第15話 作り話(1/2)
準備ができたのでロビーに向かう。もうすぐ19時だ。
「殿下が到着されたようです。」と執事長が言ったので扉のほうを見ると数名の人たちがガヤガヤとロビーに入って来た。
(このお出迎え、私も参加する必要があるのかな?)
見るとレオンハルト殿下はアダルベルト様に支えられてフラフラだ。
「リリーシア嬢!手伝って!」
「あ、はい!」
私を見つけたアダルベルト様が名前を呼んだので近付いていく。
「かなり具合が悪いようですが、どうされたのですか。」
「大丈夫・・・戦闘機酔いだ。」
戦闘機酔い?初めて聞く単語だ。
殿下は今日は陸・海・空軍の入隊式で5都市21箇所の入隊式に参列した。サルニア帝国は広大で4つのタイムゾーンがあり、西と東で4時間の時差がある。最初に朝9時を迎える都市を起点に全ての都市を音速を超える速さの戦闘機で移動させられたらしい。
「最後に乗せてくれたパイロットがアクロバット飛行を披露して、それでちょっと目眩がするようになった。」
酷い!帝国の皇太子が何でこんな目に合わなければならないのだろう。
「殿下はもっと憤慨してもいいと思います。」
「彼の上官が鬼の形相で怒ってたから俺は怒るタイミングを逃してしまって・・・」
「部屋はもうすぐですが、少し服を緩めていいですか?」
「ああ」
私はレオンハルト殿下の首元に手を伸ばして軍服のホックとボタンを外して上着を緩めた。
服を開けさせると熱を帯びたベルガモットと今まで嗅いだことのない良い香りがして心臓がドキッとした。鼓動が早くなって困惑する。
(何この動悸・・・ベルガモットと思いきや神経毒?)
いや、動機はあるけど息切れも痺れもないから違うか。でも運動もしていないのに心臓がこんなに早く脈打つなんておかしい。
「リリーシア嬢、俺と君でレオを部屋まで連れていくぞ。今の時間、3階以上にいける人間は少ない。」
3階以上は皇室の居住区でそもそも出入りできる人たちが限られているし、清掃作業などをするスタッフは入館できる時間帯が決まっていて、24時間3階以上に自由に出入りできる人達はかなり限られている。
眼球認証で管理されていて、入館が許されているスタッフも勤務が無い日は入館できなくなっている。
3階以上に行けるエレベーターに3人で乗った。
「侍従長でも良かったのではないですか?」
「いや、おっさんの肩と若い美女の肩のどっちを借りたいかって愚問じゃないか?」
うーん、殿下はどっちでもいいんじゃないかな。
5階に着くと豪華な廊下が現れる。絨毯だけでいくらかかっているんだろう。こんな立派な絨毯を前にすると、誰も見ていなかったら開脚前転をする人が20人に1人はいると思う。ちなみに4階は大理石の廊下だ。子供が使うことを想定して汚れないような配慮と思われる。
回廊は天井がガラスで採光できるようになっていて明るい時間帯だったら素敵だったのだろうな。
広いフロアに扉は7つ。皇太子の居間、皇太子妃の居間、温室、侍女侍従の部屋が4つのようだ。
ところで、最初に鼓動が早くなってから収まる気配がない。どうしよう、どうなるの私。
20代前半くらいのかわいい顔をした侍女と10代後半くらいの少しきつめな顔の侍女と警備の男性が扉の前にいた。
「「おかえりなさいませ。」」
レオンハルト殿下は黙ってうなずいた。侍女は扉を開けて殿下の脱いだ上着を受け取ってドレスルームに殿下を案内した。可愛い顔の方の侍女は殿下の着替えの手伝いをしていて、キツめな顔の方の侍女はお茶を3人分淹れてくれていた。
「リリーシア嬢、もう少し準備に時間がかかるだろうからリシア嬢に温室を案内してもらったら?」
アダルベルト様・・・藪から棒だなと思ったけれど、そういえばレオンハルト殿下が間諜を泳がせているようなことを前に言っていたからもしかしたらこの人を遠ざけたいのかもしれない。
「それではお願いできますか?」
キツめの顔のリシア嬢は少し不満そうに応じた。彼女はバーグハー伯爵家の令嬢らしい。
さっきまで満たされていた私の気持ちは、みるみるうちに萎んでいって、早かった鼓動もすっかり落ち着いていた。
「ナイトプール、きれいですね。」
「ええ」
う・・・会話が続かない!間諜なのであればあまり余計なことを話さないほうが良いかもしれないけどね。30分ほど経ってからレオンハルト殿下とアダルベルト様が迎えに来てくれた。
私達は3階の食堂に向かった。食堂は30人が着席で食事ができる広さだ。シガールームとティールームも併設されている。
その広い食卓にテーブルセットは2つだけだった。あれ?アダルベルト様と二人で食事するつもりだったのか。
私は部屋に簡単なものを運んでもらえばいいや。
「それでは私は部屋に戻ります。」
「「は?」」
「?」
「俺、ここで一人寂しく食事しなきゃいけないの?」
「アダルベルト様と二人で食事されるのかと思いまして・・・」
「いや、俺もう今日はもう4時間以上超過勤務しているし開放されたいよ!じゃあ、初めての二人の夕餉を楽しんでください。リリーシア嬢は念の為、今日はレオが倒れないように肩を貸して移動してもらえると助かるな。」
アダルベルト様は「じゃーね」と言いながら手をヒラヒラさせて出ていった。アダルベルト様が出ていくと給仕がシャンパンとアペタイザーを持って入室してきた。
「飲むんですか?!」
「だって、船酔いしないためにお酒を飲むじゃん。」
「あれは乗る前に飲むみたいですよ。」
大丈夫だと言うのでお相伴させていただくことにした。私も社会人初日記念だしね。あの卒業式の日以来のお酒だ。
「疲れたー。気分変えるために何か面白い話がききたいなー」
レオンハルト殿下はシャンパンを飲み干してそう言った。
「無茶振りしますね。面白い話と銘打った話はたいてい面白くないっていうのが定説です。」
「じゃあ、オチのない話でもいいよ。」
そういわれても漠然としすぎじゃないですか。
「うーーん、じゃあ作り話でもしましょうか。」
「作り話・・・いいんじゃない?」
「そうですね・・・えーと・・・。父がマクレガー領に製薬会社を作ろうとした切っ掛けについて話しますね。」
「ふむ」
「マクレガー領にシュノー湖っていう湧き水を水源にしたきれいな湖があるんですけど・・・父がある日、釣りにでかけたら、突然水の中からブクブクと水疱が湧いてきて突然獣が顔を出したそうなんです。」
「ほぉ」
「それは川藻をかつらのように被ったカピバラで」
「ふっ・・・うん。」
「父をジッと見つめたらしいんですね。父は頭の中でカピバラの声を聞き取ったらしいんですよ。」
「へえ、何て?」
「この川藻の成分を使って毛生え薬が作れる、と。それを元に作った発毛促進剤が順調に行けば来年認可される予定です。」
「マジか。」
「いえ、作り話ですから。」
「ふふふ、ジワジワとくるな。カピバラ」
本当にどうでもいい話をしてしまった。「じゃあ、俺もやってみようかな。」と殿下が言う。
「ちょっとだけ本当の話を混ぜると作り話しやすいですよ。」
「今の話の本当の部分はどこなの?」
「発毛促進剤を開発しているって話と川藻から発見した成分が入っていることです。」
殿下は10秒ほど天井を見て作り話を考えているようだった。
「先帝陛下の顔を覚えているか?」
「はい。」
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