第14話 入庁と入宮

春休みはあっという間に過ぎて、今日は入庁式だ。省庁に勤務する公務員は制服を着る。どの省庁の制服も落ち着いた上品な色合いだが、宮内庁は他の省庁と違って白地に金糸の刺繍が入った華やかな意匠だ。

女性はパンツスタイルとワンピース&ボレロのどちらを着ても良いことになっている。入庁式はワンピースにした。髪の毛はサイドに編み込みを入れてもらってから、後ろで一つにまとめた。装飾はなくて胸に上級公務員のバッチをつける。

ダイニングルームに着くと両親とオリバーお兄様が席について食事を始めていた。

朝の挨拶をして食事を出してもらう。今朝の朝ごはんはヨーグルト、りんご、バナナ、ほうれん草と蜂蜜のスムージー。

「今朝は私の車に乗っていきなさい。」

と、お父様が言ってくれた。しかし、入庁式に父親に車で送ってもらうってどうなのかな?どのみちマクレガー邸からは車でしか行く方法が無いので好意に甘えることにした。

今日の就業後からはこの邸宅ではなくアークトゥルス宮が私の家になる。

「がんばってね。これ、俺と使用人達で書いた寄せ書き。」

寄せ書き!って思ったけど、考えてみれば皇城から出てパリシナ国に留学して帰国するときには、私も適齢期なのでこのままこの家に帰ってこない可能性が高い。

礼を伝えて家族や仲のいい使用人たちとハグをした。

私の制服姿を写真に収めた兄と母は私を笑顔で送り出してくれた。父は心配そうな顔で、

「何かあったらいつでも駆けつけるから。」

と言って衛星電話を持たせてくれた。衛星電話は人工衛星を使った無線電話で回線数が限られていて誰でも契約できるわけではない。1回線1ヶ月で30代の会社員の平均給与と同じくらいの料金がかかるので人々の憧れなの。こんな小娘に持たせてもらって申し訳ない。

ただ、いつでも駆けつけると言われても、申請しないと皇城には入城できないんだけどね・・・。


宮内庁本庁舎に着くと銀糸の刺繍が入った紺色の制服の男女が経っていた。銀糸刺繍は警察庁キャリア組の制服だ。男女は私を見つけると歩み寄ってきて声をかけられた。

「お初にお目にかかります、マクレガー子爵令嬢。私はレーネ・アストリアです。主に貴女が日中外出する際の警護を担当します。」

「私はレオナルド・レキシントンです。アストリアが不在の際は私が代わりに警護します。彼女は時短勤務中なので法科大学院以外の外出は私が担当することになると思います。」

アストリア警視はサルニア帝国立大学法学部出身で私の7期先輩らしい。産休明けで時短勤務ということで抜擢されたそうだ。

「私なんかのために国費を使って守ってもらって恐縮です。」

「サルニア帝国が承認した正規の警護対象なのです。気に病む必要は全くありませんよ。」

「ありがとうございます。」

まだレオンハルト殿下ときちんと話していないから具体的なことはわからないが、表向きのマクレガー製薬と私の保護とは別で私を引き込みたい理由があるように思える。そしてその理由が二人のエリート官僚を警護に配置してもらえた理由なのかもしれない。

「申し訳ないのですが警護の関係であまり離れてほしくないので、一番後ろの席に座ってもらってもいいでしょうか?」

もちろんだ。私のような腰掛けがやる気を出して前の方の席に座るわけにはいかない。式が始まると数ヶ月前に大学まで来てくれたスイフィル局長が挨拶し、ベルンハルト陛下が祝辞を述べられた。このときだけは前方の席じゃなくて後悔した。ベルンハルト皇帝陛下とカイザー宰相閣下は朝から全ての省庁を回って祝辞を述べているらしい。軍だけは皇太子殿下の管轄なのでレオンハルト殿下は入隊式に参列されているそうだ。

今日はこのまま説明会で1日が終わる。午前の説明会が終わって、アストリア警視とレキシントン警部とランチに行こうとしたら優秀そうな女性文官に声をかけられた。

「マクレガーさん、はじめまして。私はマーガレット・レッドホックです。内部部局官房長・皇太子室の副室長をしています。」

「初めまして。レッドホック副室長。リリーシア・マクレガーです。本日からお世話になります。」

「明日から新入職員は担当部署に出勤となります。他の職員は、登庁して着替えてから登城しますがあなたは警護の手配も考慮して皇城の貴方の部屋から直接、執務室に出勤してください。」

「承知しました。」

「8時半から始業です。それではまた明日。」

「わざわざありがとうございました。」

今度こそランチに向かう。

「これから城の外に出る場合は、毎回お二人のどちらかに来てもらわないといけないのでしょうか。」

「私の仕事ですから気になさらないでください。私も皇太子室に執務用の席を用意してもらったので警察庁のデスクワークができますし、勤務時間内ならいつでも声をかけてもらって大丈夫ですよ。勤務時間外は制服組じゃなくて警護課部隊が付きます。まぁ僕達の警護は形だけですから・・・」

二人も皇室に宮内庁に出向できている警察庁の人たちも実際には戦力ではないらしい。そもそも皇族の側付きの護衛は交代制で夜八時から朝八時は勤務がない。牽制と皇族の執務の補佐が彼らの役目であり、将来の幹部としてコネクションを作っているんですって。実際に秘密裏の護衛をしているのは警視庁警備部警護課の隊員だそうだ。

「皇室の方と出かけるときが一番安全でしょうね。」

確かに皇室の方々についている警護隊員に私についてくれている警護の人が追加されるならば、かなりの人数に守られていることになる。


17時に入社式の後に催された説明会が終わった。この後の懇親会には参加せずに帰城せよとのことだった。

「マクレガーさんに声をかけたい男性達は残念がっているでしょうね。」

今日は一日退屈な話を聞いていて心が疲れたので、知らない人に気を使うのは面倒だと思っていた。だから、帰城命令はとても嬉しかった。レオナルドは別れの挨拶をしてから警察庁へ報告するため帰庁した。

アークトゥルス宮に向かうと執事の男性が待っていてくれて、私が使用する部屋に案内してくれた。

アークトゥルス宮の作りは、地下は倉庫、1階はホテルのようなロビーと会議室と応接室、2階は宮内庁の分室とマシンルームと資料室、3階は調理室と食堂とゲストルーム、4階は皇子皇女の部屋、5階が皇太子夫妻の部屋とガラス張りのプールがある温室だ。

私に割り当てられた部屋はゲストルームではなくてレオンハルト殿下が子供の頃に使っていた4階の豪華な部屋だった。

ベッドルームと衣装室に加えて居間と侍女の部屋もある。部屋に入ると侍女が待っていた。

「お初にお目にかかります。わたくしはマルティナ・ウィークスヴィルと申します。リリーシア様の主担当侍女となりました。」

ウィークスヴィル伯爵はブルマン系保守派の忠臣だ。「姉はレオンハルト殿下の侍女をしています。」と彼女は付け加えた。姉妹揃ってレオンハルト殿下が信頼している侍女なのね。子爵令嬢のお世話を伯爵令嬢がするのか・・・。とりあえず、彼女は私の監視役だ。気を許しすぎてはいけない。

「皇太子殿下が19時頃お戻りになります。夕食を一緒にしたいとのことなのですぐに準備をしましょう。」

「わかりました。」

入浴の介助はお断りしてシャワーを浴びてバスローブでパウダールームに行くと、キレイめのワンピースがいくつか壁にかけられていた。家に来た客と食事するときのラフじゃないけど気合も入れ過ぎじゃない、しかも今の季節にふさわしい春っぽい服だけを選んでくれたようだ。

私は袖と首元が桜色の紺のプリーツワンピースを選んだ。マルティナさんはワンピースをベースに靴やアクセサリーを選んでくれた。

彼女は私の一つ年下で美大で油絵を専攻している4回生だ。彼女が選ぶ装いはバランスがとてもいい。それに、パーティの他の客やパートナーの衣装と喧嘩をしないように選んでくれているのが分かる。メイクやヘアアレンジは、私がヴィーナス・コネクションで習っている技術を伝えたら真剣に聞いてくれて初めてなのにプロのような仕上がりにしてくれた。

私の化粧は基本的に”薄化粧風”だ。肌の潤いキープとベースメイクに力を入れる。

派手目のメイクは若い女性の特権(年を重ねると老いが際立つから)だから今しかできないけれど、私の顔立ちは肌目のメイクは似合わないらしい。

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