなかった。


私の特技である「ハハハ」と乾いた笑みを浮かべることくらいしかできない。


そんな私を置き去りにして話題はSNSの不謹慎な発言や差別発言へと変わり、皆は怒りに身を焦がしていた。


自分の意見を素直に言えることはいいと思う。


私には大人になった今でもできないことだ。


それでもこう長時間ヘイトな話題が続くと、意見というよりは叩くことが目的になっている気がしてくる。


口にしている言葉も根拠が乏しく、論理が破綻しているものばかりで意見というよりは八つ当たりに聞こえる。


酒ではなく、自分たちが正義であるという立場に酔っている。


「ちょっと見てよ、これ。こないだプロゲーマーが問題になって、今度はYouTuberがふざけたこと言ったみたいだよ」


「ああ、それね。あたし嫌いなんだよね、そいつ。顔が嫌い。もう、そういうヤツらはみんな死ねばいいのに」


「結局うちらみたいな人間が損するんだよね。ああッ! そう思ったらまたムカついてきた!」


皆、元からこういうところがあったタイプの人間だったが、たかが数年の社会人生活でここまで変わってしまったのか。


一緒にバンドをやったり映画を観たりと、合宿で将来のことを語り合った友人たちはもう目の前にはいなかった。


彼ら彼女らは悪口に溺れるジャンキーになってしまっていた。


そんなことはSNSでやってくれ。


顔も名前も知らない人たちと楽しんでくれ。


自分たちの快楽に巻き込まないでくれ。


「あれ? ちょっとどこ行くんだよ?」


「まだ始まったばっかじゃん。時間だってぜんぜん――」


「ごめん、今日はもう帰るよ。じゃあね」


引き留める声を無視して、私は居酒屋を後にした。


それから運よくタクシーが通りかかったので、それに手を振って乗り込む。


きっと友人たちは今頃私の悪口を言っているだろう。


しかし、そんなことはもうどうでもいい。


彼ら彼女らとは、もう二度と顔を合わせることもないんだから。


私は友人の愚痴になら付き合えるが、正義中毒者になんてなりたくないんだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

XTC コラム @oto_no_oto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ