02

それからハトさんは、どうして自分が空から落ちてきたのかを説明をし始めた。


なんでも雲の上にはタカくん呼ばれる者がおり、そいつに負けてしまったからだと。


「あのさ。一応聞いておきたいんだけど」


「はい。なんでしょうか、羽間はざまさん」


「そのタカくんって、あのたかのことだよね?」


「そうですよ。トム·ソーヤやハックルベリーとは違って、誰でも知っているタカ目タカ科に属する鳥です。ニックネームや二つ名のたぐいではありません」


「やっぱそうなんだ……。ハトさんとタカくんねぇ……」


乾いた笑みを浮かべている羽間を見ると、ハトさんはコホンと咳ばらいをして話を続けた。


タカくんは何においてもグイグイと攻める積極性があり、多少の失敗にはへこたれない性格をしていたが。


情熱的な強硬派の一方でいながら強者に決して逆らわないタイプで、上の立場の人には弱腰になってしまう面があると言う。


しかし、そういう性格の弊害で雲の上に引きこもってしまい、ついには世界中の人間に自分の味わった悪意を振り撒くのだと言いだし始めたようだ。


「わたしはそんな彼のことを止めようとしたのですが、結果は羽間さんの想像している通りです……」


話を聞いた羽間は、なぜハトさんが空から落ちてきたかをようやく理解した。


どうやらこのはとは、世界に良くないことをしようとしているたかを止めようとして失敗したようだ。


しかし、わからないことも多い。


一体どうして鳩が人間の言葉を喋れるのか。


どうやって鷹が世界中に悪意を振り撒くのか。


他にも現実では考えられないことばかりだが、実際に鳩が自分の目の前で事の顛末を伝えているのだから信じるしかない。


「話はわかったけど、お願いと言われても俺なんかにできることなんかあるの?」


一通りの説明が終わると、今度は羽間のほうから話し出した。


タカくんが何か世界に良くないことをしようとしているのは理解した。


ハトさんがそれを止めようとしていることもわかった。


だが、自分のような空も飛べない人間にお願いがあると言われても、いまいちピンとこない。


「それに、この部屋や水道水しか出せないことからわかる通り。俺は貧乏で今年で42歳だっていうのにフリーターで、親との仲は最悪で恋人も友だちもいないし……」


羽間には社会的地位がなかった。


特別に偉い役職に就いていないのはもちろんで、まともな仕事にも就いておらず、何かしらのコミュニティにも属していないと言う。


職も金もなく、社会的な地位もなく、いわゆる底辺の人間である。


これまでの話とは関係があるように思えなかったが、それでもハトさんは嫌な顔をすることなく、羽間の話に耳を傾けていた。


「なんでだろう……。こんなふうに自分のこと話したのって初めてな気がするよ。ハトさんが人間じゃないからかな。って、失礼だよね、ごめん。こういうところがダメだよな、俺って……」


羽間はどこか他人事のように自分のことを伝えた。


ハトさんはしばらく黙っていると、皿に残っていた水をすべて飲んでからくちばしを開く。


「それは現代のやまいというヤツです。まさに“お金の不足はすべての悪の根源”。酷い世界ですね。ちなみに、羽間さんは今わたしが口にしたの名言をご存知ですか?」


「知らないけど……。もしかして、さっきハトさんが言ってた人……。マーク·トウェインだっけ? その人の?」


「そうです。ともかく今の羽間さんで大いに結構。現にあなたは困っているわたしを家に連れてきて、おまけに水までくれたじゃないですか。何をそんなに卑下ひげする必要があるのですか?」


「だって客に水道水を出すなんて……。おかしいだろ……」


「おかしくなんてありませんよ。羽間さんは突然喋る鳩に助けてと言われても、逃げずに手を貸してくれたのです。誰がなんと言おうと羽間さんは優しい人ですよ」


それからもハトさんは、羽間のしてくれたことを称え続けた。


たしかに喉が渇いたと言ってきた者に水道水を与えれば、嫌な顔をされるかもしれない。


だが、それが今の羽間ができる精一杯のことだったと理解できれば、誰でもお礼を言うはずだと。


「もしそんな羽間さんを常識外れというのなら、この世界がおかしくなっているのです」


「そ、そうかな。なんか、ありがと……ハトさん」


「いえいえ、わたしは事実を述べたまでです。では、これで心置きなくわたしのお願いを聞いてくれますね」


「え? ああ……。期待に応えられるかはわからなけど、聞くだけなら……」


なんだか上手いこと騙された気もしたが、羽間はハトさんのお願いを聞くことにした。


ハトさんのお願いとは、再びタカくんを止めるために力を貸してほしいというものだった。


だが力を貸してくれとお願いされても、羽間はできることはないと思った。


要するにハトさんを空へと飛ばし、雲の上にいるタカくんのところまで送ればいいのだろうが、残念ながらそんな手段を彼は持っていない。


もし自分がお金持ちで、自家用ジェットやヘリコプターを所有していればなんとかしてやれる。


当然貧乏である羽間には無理な話だ。


「ごめん、ハトさん……。やっぱり俺じゃ力になれそうないな。ハトさんには羽があるんだから、自力でなんとかならないのか?」


「できるなら羽間さんに頼みませんよ」


「だよな……。一体どうすりゃいいんだか……。ああ、俺に金があれば……。いや、せめてそういう知り合いとかコネがあればよかったんだけど……」


「そんなもの必要ありませんよ。羽間さんさえその気になれば、わたしはまた飛べるようになります」


ハトさんは、自分の無力さを嘆いていた羽間に向かって、笑みを浮かべながらそう言った。

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