学校イチのビッチが1日1回は俺に抱き着いてくるんだが、今日こそは拒絶してみようと思う。

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○ッチなカノジョ。


 俺の名は岡崎優斗ゆうと、16歳。冴えない陰キャ男子高校生。クラスに一人はいるであろう典型的なモブキャラだが、そんな俺にも最高にビッチな幼馴染がいる。



「んんー、やっぱり優斗の身体が一番安心するなぁ」


 放課後の空き教室。夕焼けで伸びた二つの影が重なっていく。


 手軽に出逢えるビッチこと、高田未亜みあはそう言って俺の背中に手を回し、胸元に顔をすり寄せてくる。肩まで伸びた茶髪から甘いシャンプーの香りが漂い、豊満な胸の感触が制服越しに伝わって……っておい!



「ちょっ、だからその抱き着き癖を直せって言ってるだろ!」

「むー! いいじゃん別に、減るもんじゃないんだし」


 いや、俺の精神ゲージは今まさにガリガリと減っているんだが!?



「それに今更これくらいで恥ずかしがらないでよ。私達、幼稚園の頃からの仲でしょー?」


 未亜はニヤリと笑うと、さっきよりも強く俺に胸を押し付けてきた。


「はぁ……いつまでこんな生活が続くんだよ」


 こいつは昔からこうなのだ。

 屋上に続く階段、体育館の裏、そして空き教室。登校時や放課後というように、時と場所を選ばずコイツの気分次第で呼び出されている。そして一日に一度は必ず、こうして俺の匂いを嗅ぎたがるのだ。


 最初は俺のことが好きなのかと思った。だから中学生の頃に、勇気を出して告白したことがある。俺も健全な男だし、ハグ以外のこと……キスやその先がしてみたかった。だが返ってきた答えは――。


『ごめん、優斗とはそういうんじゃないかな』


 ……即答だった。にべにもなくキッパリと断られてしまったのだ。


「(マジかよ、この女……)」


 俺はその時、目の前の女に恐怖を覚えた。コイツは今まで、好きでも何でもない男に抱き着いていたのか?


 一世一代の告白が大爆死した事件があってからというもの、俺は絶対にコイツには手を出さないようにと心に決めている。


 こいつが求めているのは、後腐れのない都合のいい男なのだ。決して恋愛対象なんかじゃない。再び俺が友達から一線を越えようとしたら、コイツは二度と俺には近寄らなくなるだろう。


 ……本当はハグを拒否するべきだっていうのは、自分でも分かっている。だけど俺も未練がましく過去の恋心を捨てきることができず、ズルズルとこの奇妙な習慣を続けてきてしまった。


 だがそんな曖昧な関係も今日で終わりだ。なぜなら――。



「お前、A組の相沢と付き合ってるって言ってなかったか?」


 最近、未亜に男ができた。だから俺なんかとベタベタしていたら駄目だ。精一杯の理性を総動員してそう言うと、彼女は呆れたようにため息をつく。



「はぁ~、何言ってんの優斗。私はもう別れたよ、その彼と」

「……は?」


 一瞬、何を言われたのか分からずフリーズしてしまう。



「あー、やっぱり知らなかったんだ。今は三年の田川先輩にアプローチされてる」

「はぁ? お前また男変える気かよ!」


 高校生になってから何人目だ? もう数えるのも馬鹿らしくなるほどに、男をとっかえひっかえしている。


「……だって身体の相性ビミョーだったんだもん。その点、優斗は最高なんだよね~」

「いや、意味わかんねえよ。……っていうかアプローチする男がいるんなら尚更やめろっての」


 発言そのものはクズなのに、喜んでしまっている自分が情けない。ニヤけそうになる口元を必死に抑える。



「もぉ、一々うるさいなぁ。彼氏とはエッチするけど、それと優斗は違うの! とにかく私は優斗で充電中なので邪魔しないでください」


 俺の気持ちなどお構いなしというように、未亜は俺の首筋に鼻を押し当てた。



「う~ん、やっぱり落ち着くな。この匂い……」


 スンスンと音を立てて匂いを嗅ぐ。首に当たる吐息がくすぐったくて身を捩るが、がっちりとホールドされていて逃げられない。



「(このビッチめ……)」


 こうなるともう何を言っても聞いてくれないだろう。コイツが満足するまで好きにさせるしか無い。俺はため息をつくとポケットからスマホを取り出し、ゲームを始めた。


 すると突然、彼女の手が服の中に入ってきた。そして背中を撫で始める。



「おい……何やってんだ!」

「うふふ、優斗の初心なリアクションを楽しんでるの♪」


 彼女は悪戯っぽく笑いながら手を動かし続ける。


 やばい、変な声が出そうになる……。


 何とか平静を装いながら彼女を引き剥がすと、今度は腕に絡みついてきた。



「ねぇ、今日は体育があったからちょっとベタベタしてるね。匂いも強いし……」

「ああ、確かに汗臭いかもな。なら、離れてく――」

「そんなことないよ、いい匂いだよ。……なんか興奮してきた」

「は?」

「なーんてね! どう? ドキッとしちゃった?」


 未亜はニヤニヤと俺の顔を見上げている。うぜぇ。コイツ、童貞を弄びやがって……!



「はいはい、どうせ俺は純情ですよ。もう知らないからな」

「ごめんごめん、冗談だってば。じゃあ私、もう行くから。また明日もよろしくね」

「……ったく」


 未亜はそう言うと、階段を降りていった。


 まったく、本当に調子の良い奴だ。



「…………」


 まぁでも、これ以上ベタベタされたら変な気を起こしそうだったから良しとしよう。


 俺はカバンを肩に掛けると、一人寂しく帰路につくことにした。



 ◇


「は? 優斗がクラスの女子に告られた……!?」


 翌日。

 今度は休み時間に人気のいない体育館倉庫へ呼び出された俺は、どういうわけか未亜に胸倉を掴まれていた。



「おいおい、落ち着けよ未亜」

「落ち着いていられるわけないでしょ! どこのどいつよ! 私の幼馴染に手を出すなんて、絶対に許さないんだから!!」


 彼女は涙目になりながら、顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。今にも泣きそうな表情だが、その瞳の奥には怒りの色が見える。


 未亜は昔からこういうところがある。

 俺に何かあると、すぐに取り乱してしまうのだ。


 中学の時も、彼女が他の男子と話しているだけで嫉妬していたみたいだし。

 俺は彼女を安心させるために頭を撫でると、話を続けた。



「いや、お前はいったい俺のなんなんだよ。ただの幼馴染だろうが」

「優斗は私のモノなの!」

「お前の所有物になった覚えはないんだけど……」


 未亜の思わぬ告白に俺は思わず赤面する。いや、そういう意味じゃないのは分かっているが。



「とにかく、今すぐ別れてよ!」

「別れろって言われても、まだ返事をしてないし……」

「断るよね? ていうか今すぐ断ってよ!」

「えぇ……」


 さっきからずっとこの調子だ。どうすればいいんだこれ。


 そもそも俺が断ったところで、未亜に何のメリットもないと思うのだが……。



 しかし、いつまでもここで押し問答していても仕方がない。

 俺は深呼吸すると、未亜に向き直る。

 彼女の両肩を掴み、まっすぐ目を見て口を開く。そして──。



「こうして呼び出されて未亜と会うのは、もうやめようと思う。今までありがとうな」


 そう告げた。



「……え?」


 未亜は呆然とした様子でこちらを見つめている。


「どうして? 私たち、親友でしょう? それなのになんで急にそんなこと言うのよ」

「……」


 俺は黙ったまま答えなかった。


 未亜の言う通り、確かに俺と彼女は仲の良い友人同士だった。幼稚園からの付き合いで、ずっと仲良くやってきたのだ。



「ねぇ、優斗……なんで何も言ってくれないの?」

「……」


 未亜は目に涙を浮かべながら、震える声で尋ねてきた。



「それは……」

「私、何か気に障ることしちゃったかなぁ? それなら謝るから、お願いだから嫌いにならないで……」

「違うんだ」

「じゃあ、どうして!?」

「……」


 俺は言い淀む。

 未亜を納得させるためにも、はっきり理由を言うべきだろう。

 だが、それでもなお、迷いが生じてしまう。



「それは……」

「……やっぱり、好きな人がいるんだね?」

「ああ……いるよ。だから先に進みたいんだ。ごめん」


 ずっと一緒にいた彼女を拒絶するのは心苦しいが、こうでも言わないと納得してくれないだろう。俺もこのまま未亜を好きであり続けるのもつらい。前を向かなくっちゃ。


 未亜はしばらく黙っていたが、やがて寂しげに微笑みながら小さくため息をついた。


 その表情に、ズキリと胸の奥が痛んだ。



「未亜……」

「分かった。なら私、覚悟を決めるよ――」

「え?」


 なにを、と口にする前に俺は未亜に突き飛ばされ、マットの上に倒れた。一体何をするつもりなのか。


 そう思った瞬間、未亜が俺の腹の上にまたがるように座ってきたのだ。


 俺を見下ろす未亜の顔には妖艶な笑みが浮かんでいる。

 未亜はおもむろに俺が着ているブレザーのボタンに手をかけ、ゆっくりと外していく。


 そしてネクタイを解き、シャツの上から指先でなぞるようにして触れてきた。



「ちょ、ちょっと待てって!」


 慌てて制止する。



「ん~? どうしたの優斗、遠慮しなくていいんだよ?」

「どうしたのって、お前なにをするつもりなんだよ!」


 俺は困惑しながら言った。



「何って……そりゃもちろん、既成事実を作るつもりだから」


 はあ、と吐く息が妙に色っぽく感じるのは気のせいだろうか。


「きせいじじつ?」


 ちょっと聞き慣れない単語だ。



「だって……こうでもしないと優斗は私を捨てちゃうんでしょ?」

「どういう意味だよ、それ」


 すると未亜は頬を染めながら、照れくさそうに呟いた。



「私、ずっと昔から優斗のことが好きだったの」

「え……?」

「初めて会ったときから、ずっと」


 未亜はどこか恥ずかしげに、それでいて幸せそうな顔で言う。



「優斗は覚えてないかもしれないけど、幼稚園のときも小学校低学年の頃も、私はいつも優斗の後ろについて行ってたの。だから、優斗のそばにいるのが一番落ち着くの」

「いや、だってお前。俺が告白した時はあんなにアッサリ断ったじゃないか」


 あの時は間違いなく振られたはずだ。それがキッカケで俺は軽く女性不振になりかけたんだぞ?


 なのにどうして今更そんなことを言い出すのか。



「だって。付き合ったらいつか別れる日がくるんじゃないかって。考えだしたら私、怖くて」

「未亜……」

「身体の関係になったら、なんだかそれがゴールみたいじゃん。私、それってイヤだよ……」


 そんなことない、と言いかけて口を閉ざした。確かに身体の関係は、ある意味では一番わかりやすい間柄といえるだろう。俺たちはまだ高校生だし、結婚できる年齢でもないわけだし。


 それでも俺は未亜とはずっと一緒にいたいし、未亜を大事にしていきたいと思っている。



「他の人を好きになろうとして付き合ってみたけど、みんな私の身体目的だったよ。でも駄目だよね。いくら身体だけの関係でも、心まで満たされなきゃ意味がないもん」


 自嘲気味に笑う未亜。



「でもさ、やっと気付いたんだ」

「…………」


 俺は無言のまま未亜を見つめていた。未亜は俺の視線から逃れるように顔を背けると、少しだけ震える声で話を続けた。



「私、優斗が告白されたって聞いて、すっごく胸が痛くなったの。私以外の女の子が優斗に触ったり、キスしたりするのが嫌だった。だから、優斗は私のものだって、我が儘を言っちゃったの」

「……」

「ごめんね。こんなこと言っても困らせるだけだって分かってたのに、どうしても我慢できなかったの」

「……分かった」


 俺は未亜の手を握り締めると、そのまま自分の胸に引き寄せて強く抱きしめる。未亜は驚いたような声を上げて俺の顔を見た。



「ゆ、優斗?」

「お前の気持ちはよくわかった。でもな、未亜は勘違いしてるよ」

「え?」

「俺が好きな人はずっと昔から一人だけだから」

「う、うん……えっ?」

「同じ空間にいるだけでドキドキしっぱなしだし、ハグをされただけで心臓が爆発しそうになるし、何度お前のことを諦めようと思ったことか」


 未亜は俺の言葉に一瞬呆けた表情を浮かべたが、すぐにその意味を理解して顔を真っ赤にした。そして慌てて俯くと、消え入りそうな小さな声で呟いた。


 ――優斗のバカ。




 それから月日がしばらく経った。


 見事交際することとなった俺たちは、クラス公認のカップルとなっていた。これまでの未亜の交際歴もあり、最初こそすぐに破局すると思われていた俺たちだったが、三か月近くたった今でも関係が続いている。



「おい見ろよ。またやってるぜ」

「ほんとだ。相変わらずお熱いねぇ」


 放課後、俺たちは教室に残って勉強をしていた。高校卒業後は同じ大学に進むために、俺が未亜に勉強を教えているのだ。そんな俺たちを見たクラスメイト達がヒソヒソと噂する。



「なあなあ。あの二人ってどこまで進んでると思う?」

「そりゃあれだろ。もうヤッてるに決まってんじゃん」

「だよなぁ。幼馴染で付き合い長いらしいし」

「俺もあんな可愛い彼女が欲しいわ。羨ましい」

「それな」


 聞こえていないと思っているのか、好き勝手言いたい放題である。



「ねぇ、優斗。優斗ってば!!」

「え? あぁ、ごめん。気が散ってた」

「もう、ちゃんとしてよね」

「悪かったって。それで、どうした? 分からない問題でもあった?」


 頬を膨らませて不満げな表情をする未亜。その顔が可愛くて思わず笑みがこぼれてしまう。



「うぅん、今日のノルマは終わったよ」


 そう言うと、未亜は自分のノートをパタンと閉じた。そして椅子に座ったまま俺の顔をじっと見つめている。それだけで彼女が何を期待しているのか分かってしまった。



「もうそろそろ、時間だし……ね?」


 付き合ってからも隙あらば呼び出される習慣は続いている。


 ハグ以上まで進展したかどうかは……俺たちだけの秘密だ。


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